オンリーワン・サポーター
二作品目です。直接的なつながりはほとんどありませんが、一作品目のアヴェンジャーとは同じ世界のお話です。
魔物の群れ、幾度の敗北、一体どれだけの戦士が死んでいったのか。サポーターたちもほとんど倒れてしまった。戦場は何度も後ろに退いた。だがもう、ここより後ろはない。
もう真後ろには、守るべき人たちがいる。だからもう退くことはできない。何より、私の前には支援すべき人たちがいる。私はこの背水の戦場で、もっとも後ろにいるたった一人のサポーターだ。最後のサポーターだ。
一万の戦士たちがいる戦場の最後衛、町の城壁から戦場を見下ろす。隣には指揮を執る軍隊長がいる。なんだかんだ優秀な人だ。私が言うのもなんだがこの幾度もの戦闘の指揮をとり続けているタフな人だった。
「隊長、エリシアさん!魔物の数約五万です!!」
偵察に言っていた戦士たちが戻るとともに敵の数を叫ぶ
「!よく戻ってきた!」
隊長が偵察隊にねぎらいの言葉をかける。だが、戦士たちの顔は厳しい。
「最初に比べればずいぶんと減ったか」
「こちらの損害はそれ以上ですがね」
「指揮が下げるようなことを言うな」
隊長に怒られる。だが事実である。
「ですが、本当にいけるでしょうか」
「いけるかじゃない、もうやるしかない。なんせこの後ろはもうないからな。だから頼んだ」
「本当に無茶を言いますね。たった一人で戦場を支えろなんて」
私以外のサポーターはほとんど倒れてしまった。残っている者もいるが大半が新米。正直に言ってしまえば現状の戦況ではあまり使い物にならないうえに、高確率で死ぬ。そんなのは私が一番許せないことだ。
「ですが、はぁ、やらしていただきます。私が皆さんを勝たせましょう」
「あぁ、頼んだ。もう後ろには下がれん。どのみち負ければもう俺たちが死ぬだけではすまないからな。だから、すまんが背負ってくれ」
「くどいです。一応軍のトップなのですから黙って、あぁいや黙っちゃダメですね。指揮と魔物を屠ることだけ考えといてください」
「あ、あぁ分かった」
「魔物、近づいてきます!」
「分かった!背中は任せたぞ!エリシア!」
「えぇ。存分に暴れてください」
隊長はそう言い、前線へと向かう。城壁の上からでも敵の影をとらえられた。
「さぁ、やりますか」
「敵、射程圏内!」
「魔法隊、詠唱開始!」
魔法隊が詠唱を奏でる、私もそれに合わせ、詠唱を始める
『彼の者らに、神秘の加護を。栄光の導きを』
『導きの加護』
威力強化の魔法を魔法隊に施す。
「「「炎の矢雨」」」
魔法隊の魔法が完成し、即座に敵の中心地に落とし込まれる。魔物の進軍は止まった。そうであればよかったのだが。
「第二射用意!」
魔物の進軍は止まらない。被害は与えられただろうが、恐らく軽微なもの。
「やっぱり固くなっていますね。こっちに残ったのは優秀なものだけではないのに。相手方は優秀な魔物ばかりという訳ですか」
初期のころは一度の魔法攻撃だけでかなりの数が捌けていたというのに、戦闘を重ねる度に敵は固くなっていた。いや、というより強い魔物だけが生き残り続けていたのだろう。結果がこれだ。いやになる。
「お前ら!備えろ!」
隊長の声が戦場に響き渡る。魔法によって声が拡張されていて離れていてもうるさいが、今は隊長の声が戦旗の代わりだった。しかし、隊長の顔は渋い顔をしていた。隊長も悟っているらしい。魔物たちの強さが上がっていることに。
魔法の照射によって多少減ったがそれでも魔物の集団は近づいていた。そろそろ二つの軍がぶつかる。私のやることをやらねばならない。
『彼らに、力を。我らは進む者』
『戦士の進軍』
攻撃力と速度を増す魔法。いつものものだが、恐らく足りない。
