#24 囂囂 急「巨神」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
豊かな水と緑を湛えるこの地は今…
その一割を「彼岸」に蝕まれている。
急 ~巨神~
術巻には四種類ある。
神話を司る「神話録」…信仰と伝承。
生物を司る「生物記」…叡智と生命。
物語を司る「御伽話」…想像と探求。
怪異を司る「怪奇譚」…恐怖と呪詛。
聖剣が世界を物理的に繋ぐ楔ならば、術巻はその世界の上にある人々の集合的無意識を司る精神の欠片。
私はある“実験”をした。
それは術巻から“生命”を生み出す実験である。
一本の術巻から生まれる通常の怪魔は、曲がりなりに生命と呼べるものではある。
しかし、彼らの自意識は薄く、設定された一つの目標に向かって、それを達成するための挙動を機械的に繰り返すことしかできない。
羽虫が光に向かって飛んで行くようなもの…つまり本能のみに従って動いているに過ぎない、下等な生命だ。
そこで私が生み出そうとしたのは、高等な生命。
人の精神を構成する四要素…つまり四種の術巻を一本ずつ用意し、それらを「坩堝」へ投じ、一本の術巻とする。
これが簡単にはいかない。
術巻には最適な組み合わせというものがあり、最適な組み合わせに沿わなければ「イメージ」は崩れてしまい、発散してしまう。
術巻の相性関係は一度「坩堝」で混ぜ合わせた結果を見なければわからず、怪魔を宿す黒い術巻は一度「坩堝」に通すと消滅してしまう。
数年余にわたる、藁の中から針を探すような試行の繰り返しの末…
神話録:ナックラヴィー
生物記:サシガメ
御伽話:反魂香
怪奇譚:がしゃどくろ
見つけた、最適な「配合」。
そして生まれたものは、蟲の外骨格と人間の骨格が混ざった、まさに「異形」。
それは問題ではない。
これまでのどの怪魔よりも、限りなく人に近い姿をとり、強く自立した自意識で私に反抗してきたのだ。
この成功品を私は「空亡」と名付け、石見宗家の戦力に組み込むこととした。
怪魔の域を超えた怪魔、「魔神」として…
──────
─2031年3月11日 10:05頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺付近〕
あの狐面の男と同じような、異様な魔力と気配。
冷や汗が止まらない…恐る恐る振り返ると、そこには人のような形の“何か”が居た。
身長は170cm程。
黒く艶めき、手足の所々に赤や白の縞模様が描かれた、虫のような質感の体。
そこに焼け焦げた人骨が合わさり、肉の付いた骸骨のような見た目になっている。
眼窩は真っ白に白濁し、顔には紅色の隈取…そこに沿って紅色の角がいくつも後ろへ伸びている。
まさに異形…それでいて、首に巻いた赤と青の二色刷りのマントも相まって、まるで騎士のような外観を成している。
この怪物が帯びている魔力、これは浄化瘴気…まさか怪魔?
でも怪魔は普通、筵の中にいるはず…この怪魔は筵の外にいる。
骸骨の怪魔は、先の丸まった両刃の長剣を片手に、食い縛った口角をにぃと釣り上げる。
「よぉ、初めましてだなぁ!水の御庭番、硯桜華…だったっけか?」
骸骨の怪魔の口からは、奇妙な外見から想像もつかない、若い男性の声が聴こえてくる。
「空亡か…!」
骸骨の怪魔をキッと睨み付ける晶印さん。
「そら…なき…?」
僕が呟くと、晶印さんはさらに続けた。
「特種怪魔・空亡…去年あたりから甲府に時々出没してる、筵を張らずに独り歩きする気味の悪ぃ怪魔だ。」
と、特種…!?
特種といえば国家レベルの脅威を示す階級だ…そんなものが、この甲府に…!?
異様な雰囲気も納得できる…この怪魔、間違いなく今まで戦ってきたどの敵よりも、強い!
