#30 疎影 急「逢魔」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
豊かな水と緑を湛えるこの地は今…
その一割を「彼岸」に蝕まれている。
急 ~逢魔~
─2031年3月15日 10:30頃─
〔帯那山山頂 桃山組本社殿〕
怪魔の消滅とともに、小さな筵の壁も消えていく。
そこに残ったのは、床を突き破って生えた太い触手の束だった。
間もなくして、組員が息を切らしながら勢いよく戸を開け、報告に来た。
「大至急連絡に参りました!カシラ!蠆盆街各所で小規模な筵が多数発生!赤黒い樹木型妖魔の報告多数!怪魔とみられます!」
八戒さんはすっかり酔いが覚めたのか、眉間に深く皺を寄せる。
「くそっ…何が起こってやがるんだ…!」
「すまねえ硯の坊ちゃん達…盛大にもてなしてやるはずが、それどころじゃなくなっちまったよ…」
頭を下げる八戒さん。
「八戒さん、客人である以前に、僕は御庭番です。」
「御庭番衆の参謀として、どうか教えてください…今僕にできることは何でしょうか?」
僕の言葉に八戒さんは深く頷く。
「おう、任せとけ…まずは表に出て状況をザックリ把握だ。」
「ショッカイ、本丸の管制塔に連絡を。」
ショッカイさんが頷き、耳につけた通信機のボタンを押すと…
《みんなこんちゃ〜っす!蜜樹さんだぞっ☆蠆盆街の監視カメラ映像は全部中継済っ!》
すぐに蜜樹さんの声が聴こえてきた…対応が速すぎる。
僕らが急いで外に出ると…街のあちこちに、半透明の半球が現れていた。
「こりゃひでぇ…こんなにたくさん…」
さっきのと同じ、小型の筵だ…ぱっと見た感じだけでも二十個くらいはある。
《避難にしろ戦闘にしろ…何するにしろ、散在してる大量の筵が邪魔すぎるわ〜ん…》
蜜柑は顎に手を当て俯く。
「一つ一つに岩戸神楽をやっていては時間がありませんね…」
するとハッチが提案してきた。
「なあ、あの結界…全部いっぺんに壊せばいいのか?」
蜜柑は首を傾げる。
「それが理想だとは思いますが、どうしてそのようなことを?」
ハッチはソウカの背中を持つ。
「ソウカならできる…禁庫の結界だってソウカの言霊で破壊したんだ。」
「(*゜∀゜)*。_。)」
頷くソウカ。
《確かに今発生してる小型の筵なら、簡易魔力測定でも結界強度がそんなに高くないことがわかるから、言霊で壊せなくはないと思うんだけど…量が量よ、ソウカちゃんに相当負荷がかかっちゃうと思うわ〜ん…》
八戒さんも心配そうな様子だ。
「お嬢ちゃん、俺たちのためとはいえ無理だけはすんじゃねぇぞ…犠牲者なんざ要らねぇ。」
すると蜜柑が何か思い付いたのかポンと手を打つと、傍に居た廿華が変身し始めた。
そして現れたのは…巨大なメガホン。
「なるべく少ない回数で、なるべく多くの筵を壊す…それならこれはいかがでしょう!」
早速ソウカは仮面をずらし、メガホンの根本に唇をつけて目一杯叫ぶ。
「『砕 け ろ』」
キィーンと空気が音を立てて波打ち、波動とともに見渡す限りの筵が次々にガシャガシャと崩れていく。
《うわわわ!すんご〜い!姫様もソウカちゃんもチョベリグよ〜ん♡》
直後に八戒さんは指示を出していく。
「硯の坊ちゃんは俺と、姫様はナントンと、それぞれ各所の怪魔討伐にあたる!」
「ベニガオはここで妹君と御兄妹を守れ!」
そして八戒さんは大きく息を吸い、声を轟かせる。
「蠆盆街に居る全組員に告ぐ!子供・年寄り・病人をとにかく逃がせ!そこに居る怪魔どもは俺たちが潰すから任せとけ!」
──────
─2031年3月15日 10:40頃─
〔帯那山山頂 蠆盆街西区画〕
「オロロロロロ〜!」
雄叫びを上げながら、民家の戸口に体を押し込もうとする低木の怪魔。
「きゃーっ!」
「大丈夫、大丈夫だからね…カシラがすぐ助けに来るから…」
家の中には、小さな子供たちが泣き叫び、母親がそれを必死に庇っている。
「はああああっ…!」
僕は翼を開いて滑空しながら狙いを定め、怪魔の額に足を向けて急降下する。
ドムッ
足が怪魔に突き刺さる。
この怪魔は見た目の割に硬い。
ただの蹴りでは効果が薄いけど…僕にはこれがある。
「『震透撃』!」
メギョッ…バキバキッ
この雨天…木は内にも外にもたっぷり水を含んでいる。
だから水分を波動させるこの技は…効く!
