#13 強火 序「炎の聖剣と飯石蜜柑」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
豊かな水と緑を湛えるこの地は今…
その一割を「彼岸」に蝕まれている。
序 ~炎の聖剣と飯石蜜柑~
僕は硯桜華。
甲府伝説の風の二大筆頭が一角・硯風弥の一人息子。
2021年に反幕武装組織「石見家」が起こしたテロ事件「甲州事変」で両親を殺され、10年もの間家族や仲間の記憶を失っていた。
僕は夕斎様への拝謁で失った記憶のことを知ると同時に、聖剣を手にした者として甲府御庭番衆隊員に任ぜられた。
そして知らされたこと…それは、怪魔を操る反幕武装組織「石見家」の手によって、甲府は一割もの領地が侵されているということ。
その怪魔が城下町に…昨日の今日で再び現れた。
早く止めに行かなきゃ…街の人々の“思い出”を奪わせないために。
僕の御庭番としての最初の任務が始まる。
──────
─2031年3月4日 10:20頃─
「桜華くん、私は君とは同い年ですが…御庭番としては君の7年先輩です!早速の現場入りとなりましたが…先輩として、御庭番のお仕事について色々とお教えいたします!」
「父上からも、君の指導を任されています。ということで…わからないことがあったら何でも聞いてくださいね、桜華くん!」
胸を張る蜜柑。
そっか、蜜柑の方が僕よりも先に御庭番衆に入っているから、蜜柑の方が先輩なのか。
同い年の幼馴染が先輩…ちょっと不思議な感じだけれど、入ったばかりの慣れないチームの先輩としてこれ程安心できる相手もいない。
蜜柑は表裏のない明るい性格で、どんな話にも否定から入らず前向きに乗ってくれる…だからどんな悩みも打ち明けやすい。
夕斎様もきっとそれを考慮して、僕の世話役になるよう蜜柑に話したのだろう。
蜜柑の太陽のように明るい笑顔の前に、少しの不安や緊張は吹き飛ばされた。
「ふふ…お言葉に甘えて、いっぱい頼りにさせてもらいます。」
「はい!とりあえず今日は一緒に任務をこなして…妖魔討伐の一連の流れを覚えましょう。」
この任務は、僕にとってのチュートリアルでもある。
気を引き締めていかないと…
僕たちは筵の外壁の前に立つ。
「まず、怪魔を倒すためには、この固い筵の結界を乗り越えなければいけません。」
「僕が昨日巻き込まれた時は、筵の壁にぶつかって壊れた車がありました…車に追突されても無事な固さの結界を、どうやって抜けるんですか?」
「良い質問です!これも鬼術で解決可能です…術式の解除に用いられる十番代の鬼術『解術』の一つ、今からお見せしましょう!」
蜜柑はそう言うと、両手で丸を作り、筵の外壁に向ける。
「『鬼術・十番』」
「『天ノ戸開き 月夜もすがら 静かに拝む 天岩戸を』」
「『岩戸神楽』」
蜜柑が呪文を唱えると、筵の外壁にヒビが入っていき、大人の背丈よりも一回り程大きな丸い穴が空いた。
「これは…筵に穴がっ…!?」
「えへんっ!我々はこうして敵の展開した結界に通行口を作り、侵入することができるのです。」
昨日も討伐隊や蜜柑はこうやって筵に穴を開けて侵入してきていたんだ…
「先程の『閨』もこの『岩戸神楽』も、魔術としては詠唱も構築もとても簡単です。なので桜華くんも唱文さえ覚えればすぐ使えるようになりますよ!もちろん悪用はダメですが…」
鬼術なら尋常学校でも零~九番の「礎術」なら習うけれど、十番代以降は中等以上の学校で魔術の授業を取るか、藩校で教育を受けていない限り、学徒のうちに習うことはない。
だから難しいイメージを持っていたけれど…昨日蜜柑から聞いた「止朱」も合わせて、今の所耳にした唱文は全て覚えている。
家の近くで小規模になら、試してみても怒られないかな…
〔相生一丁目 昭和通り側〕
キィン!キィン!
悲鳴と怒号、そして鉄がかち合う音。
飯豊橋に続く大通りに駆け付けると、そこには逃げ惑う人々、そして数人の黒装束の集団が藩士たちと刀で打ち合っている姿があった。
「退くな!一般人が避難できるようなるべく時間を稼ぐのだ!」
啖呵を切る藩士たち…まだ討伐隊は来れていないので、おそらく現場にいた見廻りの人たちだ。
「させるか!飯豊橋より一帯はこれから棺となる!下賤な庶民諸共彼岸へ渡してやるよぉ!」
黒装束の集団は目元以外を頭巾で隠していて、くぐもった声で答える。
「蜜柑、もしかしてあの黒装束って…」
「はい、彼らは石見家の攻撃部隊『剣客隊』です。怪魔が出現する度に筵内に一緒に現れ、我々の討伐作戦を妨害してきます。」
そうか、これは単なる怪魔という化け物との戦いじゃない。
怪魔を操る石見家…つまり人との戦いでもあるんだ。
戦わなきゃ…でも、水桜を抜こうとする手が震える。
妖魔を斬るのと、人を斬るのはこんなにも…こんなにも、重みが違うの?