空亡は両手を上げて項垂れ、首を横に振る。
「おいおい!俺から名乗ろうと思ってたのによぉ…勝手に紹介しやがって、シラけるぜそういうの。」
「そう、俺の名は空亡…カオスを愉しむ遊び人さ。」
~石見宗家 特務部隊「魔神団」戦闘員 特種怪魔~
【空亡】
「幾重も魔力が混ざり合う、そんなカオスの匂いを嗅ぎつけて、ここまで参上したってわけさ…自己紹介はこれくらいでいいだろ?」
「もうウズウズが止まんねぇからよ…なあ硯桜華、俺と遊ばねーか?」
剣の鋒を僕に向け、笑い声を溢す空亡。
時間に猶予のない今、彼の相手をしてる暇なんて無い。
だからといって、特種の怪魔を街に放置するわけにもいかない。
どうしよう…
すると晶印さんが僕の肩をガシッと掴み、筵の側へと押しやってきた。
「晶印さん…?」
思わずきょとんと見上げる僕に、晶印さんは空亡の方を向いたまま親指を立てる。
「相手は特種、お前らの手に負える相手じゃねぇ…オレが引き受ける。」
「正直お前ら二人に乙種を任せるってのも不安があるんだが…今は心配ばっかりしてる場合でもねぇよな。」
「桜華、姫様、オレは二人を精一杯信じさせてもらうことにする!」
「だから頼むぜ…雲母のこともな。」
晶印さんはそう言うと、後ろ手で赤い術巻を僕に手渡した。
心配と信頼。
晶印さんも僕と同じように、心配よりも信頼に努めることを決めた。
僕がすべきことは、その信頼に応えること。
「わかりました、晶印さん…代わりにこれを。」
僕は赤色の術巻を受け取ると、差し出された晶印さんの手に、花咲老師の術巻を持たせた。
「お前、ほんとに大きくなったなぁ…ありがとよ。」
晶印さんは術巻を握り込むと、フッと微笑んだ。
《晶印ちゃんは空亡の相手を、桜華くんと姫様は四叉野槌の追跡を、どっちも頑張って〜!》
僕と蜜柑は晶印さんに背を向け、聖鎧に武装して筵の壁穴へと入っていった。
──────
─2031年3月11日 10:15頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺周辺〕
「ん…お姉ちゃん…」
雲母くんが目を覚ました。
「よく眠れましたか?」
寝ぼけ眼の雲母くんの頭を優しく撫でる。
「うん…でも怖い夢を見たよ…母上が僕を捨てちゃう夢…」
胸が痛む…寝ている間もずっと恐怖や不安に苛まれていたんだ。
「大丈夫ですよ、大丈夫。」
雲母くんを抱き寄せ、背中をさする。
なるべく不安にさせないこと。
今私にできることはこれくらい…本当にこれくらい?
「そうだ雲母くん!私、思いついたことがあります!」
私の言葉に、雲母くんは首を傾げる。
「思いついた…こと…?」
「はい!雲母くんにはまだお話ししてませんでしたが…」
私は雲母くんの思考に注意を向け、片手をお菓子に変化させて見せる。
「私、人が“あれが欲しいな”と思った物に、変身することができるんです。」
するとさっきまで俯き顔だった雲母くんが、目を輝かせて顔を寄せてきた。
「す、すごい…!なんでも変身できるの?」
よしよし…ちょっと元気が出たみたいですね。
「もちろん!雲母くんが欲しいと思えば、たぶん何にだって変身できます!」
「…きっと今、兄様たちは私たちを助けるために、一生懸命戦ってくれているはずです。」
「私たちは非力ですし、しかも食べられちゃいましたが…それでも、私たちなりにできる戦いはあると思うんです。」
「兄様たちが私たちを探しているなら、私たちは兄様たちに見つけてもらえるように、何かやってみましょう!」
「うん!」
笑顔で提案して見せる私に、雲母くんも目を輝かせて笑顔で頷いた。
「それでは雲母くん、さっそく一緒に考えてみましょう!怪物のお腹を痛める方法を…」
「うーん…なんだろう…」
──────
─2031年3月11日 10:15頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺周辺〕
〈わかるか桜華…彼処だ…〉
木々の間を抜け、斜面を上に、水桜の示す方向へと翼を羽ばたかせる。
「桜華くん、私を持ち上げてくれるのはありがたいのですが、その…重かったら言ってくださいね?」
僕の腕に胸を引っ掛けてぶら下がる蜜柑は、少し申し訳なさそうな顔をしている。
「大丈夫ですよ、蜜柑は別に重くありません。飛びやすくて助かります。」
「よかったですー!」という声が下から聴こえる中、僕は着実に水桜の示す大きな水塊へと近付いていく…
そしてあと10m程で着こうかというところで、突然目の前に鋭い牙の生えた大きな口がぬっと現れた。
バクンッ!