バキバキと鳴りながら崩れていく。
さらに横から飛んでくる根。
一、二、三、四本。
標的は民家だ…迎撃するしかない。
「『鏡花水月・流れよ水桜』!」
「『水月・青海波』!」
スパパパパッ
駆け抜けながら横に円を描いて根を輪切りにしていき、さらにこちらに向かって二本飛んでくる根の一方を躱すと、逆さになってもう一方の表面を滑走する。
「『一巻読了』!」
「『水月・逆波の衝』!」
ザクッ!ザクッ!
怪魔に肉薄するとそのままさらに反転して向こう側へ飛び出し、すれ違い様に縦に円を描いて怪魔の背面を斬り刻んでいく。
この怪魔たち、戦闘力はそこそこだけど、とにかく硬い…
一巻読了で無理やり押し切っても、なかなか手応えを感じる。
その一方で…
「ほらよっ…!」
スパッ…!
隣の八戒さんは、読了撃を使うまでもなく、迫り来る怪魔を次々に真っ二つに斬り裂いていく。
その断面は荒々しく抉れている。
僕は近くの組員に親子を託しつつ、八戒さんのもとに駆け寄る。
「すごい切れ味ですね、毒の聖剣…」
八戒さんはドヤっと得意げな顔をする。
「だろ?こいつは西洋に伝わる“フランベルジュ”っていうタイプの剣でな…刀身全体にカーブをつけることで抜群の切れ味を出してるのさ。しかもノコギリみてぇな要領で肉を抉るから、並大抵の剣とは比べ物にならねぇくらいに傷は大きく酷くなる…怖ぇだろ?」
見たことのない形だと思ったら、西洋剣の類だったんだ…
さらに聞いてみると、本来は儀式用の祭具の側面が強い剣で、何かと傷みやすいから国音さんによる特別なメンテナンスが欠かせないらしい。
その後も僕と八戒さんは次々に怪魔を倒していく…数は徐々に減っていくけど、怪魔は次々にまた新しく現れ、なかなか居なくなってくれない。
「『一巻読了』!」
「『気炎・神門鉄火』!」
目の前の怪魔たちが、激しい湯気とともに斬り裂かれる。
蜜柑たちと合流したようだ。
《みんな〜!住民避難は無事完了よ〜ん!》
良かった…あとは怪魔を倒すだけ、なんだけど…
「どうしましょう…いくら倒しても、文字通り雨後の筍のように湧いてきます…」
眉を八の字にする蜜柑。
「侵入者の黒装束は、ワンタイの真似をしながらあちこちに“苗”を植えてたのかもしれないね…それがさらにあちこちで増えて、手がつけられない程になってる。カシラ、これはもう本体を倒さないと厳しいと思うよ。」
ナントンさんの言う通り、このまま低木の怪魔を倒し続けてもキリがない。
でも本体は相変わらず強固な結界で守られていて、とても太刀打ちできる状態じゃない。
どうすれば…と俯くと、足元に残された、先程倒された怪魔の遺骸が目に付いた。
そういえばさっきから、怪魔たちは倒されると決まって太い根の束を残している。
「あの…皆さん、この根っこってどこに繋がってるんでしょう?」
僕の言葉を受けて、八戒さんは屈むと、太い根の束をグイッと引っ張る。
「…抜けねぇな、相当深いとこで繋がってんのかこれ?」
「僕…それを見て、家の庭で草むしりしていた時のことを思い出しました。」
「ん?草むしり?」
「はい、草むしりです。たとえばスギナという雑草は、一本一本別々に生えているように見えますが、土の中ではそれらが地下茎という茎で一塊に繋がっています。それ以外にも…たとえばカタバミ、あの雑草はランナーという蔓を横に伸ばして、その先で新しい株が生えるんですよね。」
「成る程な、硯の坊ちゃん…つまりお前が言いたいのは、コイツらも同じように地下で本体と直接繋がってるかもしれないってわけか。」
八戒さんは腰に手を当て目を瞑ると、少ししてパッと目を見開いた。
「…よし、やってみるか…蜜樹さん、頼みたいことがある。」
《おぉっ?なになに八戒くん?》
「オビナ様に“花火”を捧げる。」
不敵にニヤリと笑みを浮かべる八戒さん。
こんな雨の中で、花火…?