《剣客隊のお出ましか〜、飯豊橋はここから通りを真っ直ぐ行った先だから、蹴散らしてくしかないよ〜?》
蜜樹さんの言う通り、怪魔はこの先にいる。
戦いは避けて通れない…水桜の柄を無理やり引こうとすると、蜜柑が僕の肩に手を置いてきた。
「桜華くん、初めてなのに無理しちゃダメです。こういう時に君の一歩前を歩く…そのために私は居るんです。」
「蜜柑…」
「ここは私にお任せを!昨日は君に戦いを任せたという借りもありますし…」
蜜柑はそう言うと、腰に提げた打刀…もとい聖剣の柄に手をやる。
「今度こそ、聖剣の使い手に恥じぬ戦いをお見せしましょう!」
蜜柑は「炎獅子演武」と書かれた紅色の術巻を取り出すと、左腕の磊盤の左から二番目のスロットに入れる。
磊盤には、鋼色に紅色の紋様が刻まれた六方型の手裏剣がついている。
そして蜜柑が鯉口を切ると、鞘から赤橙色の刃が顔を出した。
「『忍風』!」
蜜柑がそう唱えて抜刀すると、磊盤の手裏剣が炎の渦を作ってグルグルと回り、蜜柑の背後にライオンの姿をした赤色の巨大なからくり人形が飛び降りて大口を開ける。
ライオンの口からは黒い布と赤橙色の鎧が吐き出され、次々に蜜柑の体に装着されていった。
黒い下地に赤橙色の装甲、紅色の宝石のような髪。
これが蜜柑の聖鎧…その見た目は僕の聖鎧と概ね変わらない。
蜜柑は聖剣を正眼に構える。
赤橙色の刃には八重桜のように重なり合って大きく乱れた紋様が描かれていて、熱を帯びて周りの空気が揺らめいている。
そして蜜柑は「ふぅ〜…っ」と目を閉じて深呼吸すると、キッと正面を睨んで声を張り上げた。
「『気炎万丈・猛れよ“火麟”』!」
蜜柑の詠唱と同時に、聖剣の刀身からブワッと勢いよく炎が立ち上り、辺りを赤く明るく照らす。
炎はパチパチと音を立てながら燃え盛り、こちらの肌にも熱気がヒリヒリと伝わってくる。
これが蜜柑の、炎の聖剣…
~焔鵬剣~
【火麟】
〈火麟快刀!豪炎の獅子が焔鵬剣に宿りし時、紅蓮の刃が怨霊怪異を灼き尽す!〉
「焔鵬剣の聖火に誓う…我らが甲府の安寧は、私が護ります!」
蜜柑はそう宣誓すると、火麟の鋒を地面に擦って火花を散らしながら、黒装束の集団のいる橋の方へ向かって駆けて出した。
「皆さん!危険ですのでお下がりください!」
蜜柑が藩士に向かって呼び掛けると、藩士たちはザッと通りの両脇へ飛び退く。
「参りますっ…!」
蜜柑が両手で火麟の柄を握り、地面を撫で切るようにして鋒を離すと、刀身は先程よりもさらに勢いよく「シュボオォッ!」と音を立てて燃え上がる。
蜜柑は火麟を肩越しに構え、両脚で地面を蹴って前へ跳びながら、左から右へ大きく剣を振りかぶった。
「『気炎・不知火一文字』!」
すると横一直線に大きな炎の帯が描かれて撃ち出され…
ドバアァーン!
黒装束の集団のもとに着弾し、激しく炎を上げて炸裂した。
僕は強い熱風に両腕で顔を覆っていると…通りの両脇の町屋の屋根から、さらに黒装束の集団が顔を出してくるのが見えた。
まさか蜜柑に不意打ちするつもり!?
「蜜柑!後ろです!まだ敵がいます!」
僕の呼び掛けに気付いた蜜柑は、火麟を地面に突き刺して手を離すと、振り返って片掌を上向きに広げて口元に構え、ふぅっと息を吹く。
「『獅子炎迅』…『舞扇』!」
蜜柑の口から吹かれた炎は扇状に広がり、屋根から飛び降りてくる黒装束を次々にボトボトと撃ち落としていった。
「ぎゃあぁ〜!熱いぃ〜!」
倒れた黒装束から灰色の小さな巻物が転がってきて、僕の爪先に当たって止まる…これは術巻?
