#15 強火 急「鑿と槌」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
豊かな水と緑を湛えるこの地は今…
その一割を「彼岸」に蝕まれている。
急 ~鑿と槌~
─2031年3月4日 10:55頃─
「馬鹿者共めぇ!丸腰で飛び掛かって勝ち目があると本気で思ってるのかぁ!?」
高笑いして薙刀を構える牛鬼丸に、僕と蜜柑はそれぞれ大きな麻袋を片手に持って、真正面から飛び掛かる。
「本気と書いて“マジ”です…蜜柑!」
「はいっ!桜華くん!」
僕と蜜柑は麻袋を前に差し出して身を屈め、横一文字に振りかぶられた牛鬼丸の薙刀を上スレスレで躱す。
それと同時に、牛鬼丸の薙刀は麻袋を真っ二つに切り裂き…中から銀色の粉が大量に飛び出した。
「うお…前が見えぬ…!」
正面から全身に粉を浴びて怯む牛鬼丸…白い裹頭は銀色に染まっている。
僕と蜜柑はそのまま牛鬼丸の腕を蹴飛ばし、角を掴んで跳び後転して、牛鬼丸の背後に着地した。
「おのれっ…!目眩しとは卑怯な…!」
憤る牛鬼丸に、蜜柑は頬を膨らませて言い返す。
「聖剣を奪っておいて、正々堂々とした戦いとやらを要求するそっちこそ卑怯でしょう!ZA◯Aのバッグみたいになったくらいで文句を言わないでください!」
蜜柑、それはスパンコールバッグのこと…?それにしては目が細かくない…?
それはさておき、僕たちの作戦はここからだ。
掌に魔力を集中させ、水鞠をなるべく多く練っていく。
「『水龍奏術』…」
「『水鞠・馬藺・六連』!」
数個の水鞠が集まって、六個の中くらいの水鞠に固まり、正六角形に並んで回転しながら、牛鬼丸に向かって勢いよく水を噴射する。
蜜柑は、隣で両手人差し指を合わせ…
「『獅子炎迅』…」
「『二叉尾芒』!」
口元につけて二又に炎を吹き出し、牛鬼丸に浴びせた。
ボゴオォーンッ!
すると次の瞬間、牛鬼丸は爆風とともに大量の煙を噴き出し、激しく燃え上がり出した。
熱風の勢いは凄まじく、こちらの肌もチリチリと痛む…もう少し離れた方がよかったかも…
「ぐわあぁっ!?な、何をしたあぁ!?」
炎を上げながら慌てふためく牛鬼丸。
自分の体が突然爆発したのだから、驚くのも無理はない。
牛鬼丸の問い掛けに対し、蜜柑は得意げに返答する。
「お答えしましょう!先程君に浴びせ掛けた粉の正体…それはアルミニウムの粉末です!」
アルミニウムの粉末は、南詰にある瀧松組の倉庫から拝借してきた。
「もともとアルミニウムは、水に触れると酸化して酸化アルミニウムを生成します。この酸化反応の時、たくさんの熱を発します。」
「しかも粉末…その分表面積が増えるので、と〜っても酸化しやすくなるんです。なので大量のアルミニウムの粉末に、大量の水を一気にかけると…大爆発を起こしながら燃え上がります!」
「だから普段、アルミニウムの粉末は禁水性物質として、法律によって所持が規制されています。それだけ危ないということですね。」
ポンと手を打つ蜜柑。
言って大丈夫だと思ったタネは、事細かに解説しないと気が済まない…十年前から変わっていないところだ。
「ふん…高説宣ってくれたが、我が鎧にこの程度の爆発も熱も効かぬぞ!むしろ我が薙刀に火を焚べたのだ…貴様らは自分で自分の首を絞めていることに気付くと良い!」
燃えたまま薙刀を振り回しながら、ドカドカと突っ込んでくる牛鬼丸。
僕たちは左右に跳んで欄干の上を駆け、牛鬼丸と付かず離れずの距離を保ちながら、牛鬼丸が橋の中央に留まるように動く。
「『水鞠・波繁吹』!」
牛鬼丸の周囲を駆けながら、横手に水鞠を撃ち込んでいく…火の勢いは強まるけれど、牛鬼丸がそれに怯む様子はない…やっぱり牛鬼丸の鎧と缶は相当頑丈だ。
でも、僕らの作戦はここで終わりじゃない。
熱耐性のある蜜柑は、炎の中を突っ切りながら、さらに火を加えていく。
「『蛍火・恋しぐれ』!」
蜜柑が投げキッスすると、口元から出た火花が膨らんで幾つもの火球に分裂し、次々に牛鬼丸に当たる。
牛鬼丸はそれでも動じずに暴れ続ける…その一方で、牛鬼丸の鎧と缶は炎に晒されてじわじわと赤みを帯びている。
するとイヤーピースから蜜樹さんの声が聴こえてくるとともに、北詰の方向から長径1m程の大きな灰色のボンベ一本を吊り下げた、大型のドローンが飛んできた。
《二人とも〜!鍛冶曲輪からご注文の品が届いたわよ〜ん!めっちゃ危ないから!ちゃんと距離取るのよー!》
ドローンは牛鬼丸の真上に陣取ると、ボンベを真下に投下する。
僕は蜜柑と一緒に牛鬼丸からさらに距離を取り…
「『水鞠・槍ヶ竹』…いけえぇっ!」
水の槍を練り上げ、ボンベ目掛けて思い切り振りかぶって投げた。
ガンッ!ボォンッ!