『天使よ、どうか彼らに守りの加護を』
『天使の加護』
防御を増す魔法。だがまだ足りない。
『我は支援せし者、あなた方を導きましょう』
『攻撃の導き』
着々と敵は近づいてくる。まだ足りない。
『あなた達の道行に祝福を』
『轍の祝福』
重ねられるだけ重ねるしかない。正直に言ってしまえば、自信なんて一つもなかった。だってここまで、敗走を重ねている。そんな敗戦の中で私も何度も何度も魔法で味方を強化してきたが、負けているのだ。しかも、私以外にもサポーターはいたのに。それなのに私ひとりでどうしろというのだ。でもやるしかなかった。
『強くあれ』
『攻撃強化』
『速くあれ』
『速度強化』
その詠唱が終えるとともに、戦士と魔物はぶつかる寸前だった
「お前ら!いくぞ!!」
「「「うおおおお!!!」」」
戦士たちが恐怖を押し殺すように雄たけびを上げる。魔物と戦士の境界線が交わる。戦士たちは果敢に魔物たちに攻めていく。少なくとも一人が数体の魔物を相手しなければならない。だが、やはりレベル不足の者も多い。私の施した強化で何とか食いついている者も多いがそれでも戦士たちの顔は苦しそうだ。
「お前ら!絶対に孤立するな!友の姿を常にとらえろ!それでも孤立しそうなら俺の名を呼べ!!」
そんな中で、隊長は声をあげ、味方を鼓舞している。彼はこの場の誰より勇猛に、そして強く敵を屠り続けていた。
戦況は苦しいまま、魔物の牙や爪が彼らにいくつもの傷をつける。耐えてはいるものの、それでも致命傷になりかねない攻撃を何度も受けている。このままでは、少しもたたないうちに全滅してしまうのだろう。だが、私がそうはさせない。
『神よ、どうか彼らに豊穣の癒しを。我らは戦うもの、その傷にどうか慈悲を』
『聖域の癒し』
全体回復。戦士たちの傷がみるみる減っていく。彼らは傷が癒えたことで少しだけ楽そうな顔をしている。だが、それでもすぐに傷が増えてく。それでは意味がない。私の最大限を彼らに与えなければならない。
『戦士よ、聞け。私は守護者。あなた達の旅路に一つでも多くの幸を。あなた達の傷を私が減らそう』
『旅路の外套』
防御魔法を彼らに施す。これでも足りるかわからない。それでも一つでも多くの魔法を行使するしかない。
戦場はどんどんと混沌としてきた。敵の数は確実に減っている。実際最初に比べれば、敵の数は三万前後にはなっているだろう。しかし、こちらにも被害が現れ始める。さっきから何度も回復魔法をかけているが、間に合わない。回復魔法に専念すればもしかしたら間に合うかもしれないが、そうすれば強化が間に合わない。純粋にキャパオーバーだ。どうする。いや“あれ”を使えばいけるはずだ。切り札を今ここで使えば戦況はかなり立て直せる。もう使うしか、
「まだだぁ!まだ使うな!」
!!隊長の声が叫ぶ。私に対して叫んでいる。叫ばなくたって聞こえているのに。
「お前の固有魔法は逆境であればあるほど強い!」
そんなの知っている。でも、でもそれなら、必死で戦っている戦士たちを
「見捨てろ!」
嫌だ。そんなの嫌だ。私のことを見守ってくれた人たちを、ずっと戦い続けている戦士たちを前に見捨てるなんてそんなのあんまりだ。
「エリシア!俺たちが何人死んでも!それでも守るべき人がいる!俺たちはそのために戦ってきた!そして勝たなくちゃいけねぇ!だから、頼む!お前の切り札は、俺たちの最後の希望なんだ!」
魔物を断ち切りながら隊長が叫ぶ。しゃべる余裕なんてないはずなのに。少しでも隙ができてしまえば負けてしまうかもしれないのに。それでも、それでも。私は…。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
戦士たちが叫ぶ。まるで私に何かを伝えるように。自分たちは大丈夫だというように。