火だるまになった黒装束たちが地面を転げ回る中、僕は術巻らしきものを拾い上げると、地面から火麟を抜いて鞘に戻している蜜柑に駆け寄った。
蜜柑は僕に気付いて一瞬ハッとした顔をすると、人差し指を立ててウインクしてみせた。
「いかがでしたか?今のが私の炎の聖剣『火麟』と、私のソウル『獅子炎迅』です!」
「私の能力は発熱発火と火炎操作!…といっても、ソウルの方は桜華くんならもう知ってますよね。」
蜜柑のソウル「獅子炎迅」。
蜜柑は生まれて間もない頃から発火能力を使うことができ、当初は無差別にあちこちに火を振り撒くので、お世話してくれる大人たちを黒焦げにしたり、城や屋敷に火をつけたり…といったトラブルをよく起こしていた。
ところが3歳になった頃、たまたま城の宴会で披露されたファイヤーショーに興味を持ち、それに目を付けたお父様に発炎の制御方法として「手印を結んで炎を吹く」というファイヤーショーを真似た所作を教えられた。
それ以降、蜜柑はその所作をしなければ炎を吹けないようになったけれど…かけられた縛りはそのままに、10年の間に炎をより巧みに制御できるよう鍛錬してきたみたいだ。
きっといっぱい努力したんだろうな…
今の戦いを見て、蜜柑に訊きたいことがいくつかできた。
「はい蜜柑、質問があります!」
「はいなんでしょう!」
「一つ目…聖鎧で武装する際、僕は術巻を磊盤の一番左に、蜜柑は術巻を磊盤の右から二番目に入れていました。この違いは何ですか?」
昨日は神話録がどうこうとか言ってた気がするけれど…
「はい!術巻は四種のカテゴリーに大別され、スロットはそれぞれ一種ずつ…左から『神話録』・『生物記』・『御伽話』・『怪奇譚』に対応しています。私の『炎獅子演武』は『生物記』に分類されるので、左から二番目のスロットに入れたというわけです。」
一種類・一本ずつ…たとえばこのスロットに、月光水龍伝に加えて他の術巻も同時に入れてみたらどうなるんだろう?
それはまた今度試してみようかな。
「なるほど…では蜜柑、二つ目です。今やっつけた黒装束たちは生きてるんですか…?」
「はい、彼らは法による裁きを受けさせる必要があるので、怪魔と違い人や知性の高い妖魔は生捕りが原則です。浄化瘴気を弱めた遺物製の錠をかけて捕縛します。」
振り返って見てみると、藩士たちが黒装束にバケツで水をかけて消火し、一人一人に手錠をかけている。
遺物製の手錠…遺物にはさっき酷い目に遭わされたけれど、制御可能なものは甲府側も利用しているのか。
毒を以て毒を制する…ということなのかな?
「では三つ目の質問です…蜜柑、僕たちの聖剣はどこに行ったのでしょう…?」
「はい!…って、えっ?せ、聖剣…?」
僕の発言にきょろきょろして、腰のあたりに手をやる蜜柑。
いつの間にか聖鎧の変身も解けている。
「あ、あれっ…!?ほ、ほんとだ…ない!ありません!聖剣が…!桜華くん…!」
目を丸くしてバタバタと手を振る蜜柑に、僕は黙って頷く。
異変に気付いたのは、三つ目の質問をする直前。
何の前触れもなく、左腰が急に軽くなった感覚がしたと思ったら…提げていた水桜と出動時に支給された脇差の二本が、完全に消えて無くなっていた。
どういう理屈で何が起きたのかはわからない…でもおそらく確からしいことは…
「蜜柑、これはおそらく“能力”…敵の“攻撃”が始まっています!」
蜜柑の背後…橋の向こうから、強い魔力を発しながら、1m程ある橋の欄干よりも遥かに背の高い人影が、徐々に大きくなっていく…ズシン!ズシン!という音を立てて、こっちに迫ってきている。
「寄越…せ…寄越せ…ここを通りたくば、刀を寄越せ…ッ!」
間違いない…あれがこの筵の主…怪魔だ!
〔つづく〕
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〈tips:聖剣〉
聖剣No.18
【焔鵬剣・『火麟』】
世界の楔となる20本の聖剣の一振で、炎の聖剣。
現在の所持者は飯石蜜柑。
始令は「気炎万丈・猛れよ〜」。
刃渡60cm程の打刀の外観で、刀身の紋様は重花丁子。
炎を「飛ぶ斬撃」や「敵を縛る縄」などの形で物質化する能力があるほか、刀身を摩擦することで炎の火力をより高めることができる。
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