──────
─2031年3月15日 11:00頃─
〔帯那山山頂 桃山組本社殿〕
場所は戻って、桃山組の本社殿入口。
「すげー…いっぱい飛んでる…」
「(((o(*゜▽゜*)o)))」
首を伸ばして蠆盆街を見渡し、目を輝かせるハッチとソウカ。
蠆盆街の上空のあちこちを飛び交う、数十機のドローン。
さらに、本社殿の窓からは次々とスプリンクラーをぶら下げたドローンが飛び立ち、群れへと加わっていく。
「私たちはここから見守ってるだけで良いのですか?」
蜜柑の問いに、八戒さんはニカッと笑って答える。
「おうよ、もう直接殴り合うことはねぇ…勝負はもう決まったからな。」
「教えてください…これは何をしているんですか?匂います…何か撒き散らしてますよね?」
僕が訊くと、八戒さんは意気揚々と説明を始めた。
「おっ!わかったかぁ?流石は竜の嗅覚…そうさ、これは“ある物”を撒いてるのさ。」
ある物…?
八戒さんは説明を続けながら、応接間へ向かって歩き出す。
僕たちもついて行く。
「ちょっとお勉強の時間だ!」
「ホルモンって、知ってるか?」
すると蜜柑が手を挙げる。
「はい!生物と保健の教科で学習済です!」
ホルモンとは、臓器から臓器へ伝わり、様々な作用を発揮する物質のこと。
中学校の授業だと、膵臓から分泌されるインスリンや、性ホルモンのエストロゲンなんかを習った記憶がある。
「ホルモンってのは、人間みてぇな動物の専売特許ってわけじゃねぇ…植物にだってある。」
植物のホルモン…それはあまり聞いたことがない。
「まあ、動物のホルモンとは全然勝手が違うんだけどな。」
「たとえばブドウに“ジベレリン”というホルモンを塗る…すると不思議なことに種がなくなる。無核化ってやつで、種無しブドウを作るのに利用されるんだ。」
「他にも“エチレン”っていうガス状のホルモンがある…コイツは果物の熟度に関わるホルモンだ。海外から輸入されるバナナは、害虫を防ぐために青い状態で出荷するんだが…売る時には黄色く熟してないとダメだ。だから、売る前にエチレンを浴びせて黄色くさせる…追熟ってやつだな。」
「そのホルモンを…ドローンで撒いているのですか?」
廿華が尋ねると、八戒さんは人差し指を立てて答える。
「その通りだ!今回撒いてるのは“サイトカイニン”ってホルモン。コイツは根から吸収されて、植物の茎の先端にある芽の部分へ運ばれ、そこに作用して成長を促す。」
根から茎の先端へ…ということは、まさか…
「あの子分どもが根っこならよぉ…撒いたホルモンは、我樹木子の本体の芽に届いてるはずだぜ。」
「植物によって差はあるが、芽は基本的に植物の“急所”だ。」
応接間に入ると見えてきたのは…全身の各所に濃い紫色の瘤ができた、我樹木子の本体だった。
「俺は雁金の姐御みたいな馬鹿力もなけりゃ、新藤五の兄貴みたいなテクニックもねぇが…俺は科学者!」
「目ぇひん剥いて観察して情報を集め、テメェの頭ん中の引き出しを開けまくって考察する…知恵と根性なら負けてねぇ!」
《八戒くん!薬剤散布は完了よ〜ん!さあさあやっちゃって!》
蜜樹さんに促され、八戒さんはゆっくりと右手を上げる。
「たっぷり味わったか?お前にやったその薬には…俺の魔力がついている。」
「俺のソウルは『熟爛魔術』…俺の魔力は毒となり、溜まれば熟れて、爛れて落ちる。」
「喰らいな我樹木子…コイツは桃山組特製、化学と魔法の“華”だ!」
八戒さんは声を張り上げると、勢いよくパチンと指を鳴らす。
「『熟爛魔術』…『地獄華』!」
ボグッ…ドシャアアアアッ!
