#33 曇天 急「雲とお寿司とシン陰流」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
豊かな水と緑を湛えるこの地は今…
その一割を「彼岸」に蝕まれている。
急 ~雲とお寿司とシン陰流~
─2031年3月24日 09:35頃─
〔甲府城 清水曲輪 武徳殿〕
小笠原長宗様。
日本に十三人しかいない、最強の段位「特位」を冠する侍の一人。
かつてのお父様や目黒さんと同格という、凄まじい実力を持つ旗本様だ。
「まずはお見せしよう…小笠原家の三大流儀が一つ目、“聞慧”だ。」
天貝先生が持ってきたのは、小さなクレーン車のような装置。
装置の上からは数本のピアノ線が垂れ、ピアノ線には藁束が繋がって一列にぶら下がっている。
藁束はそれぞれ真ん中に赤い線が引かれていて、天貝先生が装置のスイッチを押すと各々がバラバラに素早く上下し始めた。
「今から一太刀で、この藁束全て…引かれた線の通りに断ち斬ってみせよう。」
小笠原様はそう言うと、腰に提げた打刀の柄に手をかける。
バラバラに動く藁束を、まとめて一太刀で線の通りに斬る…?
ちょうど線が一列に並んだところで斬るのかと思いきや、小笠原様は線の並びが全く揃っていないタイミングでいきなり抜刀した。
ヒュルルル…スパパパッ…
ボトボトと床に落ちていく藁束。
タイミングが合っていないはずなのに…落ちた藁束を見ると、全て綺麗に線に沿って真っ二つに斬られていた。
「え、えぇ…?どうなってるんですか…?」
何かの手品かな?
理屈が全くわからない…とワタワタしていると、小笠原様はニコッとしながら剣を納めた。
「これがシン陰流…『律速抜刀』。」
「今の一太刀、一見普通の居合に見えたと思うが、実は一度の攻撃のうちに何度も剣速を変えている。」
「故に、線が一直線に揃うのを待たずとも、常に剣速をコントロールすることで、連続した目標を的確に斬ることができるという訳だ。」
「応用すれば強力なフェイントとなり、敵の迎撃をすり抜けながら攻撃を差し込む…という芸当も可能だ。」
そ、そういうことか…!
虹牙の刺突の連撃は、僕らの守りの剣をすり抜けていくように見えたけど、あれは刺突の速度を途中で一瞬変えていたんだ。
小笠原様によると、律速抜刀で剣速を変化させている間も、剣そのものに乗った威力は落ちないらしい。
速度のみをコントロールし、その他のものは一つも切り崩さない…その精緻性こそシン陰流の特徴とのことだ。
「今示したものが“攻めのシン陰流”…」
「そして次に示すものが…」
小笠原様はそう言うと、剣を抜いて素早く八の字に振り、さらに真っ直ぐ上から下に振り、再び納めた。
「『シン陰流・円慧之陣』」
「うん…?何をしたのでしょう…?」
そのまま特に何も起きないからか、蜜柑は不思議そうに首を傾げる。
「桜華くん、目白くん、何か変わったことはありませんか?」
目白は悩ましそうな表情で応える。
「俺は見たことがあって、答えも知ってる…が、今言うのは違うよな…桜華はどうだ?」
シン陰流を今日初めて知った僕に答えがわかるはずがない…けど、少し不思議な雰囲気がある。
「小笠原様の生気が…薄れているような気がします。」
僕がそう言うと、小笠原様は少し厳しくしていた表情を緩めた。
「おお…わかるのか、良い覚えだ。」
「この『円慧之陣』は“守りのシン陰流”…十合技の影送りに理論は近く、自己の肉体に流れる魔力の速度を外界と合わせることで、魂の存在を隠匿するというものだ。」
「魔術の中には、自動で対象を捕捉・追尾する類のものがある…それらは魂の帯びる魔力を参照しているのだ。」
「故に魂を隠すことは、それらの呪いから身を守ることに繋がる。」
「肉体の速度を御して攻めと為し、魔力の速度を御して守りと為す…この攻防一体こそが、シン陰流の主義だ。」
小笠原様によると、さらにシン陰流の亜流として、速度と攻撃力を倍々に増していく「快速抜刀」という技を擁する「タイ謝流」という流派も存在するらしいけど…
既にいっぺんに覚えるべきことがかなり多いので、まずは十合技とシン陰流の習得から始めることになった。
「ということで、こっからは短期間で十合技とシン陰流を詰め込む鬼特訓だ!お前ら…覚悟はいいか?」
拳を鳴らす天貝先生。
「はい…よろしくお願いします!」
「私もよろしくお願いします!」
元気よく返事する僕と蜜柑に、目白は少し呆れた様子で、遅れて頭を下げた。
「やるしかないですね…よろしくお願いします。」
そんな僕らを見て、小笠原様はまたニコッと笑った。
「良い返事だ…それでは参ろう、次は小笠原家の三大流儀の二つ目、“修慧”だ。」
──────
─2031年3月24日 11:30頃─
〔甲府城 清水曲輪 武徳殿〕
ドスッ!
