#5 始令 破「水の聖剣と硯桜華」
破 ~水の聖剣と硯桜華~
〈“我を手にして何を斬る”?〉
水の聖剣・水桜からの問い掛け。
今の僕の答えはただ一つ。
「僕は人の“思い出”を守る。」
「掛け替えない“思い出”を奪おうとする…邪悪な闇を斬り祓う!」
〈契は結ばれた。〉
〈妾を手にし叶えてみせよ、その望みを。〉
その声とともに、左腰に鞘、左腕に奇妙な石板、そして右手に10cm程の青紫色の巻物が水飛沫を飛ばしながら突然現れる。
左腕の奇妙な石板は長径20cm程あり、黒くて平たく、上腕側に向けて腕と平行な10cm程のスロットが4本横並びになっていて、手首側には鋼色に紫色の紋様が刻まれた十字型の手裏剣がついている。
右手に現れた巻物は青紫色で、布地には毛筆で「月光水龍伝」と縦書きされた掛軸のようなシールが貼られていて、軸先はボタンのようになっている。
…
…
…
…これを、どうしろと?
聖剣を使った戦いに必要なのはなんとなく読み取れるけれど、何の説明もなく手渡されても使い方がわからない。
「あの…どうすれば…?」と水桜に尋ねてみたけれど、水桜はうんともすんとも言ってくれない。
「み、水の聖剣の…適合者…」
一部始終を見届けた姫様は、ずぶ濡れになったままきょとんとした様子で水桜を見つめていた。
そういえば飯石蜜柑様は、姫君という立場でありながら御庭番衆に所属する異色の経歴で有名なお方…御庭番ということは、聖剣についてよく知っているはず。
「あの…!あの!姫様!」
「ふえぇ!?は、はいっ!わ、私ですか!?」
僕が呼び掛けると、姫様は驚いたのかぴょーんと跳ねてこちらに視線を向けた。
「これ!どうやって使えばいいんでしょうかー!?」
「えっあっはいっ!えぇと…ま、まずその右手に持たれている巻物!それは“術巻”といいます!あなたの能力の魔力がそこに籠められています!その術巻を左腕の“磊盤”のスロットに挿してください!あなたの術巻は見たところ“神話録”なので一番左のスロットです!」
できれば一刻も早く山蛞蝓を追いかけたい。
僕の焦りを察してくれたのか、姫様はまだあたふたしながらも、僕の身に突然現れた装備品の使い方を順序立てて教えてくれる。
姫様に言われた通り、巻物もとい術巻を、石板もとい磊盤の一番左のスロットに入れる。
「つ、次はどうすれば…!?」
「えぇと、次は鞘に剣を納めてください!そして鯉口を切って…抜刀です!抜刀してください!」
言われるがままに水桜を鞘に納め、勢い良く抜く。
磊盤の手裏剣が水の渦を作ってグルグルと回り、水桜の刀身が青く光り輝く。
「お見事です!そしたら一言『忍風』と仰ってください!」
「はい…!『忍風』!」
すると、僕の頭上から真後ろに、西洋竜の姿をした紫色の巨大なからくり人形が飛び降りてきて、こちらに向かって屈みながら大口を開けてきた。
僕が驚く暇もなく、竜の口からは黒い布と青紫色の鎧が吐き出され、僕の体に次々と装着されていく。
「こ、これは…?」
黒いぴっちりとしたタイツのような下地の上に、腕・脚・胴体の各所に装着された青紫色の鋼製の装甲。
頭部には頭巾が被せられ、額と口元も鋼製の装甲で覆われている。
髪は頭巾の後ろから下ろされ、紫色の宝石のような色と質感を帯びている。
そして首から下がる、紫色のマフラー。
自身の姿の変化に驚いていると、姫様がすかさず声を挟んできた。
「それが“聖鎧”!聖剣の使い手に与えられる特別な鎧です!聖鎧に変身することで運動能力・防御力・魔力が強化され、よりパワフルかつスピーディーに戦うことができるのです!」
