#12 拝謁 急「出動」
急 ~出動~
─2031年3月4日 10:05頃─
〔甲府城 天守閣 天守広間〕
ゆっくりと瞼を開く。
僕は家族のことを思い出して、すごく苦しくて、その後…
慌ててバッと顔を起こすと、夕斎様とヒキガエルと国音様が、心配そうな顔で僕を取り囲んでいた。
夕斎様は僕の様子を見て驚き慌てる。
「おお…っ!すぐに気がつきおったか!しかしすごい汗だ…何か拭くものを…」
「私が持って参ります。」
国音様はそう言うとさっと立ち上がる。
「ゲコッ(だいじょーぶ?お水もいるんじゃないかな?)」
僕の背中をペタペタと撫でるヒキガエル…じゃなくて、この方は…
「お願いできると嬉しいです…“アズマ様”…」
この方はアズマ様。
夕斎様の式神で、来る客人を驚かす甲府城の名物「天守閣の蝦蟇」だ。
アズマ様は高い声で鳴く。
「クキュゥッ!?(え…!?ぼくのこと、思い出してくれたの…!?)」
「はいっ…小さい頃、よく背中に乗せてくれましたよね。ぽかぽかあったかくて…僕はいっぱいはしゃぐだけはしゃいで、その後寝ちゃったりして…」
「キュキュキュッ!(ほんとに思い出してくれてる!桜華!桜華ぁ〜!)」
【アズマ】
~甲府藩主・飯石夕斎の式神~
アズマ様は嬉しそうに頭を上下させる。
すると国音様がタオルと水を持って、飛んで戻ってきた。
「お、おおお桜華…!わ、私のことは…?私のことは覚えているか…!?」
この人は…そうだ!
花菱紋の飾りを造ってくれた、鍛冶師の…!
「国音さん…ですよね?この飾り、ずっと大切に持っていたんです…!」
僕はポケットから花菱紋の飾りを取り出し、国音さんに見せる。
「おお…おおおおお!そうだ!そうだ!それ、ずっと持ってくれていたのか…そうか…!」
【新藤後 国音】
~甲府藩筆頭家老 甲府御庭番衆隊長~
国音さんは僕にタオルと水を渡すと、へろへろと崩れるように座り込んだ。
すると夕斎様が話しかけてきた。
「桜華よ…甲州事変でお前の両親が命を落とした後、お前は今まで長らく行方不明となっておった。」
「十年だ…時間が経てば経つ程、お前はもうこの世には居ないのではないかと、皆心のどこかでそう思うようになっていった。」
「だが…それでも儂等は信じておった、信じていたかった…お前が生きていると。再び会えると。」
「儂や蜜柑、アズマや国音だけではない…この甲府の民の皆が、お前の帰りを待っておったのだ。」
あの日、大切なものを奪われたのは僕だけじゃなかった。
昨日のお婆さんも、蜜柑も、夕斎様も…
甲府の皆んなが、大切な硯家との“思い出”を奪われたんだ…
僕は背筋を伸ばし、夕斎様の目をしっかり見つめる。
「夕斎様…僕には“使命”があると思います。」
「僕は十年前に生きてるか死んでるかもわからなくなって、生きて戻ってきたのにこんなに記憶を失くしていて…」
「でも、皆んなは…僕が生きていた“思い出”を、大切に守ってきてくれていたんです。」
「きっと、今こうして僕の記憶が蘇ってきているのも、僕のもとに水桜がやって来たのも…」
「今度は僕に、皆んなの“思い出”を守る番が回って来たのだと…そう思いました。」
すると夕斎様は両手で僕の手を握り、深く頷いた。
「桜華…お前の意志、しかと受け止めた。」
「今ここで、お前を我が甲府御庭番衆の隊員に任命する…人の“思い出”を守りたいというその篤志、貫いてみせよ。」
「ただし、お前はもう一人ではない…儂等甲府藩の者全員が、お前の味方だ!」
こうして僕は、飯石夕斎様直属の御庭番に任命された。
〜〜〜〜〜〜
「おとうさま!ぼく、おとうさまみたいに、つよくなりたい!」
「つよくなって、おにわばんになって…おとうさまみたいに、こうふのみんなをまもりたい!」
〜〜〜〜〜〜
そうだった…僕、小さい頃からずっと、御庭番衆に入りたいって思っていたんだ…
強くて優しいお父様の、その背姿に憧れて。
「はいっ…夕斎様…光栄ですっ…!」
笑みを浮かべ、夕斎様に頭を下げようとした次の瞬間、突然後ろから襖がバンッ!と大きな音を立てて開く音が聴こえた。
「きゃっ!?」
「大変です父上!」
「大変よ〜!夕斎様っ!」
振り返ると、そこにいたのは廿華の手を引いた蜜柑。
そして隣には、萌え袖の着物を着た背の高い女の人…吊り目の美人で、左前髪が大きく横に跳ねていて、狐耳の形をしたリボンのような髪飾りからツインテールが伸びている。
「どうした?蜜柑に蜜樹に…その子は誰だ?」
萌え袖の女の人は…名前を蜜樹さんというらしい。
「緊急事態なの〜っ!」
【新閃 蜜樹】
~新閃家当主夫人 甲府御庭番衆オペレーター~
蜜柑も蜜樹さんもかなり慌てた様子だ…そういえば蜜柑は、僕がここに突っ込んでからしばらく天守に来なかったけれど、外で何かあったのかな?