槍は見事ボンベに命中!
ボンベはその場で弾け飛び、白い煙と液体を赤熱した牛鬼丸に浴びせかける。
すると次の瞬間…
ベキッ!バキバキッ!バアァーン!
缶は轟音を立てて一瞬にして砕け散り、大きな爆発とともに中から包丁や鋏などが四方八方に飛び出す。
それと同時に、炎の中から水桜が飛び出してきて、僕の足元にドスッ!と突き刺さってきた。
「うわあぁっ!?」
〈遅いぞ桜華…いつまで待たせるつもりだった?〉
「ご、ごめんなさい…」
謝りながら不機嫌そうな水桜を手に取る。
「おかえりなさい、水桜。」
蜜柑も飛んできた火麟を手に取り…さらに、牛鬼丸の周囲を網目状に飛び交って、僕の隣に戻ってきた。
蜜柑は両手に五本ずつ鑿を持っている。
「おかえり火麟…そして緞炉さんの“誇り”、確かに取り戻しました!」
「やりましたね、蜜柑!」
「こ、今度はぁ…何が起きたぁ…何をしたぁ…?」
先程と打って変わって、老人のような乾涸びた声を出しながらよろめく牛鬼丸。
缶のあった部分は破裂して花が開いたように裂け、裹頭はボロボロにほつれ、鎧のあちこちがヒビ割れている。
《桜華くん!キレの良い解説よろしくっ!》
「僕がするんですか!?えーっと…僕たちがやったのは、あくまでも“温めて冷やした”…ただそれだけです。──
──まず、先程の激しい燃焼で、缶内と牛鬼丸の周囲の空気を温め、どんどん膨張させていきます。
次に、蜜樹さんに持ってきてもらったボンベ…あの中には大量の液体窒素が入っていました。
液体窒素を缶にだけ浴びせることで、今度は缶内の空気が急激に冷やされて収縮していきます。
すると缶内の気圧よりも、周囲の空気の気圧の方が遥かに高くなって、周囲の空気によって缶はすごい力で押し潰されていく…
そして缶が壊れ、缶内にある圧縮空間の結界の外郭が崩れたことで、圧縮が一気に解放されて、その勢いで強烈な爆発を起こしたんです。
──缶の破壊に利用した現象は「爆縮」といいます。僕からの説明は以上です!」
よしっ、蜜樹さんからの唐突な振りをなんとか乗り切ってみせた…!