ボコッ!
バカッ!
そこからは二時間近くにわたって、ひたすら練習と休憩を繰り返していった。
まずは十合技の習得、次にシン陰流の習得。
この二週間の春休みでなるべく基礎を固め、少しでもまともに特位怪魔と渡り合える強さを手に入れるのだ。
虹牙を…目黒さんを倒し、話を聞きたい。
とはいえそこは十合技、一朝一夕に覚えられる程簡単なものじゃない。
震撼と貼靠の練習だけでここまで時間を使っている…本当に二週間で覚えきれるのかな…
蜜柑と目白が小笠原様と打ち込み練習をする中、僕は天貝先生と打ち込み練習をしていた。
バシィッ!
もう何十発目かのパンチを、天貝先生に受け止めてもらう。
すると天貝先生はニッと笑った。
「いいぞ桜華!震撼が身に付いてきたみたいだな!」
腕に強く力を込めれば、筋肉は震える。
それを普通のパンチで、力を込めすぎずに発生させる。
それがたぶん、震撼のコツだ。
「あとプラスでお前に言っておきたいことがある。」
「なんでしょう?」
天貝先生は僕の打撃で気になったことがあるそうだ。
「お前の打撃なんだが、他の奴らと違うポイントがある。」
「違うポイント?」
「そうだ…これまでどうやって鍛えてきたかは知らないが、お前の打撃は瞬発力と軌道の変則性が高い。」
「それは特に決まった流派の武道を習わず、自己流でやってきたからですね。」
天貝先生は深く頷くと、さらに続ける。
「だからだろうな…お前の打撃に乗った魔力に“揺らぎ”が生まれてるんだよ。」
「その揺らぎは波動になって、さらに対象に振動を加える…お前の『震透撃』とやらの威力が極端に高いのも、今やってくれた震撼の威力が覚えたてのくせにやたら高いのも、その波動が加わってのことだろう。」
「しかもまだある!波動は打撃に前後して何度も押し寄せるから、打撃が自然と連撃になる!」
「そのうえ対象の魔力の流れに逆流する!だから相手の魔力によるガードも乱せる!」
「フェイントからガード崩しまで、そいつ一つでなんでも応用できるってわけだ!」
僕の打撃が特殊なことはわかっていたけど、そこまでの性質を理解して使ってはいなかった。
生徒の良いところを見抜くのが得意と豪語する天貝先生だけど、その実力を垣間見た気がした。
「こいつは強い武器になるぜ…何度も押し寄せ、川を逆流する、津波の如き波動の打撃!」
「俺が名付けてやろう、そいつは『海嘯撃』だ!」
「か、かっこいい…ありがとうございます!天貝先生!」
人に技を見出してもらい、技名までつけてもらえる。
初めての経験とそのかっこよさに、胸がザワザワと踊った。
─2031年3月24日 12:00頃─
〔甲府城 本丸 見晴台〕
いったん練習を終えて、お昼の時間。
僕ら五人に、城に遊びに来ていた廿華も加わり、六人でお昼ごはんを食べることになった。
「まつ毛の先まで真珠のように真っ白…と、とても素敵です…」
案の定、廿華は小笠原様の美貌にメロメロになっている。
場所は本丸の見晴台。
涼しい風に吹かれながら、甲府市街の景色を一望できる場所だ。
空は広く晴れ渡り、あわあわとした雲が浮かんている。
小笠原様が持ってきたのは、三段積みの四角い桐箱。
「此度は皆の昼餉に、これを持ってきた。」
小笠原様はそう言って、レジャーシートの上に箱を置き、引いて開けると…
「わ…わわわっ…!これは…!」
漂ってくる酢の香りに、目を輝かせる廿華。
桐箱の中には、箱の形に折り畳まれた柿の葉が、ぎっしりと並んでいた。
「おお〜!福岡名物・柿の葉寿司ではありませんか!柿の葉寿司といえば奈良というイメージが強いですが、実は嘉穂で秋に行われる『おくんち』という村祭りの際に作られるご馳走なんです!人参・椎茸・牛蒡といった具を混ぜた酢飯に、〆鯖・小海老・田麩といった具を載せるんですよ!」
食欲も相まってか、いつもよりさらに早口で解説する蜜柑。
お寿司といえば…回転寿司にならゲッコー師匠によく連れて行ってもらったけど、こういう箱寿司は食べたことがない。
小笠原様はどれがどの具か教えてくれて、僕らに好きなだけ取るように言ってくれた。