勢い良く閉じる口。
僕は寸前で翼を止め、急旋回して斜め下へ蜜柑とともに着地する。
「ニュルルンフフッフ…気付かれてしまいましたか…奇襲失敗!」
ニタリと笑う四叉野槌。
胃袋へと向かう僕たちのことをしっかりと捉え、追跡してきたらしい。
でもこれは想定内。
作戦会議では、胃袋のある場所にさらに大きな本体がいる可能性も挙がったけど…この行動を見る分に、胃袋は体側がわざわざ守りに来ないといけないくらい無防備な可能性が高い。
《それじゃあ作戦本格開始よ〜ん!桜華くん!行ってちょーだいっ!》
僕は四叉野槌を無視して、水桜の示す方向へと一直線に駆け出す。
大きな水塊の反応はもうすぐそこ、あと数m!
「ニュルルンフフッ!どこへ行かれるのですか〜!?」
四叉野槌は高速で地面を這い進み、僕の目前に回り込んでくる。
「どいてください!」
僕は小高く前方へ跳ね、前転しながら四叉野槌の頸を真横に斬る。
四叉野槌の三本の頭が吹っ飛ぶ。
「ニュワッ!?…なーんちゃって!」
しかしすぐに断面からは首が生え、真後ろを向いて僕に向かって伸びてくる。
切断しても再生されるのも想定済み…だけど、ここまで早く再生するのは予想外だ。
四叉野槌の牙が、僕の髪に引っ掛かりそうになったその時。
ジュウゥッ!
肉が焼ける音とともに、四叉野槌は動きをピタリと止め、一拍置いてからその場でのたうち回り始めた。
「ウオォ〜!?熱っづ!あぢぢぢぢぢぢっ!」
倒れた四叉野槌の向こうに居るのは、火麟を真ん前に向けた蜜柑。
聖鎧の左脚には、黒い炎と火車の絵が描き込まれ、踵からは炎が上がっている。
蜜柑の磊盤の一番右のスロットに入っているのは、「カッシャロッド」と書かれた術巻。
「は、はやっ!?さっきもっと遠くにいたはずじゃっ…!?あっづづづづづづ…」
蜜柑の突然の急接近に驚きを隠せず、狼狽える四叉野槌。
出撃前、蜜柑に教えてもらったこと。
それは、聖剣と術巻との間には相性があり、相性の良い術巻を使った連装は、通常の連装よりも強い魔力を生み出すということ。
相性の良い術巻どうしは、聖剣と似た色をしていることで見分けられる。
さっき晶印さんから貰った術巻は赤色…つまり、蜜柑の持つ火麟と相性が良いとわかる。
〈火麟快刀!二巻!火車の焔を宿した獅子は、空を切り裂き千里を駆ける!〉
四叉野槌はすぐに起き上がると、今度は蜜柑目がけて両腕の首を伸ばす。
…が、その時点で蜜柑の姿は、四叉野槌の真後ろにあった。
「『気炎・雷火一閃』」
その場で胴から真っ二つなる四叉野槌。
まだまだ息はあるものの、切断面を焼かれているせいか再生が遅くなっている。
《ヒュー!カッコいいわ〜ん♡それじゃ姫様!時間稼ぎよろしく〜!》
「了解しましたっ!」
〈水塊の位置はここだ…間違いない…〉
濃い紫の霧の中、目当ての大きな水塊…もとい胃袋と思しきものは、すぐ目の前にあった。
三階建てのマンションくらいの高さはある、黒く大きな丸い物体。
これが四叉野槌の胃袋…?質感もほとんど岩と変わらない…水桜の生物探知機能がなければ、見つけることは叶わなかっただろう。
でもこれをどうやって開ければ…?