「あっあとっ!次に聖剣自体を起動してください!」
姫様がそう言うとともに、水桜からも再び声が聴こえてきた。
〈呼べ…我が名を…〉
「あなたは水桜…水桜ですね?」
〈そうではない…詠唱で妾の力を叩き起こすのだ…〉
「詠唱…?」
するとそこに、また姫様の大声が割り込んできた。
「魔剣や聖剣の起動には“始令”という詠唱が必要です!君の…君の聖剣の力へのイメージを、呪文にして詠み上げるんです!」
「イメージを…呪文に…」
さっき水桜を抜いた時に感じた、水桜の力へのイメージ…襲い来る大水と、荒々しさと正反対の美しい姿の共存…
僕はすうぅ…と息を吸い、水桜を水平構えし、声を大きく張って唱えた。
「『鏡花水月・流れよ“水桜”』!」
僕の詠唱と同時に、水桜は先程よりも強く蒼白く輝く。
そして、満開の桜の形をした鍔から、鋒へ向けて水がうねりながら勢いよく噴き出してきた。
〈水桜快刀!清水の龍が水龍剣に宿りし時、紺碧の刃が悪鬼羅刹を浄め祓う!〉
「完璧です!それで聖剣の起動は成功です!」
「姫様…!」
姫様のご助言のおかげで戦えそうです!
そう伝えるため姫様に歩み寄ろうとした途端、僕は何かに足元を掬われぐらついた。
「ふぇっ…今度は何…?」
足元を見下ろすと、僕の足は水でできた半透明のサーフボードに乗っていた。
〈山蛞蝓といったか…敵の居所の見当がついたぞ。〉
〈飛ばす。努努振り落とされぬことだ。〉
水桜がそう言うと、サーフボードは大量の水を噴射して勢いよく空へ飛び出した。
「わあああ〜っ!?」
僕は慌ててサーフボードに掴まり、上空へ連れ去られていく。
「え、えええ〜!?ちょ、ちょっと待ってください!そもそも私は君を結界の外へ連れ出さなければ…」
姫様は僕を連れ戻そうと呼び掛けるものの、声はどんどん遠のいていく…
「あぁ…行っちゃった…」
──────
〔丸の内二丁目上空〕
急な角度で斜め上へと飛び出すサーフボード。
僕はなんとか片手でしがみついていたけれど、サーフボードは数秒すると急に停止した。
「おっとっ…と」
慣性で一瞬投げ出されるも、僕は前宙し、サーフボードの上に両足を乗せた。
「水桜…これがあなたの力なの?」
〈その通りだ。これは其方の水の魔力が宿ったことで発現する妾の力だ。〉
〈其方は自身の作り出した水を加圧できるらしいな。妾は其方の作り出した水に流れを与える力を持つ。〉
「水流…ということですか?」
水桜には水流を生む力がある。
だからこのサーフボードをジェット噴射でここまで飛ばしてくることができたんだ。
でもまだ肝心な疑問がある。
「水桜、敵の…山蛞蝓の居所に見当がついたとは、どういうことですか?」
〈水は命の源…妾はこの世の全ての生物から水を感じることができる。範囲にして一町…その内に居る生物の水分とその量を知ることができるのだ。〉
〈此処から西南西4丁30間程…巨大な水の気配がする。明らかに普通の生物では持ち得ぬ水分量…それが山蛞蝓だろう。〉
もう一つ質問がある。
「ありがとうございます…次に、なぜ僕の傷はいつの間に消えているんですか?」
さっきは慌てて咄嗟にサーフボードを掴んだけれど、先程までのケガの程度ではとてもできない…と思って自分の肋に触れてみたら、傷が完全に治っていたのだ。
〈今言ったであろう…水は命の源、水を司る妾を手にすることで、其方の傷は癒え続けるのだ。〉
水は命の源というのはわかるけれど、それを起点に生物探知や回復魔法も行使できるなんて…!
