#10 拝謁 序「甲府の主」
序 ~甲府の主~
僕は硯桜華。
水の聖剣・水桜を手にしたことについて事情聴取を受けるべく、甲府城に来たのだけれど…
偶然通りがかった遺物入りの缶のフタが開いて、そこから出てきた怪しい光を浴びた僕は、竜化した上に暴走して飛び回り…
天守閣に、突っ込んでしまった。
──────
─2031年3月4日 09:15頃─
〔甲府城 天守閣 天守広間〕
「あ、あの…」
どうしよう。
魔力切れとともに暴走は止まったみたいだけど…この状況、すごくまずい。
ここは天守ですぐそこにいるのは藩主様…!
ただでさえ蜜柑に案内されてる最中も、無礼のないようどう振る舞うべきか考えに考えていたのに…こんな形での対面なんて、無礼とかそういう次元じゃない!
しかも城壁に傷をつけた…どころか、天守の一部を壊してしまった!
動かなかったはずの体が温まると、僕は喋るヒキガエルのお腹から飛び出して、急いで水桜を置き、藩主様に向かって土下座した。
「大変…大変申し訳ございませんっ…!」
謝って済むような問題じゃないのはわかっている。
いくら寛大と名高い飯石夕斎様でも、これ程の大事故、どんな罰を言い渡されることになるんだろう…
あぁ…折角昨日は生き延びたのに…
「面を上げてくれ。」
藩主様の言葉を受け、僕は震えながら顔を上げる。
藩主様はカッと目を見開いて僕の顔を見つめながら、立ち上がって上段の厚畳から降り、よろよろとこちらへ近付いてくる。
なんだろう…?
不思議と、恐怖や緊張よりも、安堵を覚えて胸が締め付けられる。
藩主様は僕のところまで来ると膝を立てて屈み、両手を震わせながら僕の頬に当てる。
「お前は…桜華…硯桜華…なのだな…?」
僕の名前を呼んでる…まるで前から僕を知っていたかのように…?
「はい…硯桜華…です。」
僕がそう答えると、藩主様の目に涙がじわじわと浮かんできた。
「っ…、桜華よ…いくつになった…?」
「じゅ…十四…です。」
すると藩主様は額に手を当て、ぼろぼろと涙を流し始めた。
何故だろう…この方が泣いているのを見て、今僕はとても胸が痛んでいる…蜜柑が泣いていた時のように。
すると藩主様は僕の前に崩れ落ちるように座り込み、僕を強く抱き寄せた。
「桜華よ…桜華よ…っ!ありがとうっ…」
「生きて…儂に会いに来てくれて…っ、ありがとうっ…!」
僕の頭を胸に抱えながらしゃくり上げる藩主様に、自然と僕の目も熱くなって、涙がぽろぽろと溢れてくる…
そして鋭い頭痛が走った。
〜〜〜〜〜〜
僕の目の前には、紫色の艶を帯びた黒髪と紫色の瞳をした、美しい女の人がいる。
正座する女の人に、僕は喋りかける。
「おかあさま、ぼくはどうして“おうか”っていうの?」
すると女の人は僕を抱き上げ、頭を撫でてくれた。
「それはね…あなたが生まれた日、お城の桜がとてもきれいに咲いていたからよ。」
この声…山蛞蝓と戦っていた時にも流れてきた懐かしい声…もしかしてお母様…!
「だれが“おうか”ってつけてくれたの?おとうさま?おかあさま?」
僕が尋ねると、お母様はふわっと笑う。
「いいえ、どちらでもないわ…桜華の名前をつけてくれたのはね…」
「あなたが生まれた時、わたしや旦那様と同じくらい、泣いて喜んでくれた方…」
〜〜〜〜〜〜
「ゆうさい…さま…」
思い出した…この温かさ、背中の大きさ。
お父様とお母様にとっての、主君様。
僕にはお祖父様はいなかった…でも、その代わりのように僕を可愛がってくれた人…!