ガキンッ!
ダメだ、水桜で斬りつけてみても表面に傷が入るだけで、手応えがまるでない。
《胃袋というには硬すぎるねぇ〜…どうしたものかしら〜ん…》
「おっとおぉ〜?最初はあまりにも速くて驚いたんですが、だんだん大人しくなってきましたね〜?」
「うぅっ…おなかが…お腹が鳴っちゃう…」
蜜柑の能力は燃費が悪い。
カッシャロッドの加速能力は、通常の火吹きよりもさらにエネルギーを消費する発火技だ。
既に蜜柑は息切れし始めている…早く被害者たちを救出して加勢しなきゃいけないのに…
すると次の瞬間、突然胃袋がグニョグニョと蠢き出し、四叉野槌が腹を抱えて苦しみ始めた。
「のわあぁっ…!?がはっ…!な、なんだこの腹痛はぁっ…!?」
腹痛…?いったいどうして…?
《二人とも!何が起きてるかわかんないけど今よ〜ん!胃袋の結界強度が下がってるわ!》
蜜樹さんの通信を受け、すぐさま僕の方へ飛んでくる蜜柑。
僕と蜜柑は目を合わせ、互いに黙って頷くと…
カアァン!ピキィンッ!
かち合う剣、強く光を放つ刀身。
これならいける…この一撃なら…!
「「『共鳴白刃』っっ!!」」
轟音とともに、胃袋にはザックリと切れ込みが入る。
切れ込みが向こう側まで届いた瞬間、胃袋は大量の霧を撒き散らしながら破裂し…中からたくさんの人が入ったウォーターバルーンが飛び出してきた。
ウォーターバルーンは着地すると、中に居る人たちを解放し、ポンと音を立てて消え…その場に廿華が現れた。
「…兄様。」
僕の顔を見て、ふにゃっと笑う廿華。
「廿華…っ!」
その笑顔にひどく安堵を覚えて、僕は駆け寄り、廿華を抱きしめる。
「廿華、ごめん、廿華…っ、そばに居たのに、守れなくて…!」
「怖い思いをさせてしまいましたね…本当にごめん…」
「心配よりも信頼」だなんて、晶印さんには偉そうなことを言ってしまったけど…やっぱり僕の胸の中は不安でいっぱいだったんだ。
目を潤ませる僕の背中を、廿華は優しくトントンと叩く。
「大丈夫、大丈夫ですよ、兄様。」
「廿華はちっとも怖くありませんでした…だって私に何かあったら、兄様は絶対助けに来てくれるって、そう信じてましたから。」
「ありがとう、兄様。」
妹を守りきれなかったどころか、さらに慰められてしまったけど…なにより廿華が無事で良かった。
後ろでなぜか蜜柑も泣いていた。
「うぅっ…ぐすっ…よがっだでずぅ…」
蜜柑は泣きながら、雲母くんや他の人々の様子を見て、首を傾げた。
「あれ…ケガ人は居ないのですか?」
廿華は雲母くんに駆け寄り、両肩を持って得意げに話した。
「雲母くんのおかげです!怪物に飲み込まれた人たち一人一人のところへ行って、ケガを治してくれていたんです。」
雲母くんは笑顔で頷く。
「うん…みんな僕の治せるケガで済んでて、よかった…」
流石は晶印さんの御子様、閉じ込められた環境でも人助けをしていたんだ…
《ぶらぼ〜!被害者の救出は成功よ〜ん!あとは〜…》
背後から聴こえる、ガサガサという物音。
振り向くとそこには、斜面の下に転がり落ちた四叉野槌の上半身があり、断面から徐々に下半身が生えてきていた。
やがて再生を終えた四叉野槌は、先程とは打って変わって荒々しい口調で喚き出した。
「ぬおおおお!ふざっけるなぁっ!よくも我が胃袋を破ってくれたなぁっ!」