「おのれ…おのれ!おのれ!聖剣を奪われ、逃げるしかなかった丸腰侍共のくせにっ…!」
蜜柑は牛鬼丸の目をまっすぐ見つめて返す。
「たとえ丸腰にされて炎や水しか使えなくなっても、私たち御庭番には甲府藩校仕込みの教養と根性があります。」
僕は藩校の生徒じゃないけど…そこはツッコまないでおこう。
「たしかに刀は武士の魂…それを奪われては一大事です。ですが…いや、それゆえに、刀を失ってしまった時こそ、武士はその身に備えた知恵と胆力で工夫の限りを尽くすことが肝心なのです!」
古っぽい根性論にも聞こえるけれど…たとえ聖剣を失っても、その場で可能な限りのベストを尽くすこと、そしてその精神こそが、戦いを生き抜くために必要な力…
蜜柑は姫君としても、一人の侍としても、熱く立派な志を持っているんだな…
同い年の幼馴染ながら、侍の先輩としてとても尊敬できる精神性だ。
僕たちは肩を並べ、改めて「忍風」と唱えて聖鎧に武装すると、始令を唱えて聖剣を起動する。
「『鏡花水月・流れよ水桜』!」
「『気炎万丈・猛れよ火麟』!」
「ぬおおおお!かかってこい!その聖剣、再び狩り尽くしてくれよう!」
喚きながらグルグルと薙刀を振り回す牛鬼丸。
僕と蜜柑は左右に分かれ、薙刀を潜りながら、欄干を蹴って左右真横から斬撃を打ち込む。
「ぐおぉ…!」
牛鬼丸が怯んで呻いている…手応えもあった!僕たちの攻撃が効いている!
「その刀…その刀さえ再び奪えば…な、なに…っ?奪えぬ!刀が…奪えぬ!」
大きく狼狽える牛鬼丸に、僕はさらに胴に剣撃を浴びせながら答える。
「僕たちから聖剣を奪った時、緞炉さんから鑿を奪った時…共通していたことがあります。」
「それはあなたに見下ろされて“影”に入ったこと…あなたの“刀狩”は、自分の影に入った人が持っている刃物を、自分の体にワープさせる能力…だから!」
橋上のあちこちでは、飛び立ったアルミニウムの粉がまだ燃え続けている。
「あなたを光源で囲んでしまえば、もう影はどこにもできない…あなたはもう刀を奪えない!」
牛鬼丸はよろめきながらもどっしりと路面を踏み締め、「グオォーッ!」と吠えて薙刀を周囲に打ちつけまくる。
蜜柑が慌てて呼び掛けてくる。
「桜華くん!術巻です!また花咲老師の術巻を使ってみてください!」
花咲老師の術巻を使う…そういえばさっきは術巻単体で能力を使ったけど、磊盤に入れたらどうなるんだろう?
そんな好奇心がにわかに湧いて、僕は花咲老師の術巻をスロットに入れる。
これは御伽話なのかな…じゃあ、左から三番目のスロットに入れて、もう一度抜刀して…
「あ、ああああ!“使う”っていうのはそのままという意味です!まだ二本は早いです!?」
〈水桜快刀!一巻増巻・花咲老師!〉
抜刀の所作を終えると、花咲老師の術巻から蔦が伸びて、僕の腕を伝って左胸まで広がり…左胸から左腕にかけての装甲が、灰色の下地に緑の蔦模様のデザインに描き変えられた。
手の甲からは熊手のような鉤爪が生え、掌には肉球が描かれている。
「こ、これは…?」
僕が左手を見つめて首を傾げていると、蜜柑は牛鬼丸の薙刀を躱しながら早口で説明してくれる。
「そっ、それはっ…『連装』というものです!自分の能力を封入した術巻以外にも、術巻を磊盤のスロットに入れて起動することで、それに対応した聖鎧を武装・能力を操作できます!えっと…それでっ!その能力の使い方なのですが!種を発射して…」
能力を操作できる…つまり、さっきよりもっと自由に、僕のやりたいように、この能力を使うことができる…!
「ありがとうございます蜜柑!やってみます!」
「えぇっ!?やってみるって…どうするんですか!?」
左掌を牛鬼丸に向けて翳し、そこから細い蔓を何十本も、するすると牛鬼丸の薙刀に向かって伸ばしていく。
「お、桜華くん!?そ、そんな細い蔓では…」
困惑する蜜柑を他所に、僕はどんどん蔓を伸ばす。
「なんだこれはーっ!小癪な!叩き斬ってくれよう!」
牛鬼丸は蔦を斬ろうと薙刀を振るうけど、蔓は薙刀に絡まり…
牛鬼丸が薙刀を振り回して暴れれば暴れる程、蔦は牛鬼丸の体のあちこちに絡まっていき…やがて蔓は牛鬼丸の全身を糸巻のように締め上げ、体の自由を奪った。
「ぬおぉ…動けぬ…!またしても…っ!」
苦し紛れの抵抗にもぞもぞと動く牛鬼丸。
蜜柑は両手を合わせ、こちらに向かって目をキラキラさせてきた。
「おお〜!こんな使い方もできるんですね!素晴らしいと思います!」
防御は崩した。
動きも封じた。
あとは…トドメを刺すだけ。
すると水桜が語り掛けてくる。
〈触れさせよ…聖剣と聖剣を…〉
「聖剣と聖剣を…触れさせる?」
首を傾げる僕に、蜜柑がすぐさま反応する。
「もしかして水桜から何か言われたのですか?触れ合わせる…もしかして『共振』のことではないでしょうか?」
共振?さらに首を傾ける僕に、蜜柑は剣を構えてみせる。
「やってみた方が早いです。桜華くん、君の水桜で私の火麟を打ってみてください!」
指示に従って、僕は水桜を横に振り、蜜柑の持つ火麟に当てる。
カアァン!ピキィンッ!