蜜樹さんは両手をバタバタと振って話す。
「いろいろ話したいことはあるんだけどぉ〜っ!それどころじゃないんですよ夕斎様っ!怪魔よっ!街に怪魔が現れたのよっ!」
「なにっ!それはまことか!」
街に怪魔…昨日の今日でまた現れるなんて…!
──────
緊急時につき、夕斎様にはひとまず廿華を自分の妹だと説明した…けれど、夕斎様の言う通り僕は一人っ子。
当然ながら蜜柑以外の面々は困惑していた…なぜ廿華が妹なのかはまた今度説明しよう。
蜜柑は僕が竜化して暴れ出したことについて、僕が敵ではないこと・意図的に僕を天守に突っ込ませたことを説明して回っていたらしい…あとは天守広間に入るタイミングを窺っていたらしい。
僕が泣き出したり取り乱したりしたから、なかなか入れなかったんだ…申し訳ない。
新手の怪魔が出現したのは飯豊橋。
既に現場の藩士たちが周辺住民の避難誘導にあたっているけれど、まだ筵内に多くの人が取り残されているそうだ。
早く助けに行かなきゃ…!
夕斎様が回縁の南側に出て遠くを観ようとすると、廿華が望遠鏡に変身して夕斎様の手に乗った。
「遠くを眺めたいのであれば、私をお使いください。」
「おお!驚いたわ、君は物に変身できるのか…!」
「確かにあれは間違いなく筵だ…昨日に続きまたしても城下町での発生!筵内にはまだ大勢の市民がおる…状況は一刻を争う!」
夕斎様は振り返ると、ずいずいと歩いて広間の上段へと戻りながら指示を飛ばし始める。
「国音はここで待機せよ。蜜樹は直ちに管制室へ向かい、緊急輸送用ギッシャーを出動させ通信指令の準備を。」
先程までの穏やかな雰囲気はガラリと変わり、鋭い緊張感が走ってくる…これが御庭番衆の切り替えの速さなんだ…
「現場対応には蜜柑、そして…桜華よ、早速だが怪魔の討伐任務にあたってもらう。御庭番としての動き方は蜜柑や蜜樹から教わるとよい。」
「我々の使命は藩民の生命と財産を護ること!甲府御庭番衆、出動せよ!」
蜜柑たちは畳に膝と手をつき「はっ!」と答える。
僕もすぐに同じように「はっ!」と返事した。
──────
─2031年3月4日 10:15頃─
〔旧甲州街道〕
夕斎様から出撃命令を受けた僕と蜜柑は、牛車に運ばれて現場へと向かっている。
なぜ自動車ではなく牛車なの?と思うかもしれないけれど…この牛車はただの牛車じゃない。
「本日も快調で良かったです!現場までよろしくお願いしますねギッシャーくん!」
この乗り物は「ギッシャー」。
魔力で稼動するエンジンを搭載し、荷車の前面に大きな牛の頭が付いた朧車。
人類に友好的な妖魔の中には、人の手で家畜化されてきたものもあって、ギッシャーもその一つだ。
僕も時々乗ったことはあるけれど…街中にあるギッシャーの多くは観光用で、速度が緩く主に平らな路面の移動に用いられる。
それに比べて今乗っているギッシャーは、乗った途端に猛スピードで発進し…なんと発着場の城壁を飛び越えて滑空し、そのまま通りに着地して速度を落とすことなく激走している。
まるでジェットコースターのような激しい揺れに、スポーツカーのようなスリップ音…外を見なくても猛烈な走りっぷりがわかる。
「桜華くんは緊急輸送用ギッシャーに乗るのは初めてですよね…揺れとか大丈夫ですか?乗り物酔いはしない方だと記憶してますが…」
僕が揺れに驚いているのを見て心配したのか、蜜柑が様子を伺ってくる。
蜜柑の言う通り、僕はほとんど乗り物酔いはしないから大丈夫だけど…それとは別にちょっと気になることがある…
「それは大丈夫です。それよりこのギッシャー、街中を走ってますけど…人とか車にぶつかったりはしないんですか?」
「その点はご安心を!緊急輸送用ギッシャーは“朧道”という雲のレールを作ってその上を走れるので、危なそうな所は低空や建物の側面なんかを走っています。」
「えっ…空を飛んだりできるんですか!?」
「そうですよ!たとえば今とか…」
い、今…!?