「だが私にはまだ吸い取った栄養が残っているのだ!胃袋を破っても不死身は簡単には破れないぞ!」
《ところでさっき四叉野槌が苦しんでたけど…廿華ちゃん、なにをしたの?》
蜜樹さんの通信に、廿華は頬を掻いて目を泳がせながら答える。
「えーと…『ブート・ジョロキア』という唐辛子に変身しまして…雲母くんの知っている中で一番辛い唐辛子だそうなので、たぶんそれで胃が荒れたのではないかと思います。」
発想は可愛らしいけど、なかなか残酷なことを…唐辛子に含まれるカプサイシンは、直接粘膜を破壊することはないものの、粘膜への刺激性は侮れない。
胃袋を隔離している関係上、すぐに吐き出すこともできなかった四叉野槌は、相当苦しい思いをしたことだろう。
「ところで兄様…怪物はどうされるのですか?胃袋を破っても不死身と言ってますが…」
僕は不安がる廿華の頭をぽんぽんと撫でる。
「大丈夫ですよ、こうなることも想定済みです。」
「は…?何言って…うっ!?ぐっ…な、なんだ…っ!?熱いぞっ…全身が熱いぞっ…!?」
すると、四叉野槌は全身から湯気を上げ、再び転がり回って苦しみ出す。
突然の異変に狼狽える四叉野槌に、僕は告げる。
「生物が生きるためには水が必要です…あなたが再生するためにも。」
「だから、僕はさっきあなたのことをわざと斬ったんです…そこから僕の魔力で作った水を吸収させるために。」
「僕の水があなたの体に入ったら、あとは蜜柑の攻撃で徐々に加熱してもらう…僕が加圧を続けながら。」
「そして僕の水が全身に行き渡ったら、加圧を解除していく…これで破壊できますね、あなたの細胞一つ一つを、隅から隅まで!」
「桜華くん、これを使ってみてください!」
すると蜜柑が磊盤からカッシャロッドの術巻を抜き、僕に手渡してくれた。
僕はカッシャロッドの術巻を磊盤のスロットに入れると、水桜を鞘に納めて鯉口を切る。
聖剣に術巻の術式を籠めることで放つ、必殺の一撃「読了撃」。
僕はこれまで術巻一本でしか発動したことがなかったけど、これで術巻二本…
すると蜜柑は何かに気付き、バタバタと手を振り出す。
「…あっ、ちょっ、ちょっと桜華くん!?ち、違うんです、待ってください!そういう意味ではなくて…一巻はともかく二巻はまだ早いですっ!?」
僕はそんな蜜柑を横目に、剣を抜きながら斜面を飛び降り、四叉野槌に真っ向から斬りかかる。
刀身は一巻の時よりも、強く激しく光り輝く。
「『二巻読了』!」
「『水月・瀑天直下』!」
ドシャアァーン!
滝のような大量の水を纏い、水桜の刃は四叉野槌の体をサクッと容易に両断し、地面を強く打って止まった。
倒した…のはいいけれど、反動がビリビリと腕に伝わり、強い脱力感が襲い来る。
これが二巻読了…弱っていたとはいえ、乙種の怪魔をあんな簡単に両断できた。
そして、魔力を…すごく使った…
すぐに蜜柑が僕のもとに飛び降りてきた。
「説明し損ねていましたが…読了撃は二巻以上になると威力が増す分、読み込む術式の量が増えるので、溜め時間も反動も大きくなるんです。」
どつやら蜜柑は、カッシャロッドの術巻一本で読了撃を発動してほしかったらしい。
この流れ、前にもあったような…
霧がだんだんと晴れていき、筵の壁が消えていく…厄介な敵だったけど、ようやく討伐できた…
…そう思っていたのに。
ズズズーン!