「ああぁっ…!夕斎様…夕斎様っ…!」
気付けば僕は、夕斎様の肩衣を握りしめ、夕斎様の胸に顔を突っ込めてわんわん泣いていた。
──────
お互い一通りいっぱい泣いた後、夕斎様はそそくさと上段の厚畳へ戻り、傍には先程のヒキガエルが鎮座した。
そして、上段のすぐ左下には、とても長身のお侍様が控えている…二大筆頭家老の一人・新藤五国音様だ。
夕斎様は居直って口を開く。
「…先程は失礼、年甲斐もなく泣いてしまったわ。」
「藩主として、改めて自己紹介いたそう。」
「甲府藩主・飯石甲斐守夕斎だ。」
【飯石 夕斎】
~譜代大名 江戸幕府老中 甲府藩主~
「桜華よ…お前にはまず、昨日の経緯についてもう一度詳しく話してほしい。」
「はい、夕斎様。昨日は──」
山蛞蝓との交戦と、水の聖剣との出会い。
僕は昨日の時間について、僕の身にあったことを洗いざらい全て話した。
「そうか…水の聖剣は確かにお前を選んだのだな。」
夕斎様は顔を顰める。
「桜華よ、結論から言おう…聖剣に選ばれた以上、お前は甲府御庭番衆に入らねばならない。」
えっ…僕が御庭番に!?
確かに昔から御庭番衆には憧れていたけれど、それは憧れであって本当に加入するなんて夢にも思ったことはない。
「聖剣もまた大いなる力を持つ遺物の一種…それが野に放たれ、目の届かぬ所に在るのは極めて危うきことだ。仮に悪しき妖魔や賊党が手にしようものなら、それは凄まじき“暴力”となってしまう…強大な力は、悪用できぬよう強大な権力で独占せねばならぬ。それが理由の一つだ。」
納得はできる。
水桜は僕と契約を結んだ…それも切っても切り離せない固い契約。
だけれど、蜜柑の言っていたように、その契約を解除する方法もまた存在するらしい…もし悪意のある者がその方法を使って僕から聖剣を取り上げようとしたら?僕だけで聖剣を守りきれるのか?守りきれなかった責任を僕だけで取れるのか?
僕一人で抱え込むよりも、組織に入って僕ごと管理してもらった方が安全だし安心なはずだ。
「そしてもう一つの理由…それは、お前が昨日にも遭遇した怪魔…奴等の討伐に聖剣が必要であるということだ。聖剣は二十本あると伝わる中、甲府御庭番衆には現在6人もの聖剣の使い手がおる…だが、それを以てしても尚怪魔への対処は追いつき切っておらぬ現状がある。」
「聖剣の使い手は一人でも多く味方に居てほしい…それが藩としての望みだ。」
それも納得できる。
僕は憧れの御庭番衆に入ることができ、夕斎様にとっても味方が増える…互いに利のある話だ。
なのに夕斎様はむしろ悲しそうな顔をしている…どうしてなんだろう?
「桜華よ…儂はお前に会えて嬉しい。これまでの人生でここまで喜び泣いた日も中々ない…だが、同時にお前を激しい戦いに巻き込まねばならぬことになったのが、心苦しくてたまらぬのだ。」
「すまぬ…本当にすまぬ…桜華…」
夕斎様は、昔から僕や蜜柑を目に入れても痛くない程可愛がってくれ、紙の端で指を切ったりした程度でも驚き心配してくれたような人だ。
夕斎様にとって本来、僕たちは災いから護るべき子供。
それが聖剣に選ばれたことによって、逆に災いに身を投じさせなければならない…本当は傷一つ付けたくない宝物を、手のつけようのない天に攫われる気分なのだろう。
でも…僕は心に決めたんだ。
「夕斎様、どうか心配しないでください。」
「確かに僕のもとに突然やって来たのは聖剣の方です…でも、聖剣に望みを懸けて契約を決断したのは僕です。」
「その先に続く道が、御庭番として戦うことなのであれば…」
「その道程にある全てが、きっと僕の望みです。」
意思を率直に伝えると、夕斎様は片手で頭を抱えため息をつくと、わずかに口角を上げた。
「そうか…わかった。」
「桜華よ…お前には、儂から話せねばならぬことが山程…それも富士の山程ある。」
「だがまずは…今この甲府に何が起きていて、我々が何と戦っているのか…それを話そう。」
怪魔の話なら昨夜に蜜柑から聞いている…甲府御庭番衆の戦う相手は怪魔のことじゃないの?
夕斎様は厳しい表情で続ける。
「この甲府は今…その領地の凡そ一割が…」
「“死んで”いるのだ。」
〔つづく〕
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〈tips:人物〉
【飯石 夕斎】
現甲府藩主で、飯石蜜柑の義父。
73歳。
徳川家と武田家の両方にルーツのある譜代大名。
家臣や藩民への愛情が非常に強く、自分が泥に塗れようと仲間や民を守り抜こうとする意志の強さから、根強い支持と敬愛を得ている。
お人好しで面倒見が良く、誰に対しても分け隔てなく心優しく寛大であり、藩民からは「甲府の父」として親しまれている。
桜華のことは孫のように溺愛していた。
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