我樹木子のあちこちにある瘤が、爆竹のような轟音を鳴らし、赤い彼岸花のような火花を放ちながら、次々に激しく破裂していった。
「オ…ロロ…ロ…」
微かな呻き声を上げながら、黒い煤となって消滅していく我樹木子。
凄まじい火力に唖然とする僕らの前で、八戒さんは満面の笑みで毒髏を肩に掛けていた。
「っしゃあああ!こりゃあ爽快だぜ!」
【乙種怪魔 我樹木子】
─成敗─
──────
─2031年3月15日 11:15頃─
〔帯那山山頂 桃山組本社殿〕
僕らが筵の解放を見届けていると、蜜樹さんから吉報が届く。
《みんな〜!ワンタイくん見つかったって〜!ショッカイくんからの報告よ〜ん!多少ケガはしてるけど、意識はハッキリしてるらしいわ〜ん!》
「おぉ…ワンタイ!心配かけやがって!」
少し涙ぐむ八戒さん。
表向きにはあれ程気丈に振る舞っていたけど、すごく心配していたんだ…
八戒さんは涙を拭うと、僕に歩み寄ってきた。
「しっかし、硯の坊ちゃん…ここまで迅速に事態を収拾できたのは、お前の発見のおかげだ。」
「灯台下暗しってヤツだな…本当は俺がもっと早く気付いてカッコつけるべきとこを、面目ねぇ。」
「硯桜華…俺は最初、お前のことを家系や聖剣…運命に弄ばれる哀れなヤツだと思ってた。」
「だがフタを開けてみたらよ、冷静で頭も回って腕も悪くねぇ…おまけに良い根性してるじゃねーか、気に入ったぜ。」
「助けてくれてありがとよ…これからよろしくな。」
八戒さんはそう言って、右手を差し出してくる。
たぶん八戒さんは、お父様やお母様とはそこまで深く関わっていない。
だから賞賛の言葉の中に、お父様やお母様の名前は出てこない。
そこに思い出の面影はない…けど、親の名声に関係なく、僕自身の力が評価されている気がして、それがとても嬉しかった。
差し出された手を握り、八戒さんの目をまっすぐ見つめる。
「はい…よろしくお願いします、八戒さん!」
《いやっほ〜!サイコーだよ二人とも〜♡これから仲良くし…》
ブツッ…
突然蜜樹さんからの通信が途絶える。
そして…
「…『涅槃寂静・静まれ“叢正”』…」
ズバンッッッ!!!