すると水桜は青く、火麟は赤く、それぞれ刀身が眩しく輝き出す。
より強い魔力が漲り、剣を持つ手にまでドクドクと伝わってくる。
「共振は聖剣の力を倍加させます…いきましょう、桜華くん!」
「はい、蜜柑!」
「牛鬼丸…あなたの悪事は、僕たちが禊ぎ祓います!」
花咲老師の術巻を抜いて、水桜を再び抜刀し、霞に構えて鋒に魔力を集中させる。
「『一巻読了』…」
「『水月・昇り鯉』!」
牛鬼丸の足元めがけて剣を突き立て、そこから返す手で牛鬼丸を斬り上げる。
牛鬼丸の足元から勢いよく水が噴き出し、牛鬼丸は宙に浮く。
蜜柑も再び抜刀し、火麟に炎を纏わせると、欄干を蹴って斜め上へ…宙に浮く牛鬼丸より上に飛び出す。
そして剣を上段に構え…
「『一巻読了』!」
「『気炎・飛天若火』!」
牛鬼丸の脳天へ真っ向に剣を振り下ろした。
「はあぁ〜…っ!成っ敗っ!」
蜜柑の力強い掛け声とともに、火麟の刃は牛鬼丸の裹頭へめり込んでいき…
バカッ!
次の瞬間、牛鬼丸は両角がポッキリ折れるとともに、顔や鎧の隙間から炎を噴きながら縦に潰れ、橋桁に強く叩きつけられて激しく土煙を上げた。
「ぐぉ…よ、よこ…せ…」
潰れた牛鬼丸は最後にそう小さく呻くと、全身から激しい炎を上げ、灰に還っていった。
蜜柑は着地してほっとため息を吐くと、凛々しい顔で火麟をすっと鞘に納める。
最後の一塵が風に消えると同時に、筵の壁はパリンと音を立てて崩れていった。
《討伐完了っ!二人ともカッコよかったよ〜ん♡》
【丁種怪魔 牛鬼丸】
─成敗─
──────
─2031年3月4日 11:40頃─
〔飯豊橋北詰交差点付近〕
戦いが終わり、僕と蜜柑は緞炉さんを連れて飯豊橋から北へ向かう。
蜜柑は戦いでたくさん炎を使ってその分消耗しているだろうから…ということで、僕が緞炉さんを背負って、北詰から少し先の場所に到着した救急車両まで運ぶことにした。
「はは…あんたらに家宝を奪い返してもらって、しかも背負ってまでもらう日が来るたぁなぁ…大きくなりましたな、二人とも。」
緞炉さんは、野球グローブのように大きな右手で玄能と鑿を握り、満足そうな表情をしている。
「本当にありがとよ、姫様に桜華様。俺の誇りを取り戻してくれた…俺を“生かして”くれた、あんたらは立派な侍で御庭番だぜ。」
「頼りになるぜ。」
人一人の大切な家宝を取り返したこと、そして緞炉さんからの言葉…それに胸がじんわりと熱くなる。
これが“誇り”…僕が“思い出”の温かさを大切にしているように、蜜柑はこの“誇り”の熱を大切にしているんだ。
「蜜柑。」
「はい、どうしました桜華くん?」
「今日は色々とありがとう…これからよろしくね。頼りにしてます。」
「はいっ!こちらこそっ!」
花が咲いたような笑顔を見せる蜜柑。
こうして僕が蜜柑を頼りにすることもまた、蜜柑にとっての“誇り”なんだろう。
閨が開け、再び広がった青空を見上げながら、僕たちは北へと歩を進めた。
──────
─2031年3月4日 20:00頃─
〔夢見山山中 硯邸〕
「ふあぁ…つかれた…」
お風呂上がりに髪をタオルで包みながら、僕はソファに転がってクッションに顔を埋める。
「御勤めご苦労様でした、兄様。」
そう言って廿華が差し出してきたのは、冷蔵庫でよく冷やしておいた「飲むプリン」。
牛乳プリンよりもやわらかく、つるんとした喉越しとやさしい甘さがたまらない一品だ。
僕たちが甲府城にいる間に、ゲッコー師匠が作ってくれていたらしい。
「その香りは…飲むプリン!」
思わず角と尻尾を出しながら飛び起きる僕に、廿華はえへへと笑う。