「ウオオオオォ〜!!!!まだだぁ!まだまだまだまだぁ!」
大きな地震とともに、胃袋のあった場所からグングンと木が生えるように現れたのは、天を覆う程の巨大な四叉野槌。
「再生力の限界を突き詰めて!私は三度蘇〜るっ!もう再生する養分もないがこの巨体!もはや誰も太刀打ちできまいっ!」
《えええええええ〜!?もしかして二度と再生できないことを代償に、残りわずかの養分で異常成長した感じ〜!?流石にこれは予想外だよ〜!?》
蜜樹さんの言う通り、ここまでは流石に全く予想してなかった…
あの巨体に対処する力なんてもう残ってない…どうすれば…
──────
─2031年3月11日 10:30頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺付近〕
筵の壁穴の近く、長禅寺の入り口では、空亡の愉快な笑い声が響く。
「アッハハハハハハ!楽しいなぁ!盾の筆頭!」
縦に横にと次々に振りかぶられる空亡の剣撃を、晶印は積土を横に構えて受け止めながら、不機嫌そうに返事する。
「なんも楽しかねぇよ…こっちは十一連勤目だぞ!とっとと休ませてくれ!」
「つれねーこと言うなよぉ!そんなに動けてんならあと二、三日はいけるんじゃねーの?」
止まらない空亡の猛撃を積土で受けながら、晶印は片手で花咲老師の術巻を積土のスロットに入れる。
〈積土両断!一巻増巻・花咲老師!〉
晶印の左肩から蔦が伸び、晶印の腰に巻き付いた後、さらに左右にある民家の壁に伸びる。
空亡はなおも進撃を続け、晶印は地面に両剣を突き立てながらさらに後ろへと退がっていく。
「もう二、三日だと?冗談じゃねぇ!体は動いても元気はなくなるんだよぉ!」
晶印がそう怒鳴ると、両側から伸びた蔦がピンと張り、次の瞬間には一気に晶印を引っ張り戻す。
晶印は勢いに乗って両剣を突き出し、空亡を大きく突き飛ばした。
「ぐぉっ!?」
空亡は仰向けに吹っ飛び、ゴミ捨て場に突っ込む。
「お前は社会人の疲れ方ってモンをわかってねぇんだよ!」
「いいねぇ…そうこなくちゃ…あん?」
ズズズーン!
「おいおい…なんだありゃあ!?」
空亡も晶印も、仕切り直そうと取った構えを思わず解く。
二人の頭上を覆わんばかりの巨大な四叉野槌が、突然筵の方向から伸びてきたのだ。
《晶印ちゃーん!廿華ちゃんと雲母くんたちは無事救出できたわ!でも想定外の事態よ…再生力と引き換えに、四叉野槌はこーんなに大きくなっちゃったわ!》
蜜樹からの通信に、晶印はフッと微笑む。
「そうか…やってくれたんだな、桜華、姫様…!」
「それじゃあよ…オレもそろそろカッコいいとこ見せねーと、先輩の面目ってモンが保てねぇよなぁ?」
「蜜樹さん、今から言う方角から…みんなを退避させてくれ。」
晶印はそう告げると、両手を合わせ念仏を唱え始める。
「おっとっと…こりゃヤベェな…今日のとこはズラかるかぁ。」
その姿を見た空亡は、剣を納めて黒い煙に変身し、その場から姿を消した。
──────
─2031年3月11日 10:35頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺周辺〕
「番付」。
ソウル能力には成長性があり、成長すればする程「○ノ番」の○に入る数字が大きくなっていく。
たとえば僕が普段使いしている「水鞠」は、水龍奏術の「一ノ番」の能力にあたる。
そこからニノ番、三ノ番…と番付が進む程、一つのソウル能力でできることは増えていき、能力自体もより強力になっていく。
成長に必要なもの、それは魔術と能力の研鑽、そして己の魂との対話…
そして、その進化の果てにあるとされる、ソウル能力の究極の形であり、必殺の奥義…
人々はそれを「極ノ番」と呼ぶ。
僕たちが目にしたのは、頭上を覆う四叉野槌よりも、さらに雲を突き抜ける程巨大な三面六手の岩の鬼神。
鬼神は甲冑を着込み、三つの顔には前方と上方それぞれに向かって二本ずつ大きな角が生えた兜を被っている。
そしてひび割れた筵の壁の向こうから、空気を震わす程の大声が聴こえてくる。
晶印さんの声だ。
