海賊と宴
まあ飲め、と言ってグラスを手渡され、なみなみと酒を注がれると、禿げ頭のタカが高々と自分のグラスを持ち上げ、余った左手でセインのグラスを持った手首をわっしと掴んで持ち上げて、また言った。
「グラート!」
すると一斉に、周りの男たちもグラスを高々と掲げ。
「グラート!」
圧倒されて訳がわからないキャルに、セインが笑いかける。
「大丈夫?」
「え、うん。手いうか、グラートって何?乾杯みたいなんだけど」
「うん、乾杯と大して変わらないかな?古代語なんだけど、感謝する、って意味なんだ。まさかまだ船乗りの間で使っているとは思わなかった。船出の伝統的なものになっているんだろうね」
「へえー」
何百年も存在しているだけに、セインは物知りだ。
余分な豆知識も多いことは多いが、まだ八年しか活きていない自分には、その長い年月を想像することさえ難しい。
こんな風に、彼が存在して生きて来た長い時間を思わせる発言をされると、余計にそれが感じられた。
しかし直ぐに、あれを食え、これを飲めと、次々と海賊たちから皿から瓶から差し出され、おかげであまり考える余裕が無くなった。
「よお、お嬢ちゃん。あん時はすまなかったなあ」
ぬう、と、二人の前に顔を出した髭面の男の腹に、キャルはいきなり、有無を言わさず拳をお見舞いした。
「お、おじょう、ちゃ、そりゃ、ないんじゃ…」
腹を押さえて男はうずくまる。
周りの海賊たちは大歓声だ。口笛を吹いて囃し立てる。
「この船の中で、アンタが私にとって一番不届き者だからよ」
港の町中で、銭湯を切ってセインに絡んでいたのも、おそらくセインの事をギャンガルドに報告したのも、そして何より、臭かった魚の網にキャルを詰め込んだのも、この男だ。
「すまなかったよ。だからこうして謝罪に来たんじゃねえか。俺はラゾワってんだ。一応この船の風読みを任されてる。よろしくな」
腹を押さえつつ、ニシシ、と笑って差し出された手を、キャルは胡散臭そうに見つめた。
「風読みがこんな所に居ても良いの?」
「お、おう!今は順風でな。しばらくは大丈夫さ」
セインが助け舟に聞くと、出した手を握って貰えないでいたラゾワは、助かったとばかりにセインを見上げた。
そこで。
「…兄ちゃん、でけぇな」
しみじみと、セインの頭のてっぺんを見上げた。
ラゾワも、どちらかというと背の高い部類に入るのだが、それでもセインの方が高い。
「身長いくつぐれえだ?」
ラゾワの質問に、セインは腕を組んで考えてみるが、思い出せないらしい。
「さあ?もう随分昔に測って、覚えていないな」
その長身から、初対面で見た、小さなキャルに蹴り付けられていた姿は、少々違和感があるかもしれなかった。
「お嬢ちゃんの方は、こうして見てみると、なかなか別嬪じゃねえか。やっぱり俺の目に狂いはないね!将来はそこらの男どもが振り向かずにはいられないような美人になるだろうな」
「…そういえば、私たちを売り飛ばすとか言っていたわね」
髭の顎に手を添えて、まじまじとキャルの顔を観察する男に、キャルは嫌味臭く、わざと言った。
「ははは!ありゃあ箔付けの嘘さ。人身売買なんぞ、うちのキャプテンが許さねぇよ」
ようやく口を利いてくれたキャルに、ラゾワは笑った。
元々、悪い男ではないのだ。
ガラが悪いだけで。
「アンタ、モテないでしょ」
「う」
誉めたにしろ、子供とはいえ人の顔を眺めて美醜を口にするのは男女問わずいただけない。
キャルの口撃にラゾワは尻込んだ。
「そういえば。あの時は、なんで僕に声をかけたの?」
「ほえ?」
急に割って入ったセインに、二人とも視線を向けた。
「最初に会った時だよ。僕、金目の物とか、持っている風には見えないと思うのだけど」
初対面の時、雑貨屋から出てきたセインに最初に声をかけて絡んだのもラゾワだった。
「あ、う、いや、あれはだな。金目のもの持ってるなーとか、そういうんじゃなくて」
急に歯切れの悪くなったラゾワに、セインもキャルも首を傾げた。
事情を知っているのだろう、一部の海賊たちはヤジを飛ばし、口笛を吹いたりしてラゾワをからかっている。
「だから、つまり、その」
「つまりその?」
「細身の別嬪が歩いてんな〜、と…」
「………」
顔を真っ赤にして答えるラゾワに、セインもキャルも目が点になった。