慌てて窓から外を眺めてみると、道路の路面が真横に見える。
これが御庭番衆のギッシャー…想像以上の性能だった…!
《お〜い、聴こえてるかしら〜ん?》
車内のスピーカーから蜜樹さんの声が聴こえてくる。
「蜜樹さん…でしたよね?さっきはろくに挨拶もできずすみませんでした…」
夕斎様の指示の後、蜜樹さんはすぐに管制室へ向かってしまったので、お互いに自己紹介している暇がなかった。
《まあこんなところでなんだけど〜自己紹介しちゃうね!私は甲府御庭番衆オペレーターの新閃蜜樹。遠隔通信で逐一みんなの作戦をナビしたり、現場に物資を投入させたり…色々サポートしてあげるわよ〜ん♫》
「はい、よろしくお願いします!」
《よろしくね桜華く〜ん♫…ところで桜華くん〜、おばちゃんのこと覚えてる〜?》
蜜樹さん…蜜樹さんのこと…うーん…
だめだ…よく思い出せない…
口に手を当て唸る僕に、蜜柑が首を傾げる。
「桜華くん…もしかして蜜樹さんのことも覚えてない感じでしょうか…?」
「ごめんなさい…思い出せない…です…」
《え、まじ…?そっか〜!桜華くんいろいろ記憶失くしちゃってるんだもんね!それは仕方ないよ〜!おばちゃんのことは後でゆ〜っくり思い出せばいいからね〜ん♡》
蜜樹さんの声、一瞬様子がおかしかったけれど…すぐに調子を取り戻した。
キキィッ!
少しすると、ブレーキ音とともにギッシャーが停止した。
どうやら目的地に着いたようだ。
〔相生歩道橋交差点付近〕
着いた場所は、筵の壁面から少し離れた場所。
《それじゃあ姫様、規制線のお手本よろしく♫》
蜜樹さんがそう言うと、ギッシャーを降りた蜜柑は人差し指を立てて僕に説明を始める。
「こうした市街戦などによって危険区域が発生する場合…私たちはその範囲を“一般人は脱出のみ可能な結界”で閉じ込め、立入禁止区域として規制し、周囲の安全を確保します。」
「その名も『閨』。」
蜜柑はその場で九字を切り、呪文を唱え始める。
「『鬼術・七十番』」
「『夜を照らして夜より聡く 可惜夜の宿す霽月よ 穢れを映し隔て給え』」
「『閨』」
すると空に大きな透明の四角い天井が現れ、そこから透明の大きなカーテンが何枚も広がり下りてきて、筵の周りを隠すようにかかっていく。
そして透明な天井に黒い雫のようなものが落ち、波打つとともに天井からカーテンへと真っ黒に染まる。
カーテンの外側には、「立入禁止」と書かれた黄色いバリケードテープが取り囲むように現れた。
これが“閨”…時間はまだ午前なのに、カーテンの内側からは夜の星空が見える。
「“閨の帷が下りた”時…それが任務開始の合図です。」
僕の、御庭番としての初めての任務。
「行きましょう!桜華くん!」
僕は蜜柑の差し出す手を取り、筵へ向かって歩み出した。
〔つづく〕
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〈tips:妖魔〉
【ギッシャー】
人や物の移動運搬車両として用いられる、家畜化された牛頭の朧車。
魔力を動力源とするエンジンを搭載し、「朧道」という特殊な道を生成しながら縦横無尽に走行できる。
荷車・タイヤ・エンジンなどは自由に改造可能で、用途や場面に応じて様々なカスタム車が製造されている。
とてもお利口さんで、野菜が好物。
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