「『極ノ番』ッッッ!!!」
「『䑓芙嚴金剛明王』」
《桜華くん!姫様!斜面にいる人たちを今すぐにこっちに連れてきて!》
そして僕と蜜柑が、廿華たちを斜面の下へ下ろすと…
ブォッ────
筵の壁をグシャグシャと割りながら、鬼神は自身の身の丈程ある大剣を振り下ろし…
文字通り、四叉野槌を縦真っ二つに、割ってしまった。
《ヒューッ!晶印ちゃん!アメージングよ〜ん!》
これが甲府二大筆頭の力…
結局、四叉野槌との戦いは、終始晶印さんの力の凄まじさに圧倒される形で幕を閉じた。
【乙種怪魔 四叉野槌】
─成敗─
──────
─2031年3月11日 10:40頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺付近〕
僕と蜜柑は、救出した人々を連れて、寺の入口へと山を降りていく。
多くの人が安堵を顔に浮かべる中、雲母くんは浮かない顔のまま廿華にくっついている。
廿華によると、晶印さんに悲しい顔をさせることが不安で、攫われている間ずっと怯えていたという。
確かに晶印さん、雲母くんが攫われたことでかなり取り乱してたからなぁ…再会時にどんな表情をするかわからないのは理解できる。
寺の入口に差し掛かり、藪を抜け、眩い光が差し込んでくる。
そこにいたのは…
「っ!おっ…おぉーい!雲母〜!」
こっちに気付いて、少し目を潤ませながら、満面の笑みで大きく手を振る晶印さん。
その姿を見た雲母くんもまた涙ぐむと、廿華の袖から手を離し、晶印さんのもとへ駆けて行った。
「母上…っ!ただいまっ!」
「おう!おかえり、雲母。」
ほっと胸を撫で下ろす廿華。
そしてやっぱり蜜柑も泣いていて、僕は思わずくすっと笑ってしまった。
──────
─2031年3月12日 09:00頃─
〔甲府城 大手門前〕
翌朝の甲府城・大手門前に架かる太鼓橋の上には、新閃目白と、翡翠色の髪にリボンをつけた小柄な少女が立っている。
少女は元気良く、ぴょんぴょん飛び跳ねるように歩く。
「わーい!久々の甲府城ッス!とにかくまずは棗さんの食堂でご飯食べて、次に鐡さんのとこでお蕎麦食べて…」
目白は腰に手を当て、軽く首を横に振って苦笑する。
「腹減ってるのはわかったよ…でもまずは帰還報告だろ、恋雪?」
「わ、わかってるッスよ!大丈夫ッス!」
恋雪と呼ばれるその少女は、ぱたぱたと手を振った後、ハッと何かを思い出したような顔をする。
「あっ…あと!忘れてたことがあるッスよ!」
「硯桜華とかいうやつ…そいつの面を拝みに行くッス!」
目白は目を細め、窘める。
「“とかいうやつ”じゃない、桜華は御庭番の仲間だ。」
「ボクにとっては何処の馬の骨ともわかんないやつッス!」
「ボクから姫様と目白先輩を奪ったにっくき泥棒猫め…首洗って待ってやがれッス!」
恋雪はそう言って頬を膨らませると、足早に大手門へと駆けて行く。
「桜華なら今日は藩校に行ってるから、今城に行っても居ないんだけどな…」
狸の耳と尻尾を出して駆ける恋雪の後ろ姿を見送りながら、目白はやれやれとため息を吐くのだった。
〔つづく〕
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
〈tips:ソウル〉
【soul name】炎獅子演武
【soul body】飯石蜜柑
パワー-A
魔力-A
スピード-B
防御力-D
射程-B
持久力-E
精密性-D
成長性-A
【soul profile】
甲府藩の姫・飯石蜜柑のソウル。
印を結んだ手指を口元に当てることで、口から炎を吹くことができる。
炎の瞬間温度は最高1000℃以上にも到達し、結ぶ印の種類によって炎の形や性質を変えることができる。
火力や汎用性に優れる一方、燃費はかなり悪い。
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ここまで読んでくださりありがとうございます!
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