「!!てめえら」
隊長が淡く微笑んでいるのが見える
「エリシア!お前が見てきた背中はまだ倒れちゃいねえ」
戦士たちが敵を眼前に獰猛に笑っている。
「俺たちが勝利を手にするその時まで」
杖を痛いくらいに握りしめる
「死んでも戦い続けてやる」
彼らの覚悟を見せつけられた。それでは、私が折れるしかないじゃないか。その時が来るまで私のやれることをするしかない。
「魔法隊の皆さん!足止めを中心にしてください!戦士たちが集まれるように!」
「「「了解!」」」
戦場はしかして、苦しいままだ。
『攻撃強化』『速度強化』『旅路の外套』『祝福の光』『戦士の進軍』『方舟の守護者』
とにかく味方にバフと回復を施す。一人でも多く生存してもらうためになんとか祈りを込めて。戦場にいる魔物の数が半分くらいに減ってきたころ、明らかに魔物たちが倒れなくなった。こちらの主力が少しずつ倒れ始めたからだろう。一人、また一人と魔物の牙にかかって死んでいく。やはり回復が間に合わないのだ。回復が間に合わないのなら、回復する人間を選ぶしかなかった。私の魔法一つで、死ぬのかどうかがきまってしまうのだ。吐きそうだ、今すぐ逃げ出してしまいたい。それでも彼らの覚悟を見届けるのが私の役目だ。彼らを支え続けろ。私は彼らの勇姿を見届けられる、唯一のサポーターだ。
もう少しで敵がここに届きそうになる。戦士の隊列はとうに崩れている。戦士の数は半分いるかどうか。私たちの最後の戦場はもう負ける寸前だった。しかし、
「エリシアあああああああ!」
しかし、
「やれええええええええ!」
私がそうはさせない。
『戦士よ!私の声を聴け!一体幾つの屍がこの戦場にできるのか。』
目の前には、獣の群れ。今にも私に牙を向けるだろう。でもきっと。
『その中でいくつ、友の声が途切れるでしょう?』
「ここは通さねぇ!」
『それでもあなた達は戦い続ける。ならばせめて、』
隊長が守ってくれる。
『この身をもって支えましょう!あなた達の意思が消えぬように。』
隊長の腕が持っていかれる。それでも、隊長の闘志は衰えない。
『だからどうか、あなた達の声を、聞かしてほしい』
『名もなき英雄たちの進軍』
戦場にオーロラのような幕があらわれるそこから光の粒子が戦士たちに浴びせられる。倒れていた彼らはただの一つの傷もない姿で立ち上がる。
「「「うおおおおおおおおおおお!」」」
彼らは叫ぶ。今度こそ、反撃の雄たけびを。
一人の戦士の剣がいともたやすく獣を切り裂く。一匹や二匹ではなく十匹、二十匹と切り裂いていく。だが、そうやって無双してのけたのは一人ではなかった。先ほどまでが一人が魔獣二、三匹分の力だったとすれば今はきっと、百匹にだって届きうるだろう。獣たちも反撃するが、戦士の傷は瞬く間に治り、ひるむことすらなかった。残っていた魔獣たちは瞬く間に殲滅されていく。
私たちの、勝利だ。
「よくやったな」
隊長が声をかけてくる。
「…」
声が出ない。勝ったはずなのに。喜んでいいはずなのに
「…おいおい、勝利の立役者がそんなんじゃ誰も喜べないだろう?」
「ですが、ですが」
私がもっと優秀だったなら。もっと多くの友を...!
「そうだな。でも、お前がいなきゃここには誰もいなかったんだ。だから、どうか誇ってくれ」
涙が止まらない。返事ができない。
「でもま、今は存分に泣け。泣きつかれた今度こそ、死んでいった奴らにも生き残った奴らにも、笑顔を見せてやれ」
「…ぐす、は、はい」
今日この日、私は英雄になった。そして、たくさんの英雄たちと勝利を手にしたんだ。
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