僕らの目前で、神木が…オビナ様が、突然横一文字に斬り倒された。
突然滝のように激しくなる雨。
倒れた幹の向こう…水飛沫の中に、何かが居る。
「っ…!?」
その姿を見た瞬間感じたのは、身の毛どころか内臓までもがよだつような、異常な恐怖感。
身長は200cm弱。
全身を覆い隠す、銀色に黒紫の花の紋様が描かれた西洋鎧。
鷲の頭のような形をした兜は、天辺から一角のような鋭い角が伸び、後頭部からは白黒の羽飾りが垂れている…顔面には横長の隙間があるけど、中は真っ暗で何も見えない。
胸には鳥・蛇・獅子が合わさった怪物の挿絵が描かれ、腹には八つに割れた腹筋が彫られている。
鋸のように刺々しい楕円の肩鎧から伸びる腕は、和鎧のような籠手で覆われ、指先は鋭く尖っている。
腰に巻いたベルトからは黒い布が垂れ下がり、バックルには術巻が一本嵌まっている。
腰の後ろからは、真っ黒な刺々しい蛇のような尾が伸びている。
その右手には、真っ黒な柄と鍔に、薄い黄金色の紋様の無い刀身が伸びた、単純ながら美麗な造りの太刀。
感じるのは、凄まじい魔力と浄化瘴気の気配。
空亡の時と状況が同じ…この鎧武者、筵を展開しない特殊なタイプの怪魔だ。
そして、空亡の時とは全く違うこと。
それは…
この鎧武者…
今まで遭ったどんな敵よりも…
あろうことか晶印さんよりも…
~特種怪魔~
【虹牙】
ずっと、強い!
とにかく動かなきゃ…
そう思っても、まるで金縛りに遭ったように、体が強張ってうまく動かせない。
「お、お前…よくも、よくもオビナ様を…!」
八戒さんは般若の如き面持ちで、毒髏を抜き直して鎧武者の方へ歩み出そうとする。
そして一歩踏み出しかけた、その次の瞬間…
鎧武者はいつの間にか、八戒さんの目と鼻の先に立っていた。
「な…」
一瞬呆気に取られた八戒さんに、鎧武者は容赦なく剣を真横に振り抜く。
八戒さんは風を切りながら弾き飛ばされ、壁を突き破る。
「カシラ!」
叫ぶナントンさん。
「…野郎…っ!」
すると壁に空いた穴から、八戒さんがタコのようにニュルニュルと変形しながら出てきた。
「『ピーキングO』…吹っ飛ばされる一瞬の間に触れられた!ちょっとは痛みがマシなはずだ!」
今の一瞬でハッチが能力を発動したらしい。
「ありがとよ!狐の坊ちゃん!」
八戒さんは一気に鎧武者へ詰め寄る…かと思ったら、斜め後ろへ跳び上がり、さらに天井を蹴って斜め上から斬り掛かる。
ところが鎧武者はつられて動くこともなく、正確に八戒さんの強襲を剣で受け止める。
さらに手首を捻って八戒さんの剣を弾くと、剣を持ち直し…三連続の片手突きを、風を切る程の速さで繰り出した。
ヒュドドドッ…!
─『虹月・兇流星』─
「ぐ…ぁっ…!」
八戒さんは斜め上に吹き飛ばされ、天井に激しくぶつかる。
聖鎧は突かれた部分からひび割れていき、八戒さんは聖鎧の破片とともに床へドサッと落ちて動かなくなった。
「は、八戒さん…!」
そこで僕はようやく我に帰り、八戒さんのもとへ駆け寄ろうとすると、水桜に呼び止められた。
〈案ずるな…死んではおらぬ…それより下手に動くな。〉
鎧武者はゆっくりと僕の方を向く。
〈よいか桜華…落ち着け、落ち着くのだ。〉
僕は深呼吸して目を閉じる。
ヒュッ…
来る!
ガキイィンッ!
反射的に水桜を構え、鎧武者の剣撃を受け止める。
水桜の言う通り、一度落ち着いて正解だった。
二つの刃がかち合い、水桜は青白く輝き出し、鎧武者の剣は漆黒に染まる。
激しく散る魔力の火花…これは共鳴…!
まさかその黒い太刀は、聖剣…!?
鎧武者の力はとんでもなく強く、僕はどんどん下へ押し込まれていく。
僕は鍔迫り合いを諦め、即座に剣を引っ込めて屈み、鎧武者の脛を蹴りつけた。
ゴンッ
「いっ…!?」
か、硬いっ…!?
全体重をかけた蹴りなのに…怯まないだけならまだしも、微動だにしない。
まるで力を消され、受け流されているかのようだ。
剣を引っ込めたのは間違いだった。
足払いに失敗して隙を見せた僕に、鎧武者は真上から剣を突き立ててくる。
防御も回避も間に合わない…やられる…!