僕と蜜柑と廿華が、その言葉に甘えて早速お寿司を取っていく中、目白は天貝先生と一緒に後ろから見守っていた。
「目白はいいんですか?取りに来なくて…」
「別にいいよ、特に好き嫌いはねぇし…お前らの後に取るから。」
僕が一番に取ったのは〆鯖。
それを見て小笠原様はまたふふっと笑みを溢した。
「やはり今でも魚は好きか…桜華殿。」
「もぐ…んくっ…ふぇ?ご存知なのですか?」
「ああ、貴殿が生まれたすぐ後と、三歳くらいの頃に…二度顔を拝みに参ったことがある。」
「そんなことが…僕、全然覚えて…」
「寧ろ覚えておらぬ方が自然だ、何も気にすることは無い。」
小笠原様は幕府の高官。
お父様や目黒さんとも親交があり、仲良くさせてもらっていたと話す。
「貴殿の御尊父…風弥殿は実に直向きな方で、武道においても勉学においても、日夜積み重ねを怠らぬ方であった。」
「貴殿の練習ぶりを見ていると、彼の姿を思い出す…その真っ直ぐな瞳も。」
甲府の人たちと違って、お父様と一緒に居た時間の方が長い人だからなのかな…僕を見て一番にお父様似だと言う人は珍しい。
「お母様似とは仰らないんですね?」
僕がそう問うと、小笠原様は苦笑した。
「あえてそう言わなかったのだ…確かに一目見て、その姿は菫殿にとてもよく似ていると思った。しかし我等小倉の武士は、“人の芯を見て接せよ”と教えられて育つ…貴殿の芯は、しっかりと御両親其々の強さを受け継いでいる。」
人の芯を見る…小笠原様の精神論は、まるで青空のように高潔だ。
「他者の芯を見て、己の芯を自覚する。シン陰流の智の精神でもある。」
「はっ!それは鮭…!もぐっ。」
「人が食ってる最中の寿司に齧り付くんじゃねぇ…」
ふと横を見ると、蜜柑が目白の食べている途中の寿司に齧り付いていた。
蜜柑は昔から食いしん坊で、幼い頃は他人の食べ物をよく奪っていたけど…今でも目白相手には、突然食べ物を横取りすることがある。
「えへへ、すみません…半分食べちゃったので、代わりに私の鯵を半分あげます!」
「ネタが違う時点で代わりになってねぇよ…ったく、仕方ねぇな。」
目白は呆れながらも、蜜柑が差し出した寿司を半分に割って食べた。
小笠原様も、その様子を微笑みながら眺めていた。
「無邪気なものだな…この様子を風弥殿と目黒殿にお見せしたかった。」
「貴殿等の善導は実り、御子等は清く正しく健やかに育っていると…」
その後、小笠原様はさらに、僕らに黒い印籠を見せてくれた。
幕府高官にしか支給されない、選ばれしエリートの印籠。
表には金色の三つ葉葵、裏には金色の三階菱が描かれていた。
「わあああっ!初めて本物を拝見しましたっ…!」
廿華は初めて見る黒い印籠に大興奮だった。
昼食を終え、レジャーシートをしまい、街の景色に背を向けた時のこと。
ザワッ…
突然湧き出た、浄化瘴気の気配。
振り返ると、巨大な黒いトノサマバッタのような姿をした妖魔が、堀の外に五匹程飛んでいた。
この妖魔、いや怪魔は、もしかして…
「大名飛蝗!また出やがったのか!」
急いで聖剣の柄に手をかける目白。
~丁種怪魔~
【大名飛蝗・兇群態・浪】
そしてすぐに通信機も鳴り出す。
《お昼休み中ごめんだわ〜ん!緊急事態よ〜ん!丸の内に大名飛蝗の残党が五匹!筵の発生はないわ〜ん!》
大名飛蝗を倒した後も、群れの生き残りがあちこちで見つかっては駆除されてるとは聞いたけど…どの個体も普通のバッタ程の大きさで、オリジナル程の大きさのものが出現するのはたぶんこれが初めてだ。
半鐘が鳴り響き、騒然とする甲府城内。
目白と蜜柑は、すぐに廿華の前に立つ。
天貝先生は、いつでも僕らの周囲に結界を張れるよう構えている。
そんな中、小笠原様は、一人泰然と大名飛蝗たちの方を見ていた。
「小笠原様…?」
僕が小笠原様の顔を覗くと、小笠原様は黒い羽織を脱ぎ、背中から小さな弓型の刃がついたナックルダスターのようなものを取り出した。
「そ、それは…?」
僕が問うと、小笠原様は真剣な面持ちで大名飛蝗の方を見ながら答える。
「拙者の魔剣だ…いや、これは“魔弓”と呼ぶべきか。」
魔弓…?それは弓なの…?