「ちょっと元気になってくれましたね、一緒に飲みましょう♫」
空気はすっかり温かくなりながらも、どこかまだひんやりとした感じの残る春の夜。
僕は廿華と縁側に座ってプリンを飲みながら、今日のことを思い返していた。
甲府城に来て、いっぱい暴れてしまって、天守に突っ込んで、夕斎様に会っていろんなことを思い出して、今甲府に起きていることを知って、御庭番に任命されて、すぐに初任務にも行って…
昨日よりも遥かにいろんなことがあった。
怪魔の討伐任務が終わった後、僕は甲府城内で浄化瘴気を浴びたことから、医療班の診察を受けるため数時間医局に拘束された。
浄化瘴気は異種族が浴びると、異種の本来の力を暴走させることが知られているらしい…ということで、僕が暴走して城壁や天守を破壊した件については、藩側の遺物運搬のミスとしてお咎め無しとなった。
天守まで壊してしまったのは流石に申し訳ないというか、お咎め無しでは気が済まないのだけど…修理は瀧松組が担当するとのことで、緞炉さんは「派手に壊してくれた分俺たちの腕が鳴りますぜ」と上機嫌だった。
それでいいのかな…皆んな僕には「気にしないで」という気遣いを見せてくれているから、あまり引きずるのもよくないかな…?
僕の今後の処遇についてなど、本当は夕斎様から僕に伝えることはまだまだあったみたいだけど…怪魔が出現した上に、僕との再会で張り切って動き回った結果として腰を痛めてダウン。
夕斎様も御歳七十三…ただでさえもともと腰を痛めやすい体質なのに、あんなに動いて大丈夫なの?と思っていたら案の定…
結局、話の続きはまた明日以降ということになった。
明日は何があるんだろう…そんなことを思いながらプリンをまた一口飲み、「おいしいですね」と廿華と笑い合っていると…
ピンポーン♫
インターホンの音が聴こえてきた。
こんな時間にまた来客?
「兄様、どなたでしょう?」
「もしかしたら蜜柑かもしれません…僕が出てきます。」
僕はプリンを廿華に持たせると、足早に玄関へ向かい、戸を開ける。
そこにいたのは…
「夜分遅くに失礼する。」
僕と同い年くらいに見える、茶色の羽織袴を着た男の子。
黄色のメッシュが入ったショートヘア。
薄茶色の髪・黄緑色の瞳の吊り目・大きく跳ねた左前髪…顔立ちが蜜樹さんに似てる?
とても端正な顔立ちだ…
男の子の後ろには、羽衣を纏った大きなスズメバチが飛んでいる。
「甲府御庭番衆隊員・新閃家長男の新閃目白だ。」
新閃家…!蜜樹さんの…お子様…!?
男の子は名乗り終えると、少し顔を傾けて、僕の目を見てふっと微笑む。
「また会えて嬉しいよ。久しぶりだな…桜華。」
僕の名前を知っている…!?
そしてまた「久しぶり」…!?
男の子の首元には、金色の花菱紋のネックレスが下がっていた。
〔つづく〕
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〈tips:人物〉
【新閃 蜜樹】
甲府藩の元筆頭家老・新閃目黒の妻で、甲府御庭番衆のオペレーター。
41歳・アカギツネの妖狐。
密偵・事務・服飾など何でもこなせる器用人で、御庭番衆では高い分析力・豊富な戦術知識を活かして任務のナビゲーションおよびサポート役を務める。
中近東の貴族出身で、幼い頃に新閃家に嫁ぐため甲府にやって来た。
夫の目黒は9年前に石見家の捜査に出て以降行方不明となっており、現在は忘形見の一人息子を溺愛している。
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