「『二巻読了』!」
「『気炎・炎輌廻駆』!」
真横から割り込んできたのは、豪炎を纏った回転斬り。
鎧武者にできた一瞬の隙を見逃さず、僕は蜜柑のもとへ急いで転がり込む。
「桜華くん!大丈夫ですか?」
「ええ、危ないところでした…ありがとうございま…うわっ!?」
息をつく間も与えずに襲い来る、猛烈な刺突の連撃。
僕と蜜柑は辛うじて受け流すのがやっとで、どんどん後退させられていく。
ドスッ
「う゛っ!?」
刺突が一発、僕の左胸に命中する。
おかしい。
今の攻撃、軌道をしっかり捉えて、速度まで予測して弾いたはずなのに…防げていない…?
「あ゛うっ…!」
同時に、隣で蜜柑も肩に刺突を受ける。
間髪入れずさらに飛んでくる刺突に、再び見定めて剣を振るも…
ドスッ
ダメだ、当たらない…僕らの剣をすり抜けてる…!?
ドドドドドドドドッ…!
まるで相手の剣が幽霊にでもなったかのように、防御の剣撃は悉くすり抜けられていく。
─『シン陰流・律速抜刀』─
そして僕らはもろに刺突の連撃を数発食らい、壁に叩きつけられた。
ガシャンッ!
「あぐっ…はっ…はぁっ…!」
重いなんてものじゃない…胸と腹を激しく突かれたせいで、うまく息ができない。
「兄様!姫様!」
震える声で叫ぶ廿華。
すると鎧武者は、廿華の方へくるりと振り向く。
ダメだ…そっちにだけは…行かせない!
「『水龍奏術』…『水鞠・波繁吹』…っ!」
震える手で指鉄砲を作り、鎧武者に向けて水鞠を七発撃ち込む。
水鞠はまっすぐ放たれた…はずが、鎧武者に触れると、その表面を転がるように軌道を曲げ、明後日の方向へ飛んで行った。
「あ、当たらない…どうして…」
鎧武者は僕らの方へ向き直ると、剣を握ったままスタスタとこちらへ近付いてくる。
「魔法はイメージ」
それは初めて水桜を持った時、蜜柑が教えてくれたこと。
イメージ…イメージ…
この鎧武者に勝つ、イメージ…
ダメだ。
想像の一切を覆い尽くす、圧倒的強者の風格、圧倒的恐怖。
呼吸がままならない…瞬きもできない…
鎧武者は、ゆっくりと剣を振り上げる。
止めを急ぐ必要など、もう無いのだろう。
俎の上に乗った鯉のように…僕らの生殺与奪の権は、今、完全にこの鎧武者に握られているのだから。
今度こそ、やられる…!
死を覚悟して目を瞑った、次の瞬間。
「『迅閃雷』!」
雷鳴が轟き、部屋が大きく揺れる。
目を開けると…そこには、鎧武者と鍔迫り合いする目白の姿があった。
「め、目白…」
目白は鋭い牙を剥き、憤怒を孕んだ眼で鎧武者を鋭く睨み付け、物凄い剣幕で怒鳴る。
「何やってんだよ…親父ッ!!」
この鎧武者が…目白の父親…?
ということは、目黒さん…!?
〔つづく〕
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
〈tips:聖剣〉
聖剣No.11
【蛇桃剣・『毒髏』】
世界の楔となる20本の聖剣の一振で、毒の聖剣。
現在の所持者は山伏の八戒。
始令は「宴安鴆毒・酔い痴れ〜」。
刃渡60cm程のフランベルジュの外観で、持ち手にスポイト球がある。
優れた切れ味を誇り、八戒の体内にある毒を斬った相手の体内へ送り込む能力があるほか、逆に斬った相手から毒を吸い出す機能も持つ。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
ここまで読んでくださりありがとうございます!
よろしければ、ブックマーク・☆評価・感想をいただけますと、執筆の励みになります!
今後ともよろしくお願いいたします(o_ _)o))