「『蒼天を衝け“鰯雲”』」
小笠原様の始令に合わせて、ナックルダスターはパキパキと音を立てながら、小笠原様の身の丈程ある洋風の長弓へと姿を変えた。
白銀の弓幹は刃になっていて、上下に波のようなカーブが連なっている。
各部に青い雲のような絵柄が刻まれ、さらに弓幹の一番上の部分には三階菱の家紋が刻まれている。
こんな弓、見たことない…
~最上大業物~
【鰯雲】
ドヒュウッ!ヒュッヒュッ!
小笠原様は矢も番えずに、弦を引き、次々に青白い矢を弓から放つ。
本物の矢を撃つのではなく、魔力を矢の形にして撃ってるんだ。
矢は次々に大名飛蝗の体を貫き、大名飛蝗はその場で弾け飛んでいく。
僕らが傷だらけになりながら、三人がかりでようやく倒した黒い大名飛蝗を…小笠原様は涼しい顔で撃ち落としていく。
僕は蜜樹さんに指示されて、通信機をスピーカー通話に切り替える。
《長宗くん〜!せっかく来てくれたところ悪いけど、桜華くんたちまだちょっとケガしてて…特に目白が…》
蜜樹さんの呼び掛けに、小笠原様は微笑んで返す。
「承知した…拙者に任せてください。」
次の瞬間、さらに黒い魔法陣が現れ、そこから数千匹に及ぼうかという量の、黒い大名飛蝗が出てくる。
「嘘だろ…」
「こ、こんな数…倒しきれな…」
目を見張って冷や汗を垂らす目白と蜜柑に、小笠原様は少し強めに声をかけた。
「落ち着け、狼狽える必要はない…」
「ここで小笠原家の三大流儀が三つ目、“思慧”について教えよう。」
「武道においても魔道においても、究める上で最終的に到達する地点…そこは“精神”あるいは“魂”にある。」
「己の存在とは何なのか、己の魂とは何の様な形をしているのか…己の精神に深く潜行し、思考し、想像するのだ。」
小笠原家様が青白い矢を弓に番えると、弓はすぅっと地面から離れて上へと浮かんでいき、小笠原様はゆっくり手を離す。
「我がソウル『海の嵐』…魔力にて生成した矢を、空気抵抗を無視して自在に操作できる。」
「…若き頃、空を見上げ、我が魂に宿ったその力の正体を考え耽っていた時の事…」
「鰯のように小さく細い雲の数々が、風に吹き寄せられ大群…鰯雲を成していくのを見たのだ。」
「そう…それが我が魂の真の姿であると、はっきりと想像できたのだ。」
小笠原様がそう言ってパチンと指を鳴らすと、弓矢は青白い光となって弾け飛び、幾千にも連なる大量の矢となって、城の上空に浮かび上がった。
まるで、巨大な鰯の群れのように。
「『極ノ番』」
「『死滅廻游巻積雲』」
「す、すげぇ…これが特位の極ノ番…」
慄然とする天貝先生。
僕らも真上を見てただ唖然とするばかり。
「進め。」
ビュオッ!
小笠原様のその一声が響いた次の瞬間、矢の群れは魚群のように一斉に飛び出し、大名飛蝗の群れへと突っ込んでいく。
シャアアアアア…!
そしてしばらく進むと、大きくラッパ状に散り、雨のような音を立てながら大名飛蝗の群れに降り注いだ。
呆気なく、次々に弾け飛んで消えていく大名飛蝗たち。
これが小笠原様の極ノ番…
圧倒的な数の暴力は、甲府に再び湧いた飛蝗の群れを一匹残らず食い尽くした。
【丁種怪魔 大名飛蝗・兇群態・浪】
─成敗─
《チョ〜ヤバイッ!長宗く〜ん!極ノ番まで実演してくれてありがと〜♡》
小笠原様はまた少し微笑むと、僕らの方へ振り返り、口を開いた。
「魔術戦の極致・極ノ番…貴殿等には、いずれ“此処”まで辿り着いて貰う。」
え、辿り着くって…
ぼ、僕たちが…極ノ番まで…!?