聖剣は、単に使い手の魔力を高めるだけでなく、使い手を助ける能力やその他にも様々な能力を持っているみたいだ。
とても器用な刀剣だ。
〈水流は其方の力でもある…好きにしてみろ。その『イクチ』を使ってな。〉
このサーフボードの名前は『イクチ』というらしい…よく見ると前後に長い蛇の頭と尻尾が伸びていて、ウミヘビのようにも見える。
最初に山蛞蝓と戦った場所から、西南西500m程先。
僕は腰を落として前のめりになり、山蛞蝓がいるであろう方角へ、イクチを斜め下向きに発進させた。
イクチは水を噴射しながら、うねる流水を纏って急加速し、斜め下の地上へ降下すると地面と平行に向き直り、目的地へ続く桜並木を突っ切っていく。
ヒュルヒュルと風を切る音が聴こえ、風圧で桜の花弁が舞い散る。
───────
〔舞鶴小西交差点付近〕
山蛞蝓がいると思しき舞鶴小西交差点に着くまでに要した時間は、たった20秒程度。
「ありがとう、とても速くて助かりました。」
僕はブレーキをかけてイクチから降り、イクチの頭を撫でる。
辺りの町屋は倒壊しきってはいないものの、壁や屋根が傷つけられ、屋内も荒らされている。
一方、町屋は完全に破壊されていないにもかかわらず、地面は辺り一面が瓦礫で埋め尽くされている。
水桜から伝わってくる山蛞蝓らしき気配は確かにここを示しているのだけれど、どういうわけか山蛞蝓の姿が見当たらない。
〈おかしい。確かに此処に居るはずだ。〉
水桜も困惑した様子を見せる。
「敵は嗅覚が良いので…僕たちが来ることを事前に察知して、どこかに身を隠しているのかもしれません。」
〈馬鹿な、ならばどこにあの巨体を隠すというのだ。〉
「それは…見当がつきます。『水鞠』。」
〈何をする気だ?〉
水鞠を数個加圧し、引き伸ばして槍型に成形する。
「『水龍奏術』…『水鞠・槍ヶ竹』!」
そしてできた数本の水の槍を、辺り一帯の地面に次々と突き刺していく。
すると…
「ぎゃああアァ〜!痛えエェ〜!」
地面の瓦礫を突き破って、水の槍に体を数箇所刺された山蛞蝓が飛び出してきた。
「な、なんでわかったアァ!?」
山蛞蝓は潰れた眼の軸をぐるぐると回しながら、僕の顔を覗いて怒鳴り散らす。
そんなに知りたいなら教えてあげることにしよう。
「僕は小さい頃から虫取りが好きで、色んなところを虫がいないか調べたりしていたのですが…」
「石ころを裏返すと…よく隠れているんですよね、ナメクジ。」
「あなたも何かの裏側に潜んでいるのではないかと思いました。」
〈土の中に潜っていたのか…!?〉
これには水桜も驚いたらしい。
「半分くらい合っていると思います。おそらく山蛞蝓は予め土を掘って窪みを作り、そこに丸の内二丁目で集めた建物の瓦礫を粘液で固めて蓋とし、できた空間の中に潜んでいたのでしょう。」
「建物はそれほど壊されていないのに、瓦礫が異様に散乱しているので、違和感を覚えたんです。」
山蛞蝓は体のあちこちに刺さった水の槍を抜きながら、大口を開けて怒鳴り散らし続ける。
「なめやがってエェ!このガキャアァ!このツケは返してもらうぞオォッ!食っちゃるウゥ!今度こそ食っちゃるよオォッ!」
僕は水桜を水平構えし、山蛞蝓を睨み付ける。
「こちらこそ…返して貰いますよ、おばあさんの“思い出”を…!」
〔つづく〕
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〈tips:聖剣〉
聖剣No.20
【水龍剣・『水桜』】
世界の楔となる20本の聖剣の一振で、水の聖剣。
現在の所持者は硯桜華。
始令は「鏡花水月・流れよ〜」。
刃渡60cm程の打刀の外観で、刀身の紋様は吉野川。
水流を発生させる能力があるほか、使用者の自動治癒機能・水分を介した生物探知機能などを持つ。
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ここまで読んでくださりありがとうございます!
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