──────
─2031年3月24日 16:00頃─
〔江戸城 西丸(御隠居御城) 黒書院〕
ここは江戸城。
その本丸の西側に位置する西丸。
引退した征夷大将軍や世子が住む場所。
黒書院とは大御所の政務室の一つである。
江戸城の施設としては落ち着いた雰囲気の数寄屋のような建物であり、屋内の障壁画も彩色画ではなく水墨画となっている。
上座に一人、中座に一人、下座に一人、それぞれ座っている。
全員が羽織袴を着ていて、羽織は黒く、両胸と背中に金色の葵紋が描かれている。
下座に居る人物。
七三分けのオールバックの金髪に、端正な顔立ちの、壮年の男。
細く冷たい目の中には青い瞳があり、細く四角い眼鏡をかけており、鼻は高く、頬はやや凹んでいる。
身の丈は200cmを超えようかという程で、首は太く手もグローブのように大きい。
「はい…はい、承知しました。はい…それでは。」
男はガチャッと受話器を置くと、上座と中座に居る二人に、低く渋い声で何かを告げる。
「──以上が、夕斎殿からの伝言です。」
黒い印籠には、表に金色の三つ葉葵、裏に金色の抱き花杏葉。
男の名は、石野千秋。
徳川幕府における、征夷大将軍に次ぐ最高権力者・五大老の一人である。
【石野 千秋】
~徳川幕府 大老「謐老」 / 播磨国 国主~
中座に居る人物。
ナチュラルヘアの黒髪に、疲れ切った面持ちの、青年の男。
死んだ魚のような三白眼で、目の下には濃い隈がある。
身の丈は170cm台前半くらいで、体格はやや華奢。
口元にはサージカルマスクを着け、くぐもった声で、頭を抱えながら返答した。
「えぇー…マジっすかぁ…クソだりぃ〜…ただでさえまだ積もりに積もったタスクがありゅのにいぃ…マジ卍ぃ…」
黒い印籠には、表に金色の三つ葉葵、裏に立ち葵。
男の名は、本多䑓麓。
征夷大将軍の執政を直接補佐する、徳川幕府のNo.2である。
【本多 䑓麓】
~徳川幕府 御側御用人 / 陸前国 国主~
そして上座に居る人物。
おかっぱの黒髪に、若々しく優しげな表情の、壮年の男。
目は灰色で瞳に光は無く、どこか不気味ににこやか。
身の丈は160cm台後半くらいで、体格はかなり華奢。
䑓麓と千秋の方を見つめ、口角を裂くようににっこりと笑う。
「ふふっ…嬉しい限りだよ、時計がまた動き出したのだから…」
黒い印籠には、表裏の両方に金色の三つ葉葵。
男の名は、徳川義昭。
前征夷大将軍(大御所)であり、征夷大将軍に次ぐ最高権力者・五大老の一人である。
【徳川 義昭】
~徳川幕府 前征夷大将軍(大御所) 大老「帝老」~
義昭は立ち上がると、明るい顔で意気よく声を張り上げる。
「さあ…!皆で行こうじゃないか!」
「水と緑の天領…甲府へと!」
すると千秋と䑓麓が立て続けにぴしゃりと言い放った。
「貴方はダメです。」
「ここで大人しくしててくださ〜い。」
義昭はあからさまに落ち込んだ様子で、口元を歪めて上座に体育座りし、俯くのだった。
「そんなあぁ〜…ひどいよ二人とも…」
〔つづく〕
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〈tips:人物〉
【小笠原 長宗】
江戸幕府勘定奉行で、小倉藩筆頭家老。
譜代大名・小笠原家の次期当主。
39歳で、日本に13人しかいない「特位」の段位を冠する侍の一人。
銀髪翠眼の日本人離れした美貌を持つが、外国人のハーフやクォーターではなく、アルビノ。
小笠原家の次期当主としての強い自覚と責任感を持ち、紳士的な振る舞いと高潔な精神性から、小倉藩には彼に憧れ武士を目指す者が多い。
剣や魔力の速度を律する武術「シン陰流」の総師範であり、ソウル能力と併用した弓術から日本最強の射手と目される。
江戸の同僚からは口調が堅すぎると文句を言われているが、一向に緩めることができていない。
好物はたくあん。
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