目的地が決まったら
「エルグランド島?」
「うん。名前が似てるでしょ?それに、市場で聞いたんだけど、ここってちょっとした伝説があるのよね」
キャルの声は心なしか弾んでいる。
「伝説?どんな?」
セインは地図を覗き込みながら、カチャカチャとお茶の用意を始めた。
「えっと、ね。この辺りの町や村には独特の風習があってね?亡くなった人をこの島に奉るの。そうすると、死者の魂は約束された地へ赴ける」
「ええ?それってお墓ってことだよね?嫌だなあ」
「他にもあるわよ?ここでは昔から超常現象が見られるの!」
「超常現象〜?」
いかにも胡散臭いというように、眉尻を下げるセインに、キャルは構わず明日出かけるための準備を着々と進めてゆく。
「そ。天に昇る階段を見たとか。海の向こうへ列を成して飛び交う光を見たとか。何にせよ、ただの島じゃないことは確かよ。何か手がかりがあるかもしれないじゃない?せっかく近くに来てるんだから、行って見ない手は無いと思うわ」
「じゃあ、明日は船を探すの?」
はい、お茶。と言って、手元にカップを置くセインを、キャルはガバッと見上げた。
「そーよ!船!」
キャルの頭で顎を打ちそうになったのを、セインは間一髪避ける。
「すっかり忘れていたけど、さっきのあいつら、海賊じゃない!」
「そうだね、いかにも海賊だったよねー」
ばきん!
右の脛を抱えてセインは涙目で蹲った。
「海賊っていったら港に停泊しているに決まってるでしょ!顔覚えられちゃったじゃない!明日鉢合わせでもしたらどうするのよ!」
「そんなに怒らなくても」
見上げるセインを、キロリと睨む。
「左の脛もけられたい?」
「…イイエ」
長身を縮こませ、ますます小さくなってしまったセインを、キャルは再び見下ろして、彼の用意したお茶を啜った。
「…セインって、お茶を淹れるのは上手よね」
思わずカップの中を覗き込む。
ふんわりとした良い香りに鼻を刺激され、口に含めば何とも言えないお茶の葉の、混じり気のない柔らかな味が広がる。
「明日、は役出ることにするわ。今日はご飯食べたらさっさと寝るわよ」
早起きの漁師の船にでも乗せてもらって、海賊に見つからないよう、こっそり船出するしかない。
二人は予定を決めると、早めの食事を摂ろうと、また部屋を出て行った。
そして夜。
といってもまだ宵の口。
セインのもそもそと動く気配に、キャルが目を覚ます。
「何やってんの?」
目を擦りながら、声をかける。
「あ、キャルごめん。起こしちゃった?」
カーテンを少しだけ開けて、明かりも灯さずに窓辺に立つセインに、何となく事態を把握する。
「…何かあった?」
「うん。昼間の海賊さんたちがね」
二人とも、声を顰めた。
ちょいちょい、と、セインが指で外を示す。
キャルはセインの側に静かに歩み寄り、そうっとカーテンの隙間から窓の外を覗いた。
「うわ、いるわね」
うんざりしたような声を、小さくこぼす。
部屋の向かいに立つ木の下、宿屋の外壁の隅、その壁に面した細い通路。
見えるだけでも結構な数だ。
「…逃げよっか?」
「そうね。宿泊代は机の上にでも置いとけば良いわよね」
早々に話がまとまると、二人とも素早く準備を完了させる。
「キャル、着替えた?」
「真っ先に着替えたわよ!」
パジャマのままで逃げるわけがない。
顔を真っ赤にしたキャルだったが、セインは意に介さなかったらしい。
「じゃあ、行こっか。荷物、離さないでね?」
にっこり微笑んで、セインはキャルと、彼女の大きな鞄を纏めて抱え上げた。
「ちょ、セイン、ここ三階!」
キャルが悲鳴を上げる暇もなく、セインは彼女と鞄を抱え込んだまま、音もなく窓から飛び降りた。
「大丈夫?」
「い、良いから、行くわよ!」
バクバクする心臓を、キャルはどうにかこうにか抑える努力をする。
時折、不意を突くようにしてセインがとる大胆な行動に、面食らうことがしばしばある。
普段が普段なだけに、予測がつかなくて困る。
早く慣れたい。
「いつもこんな風なら良いのに」
「え?何?」
「何でもない!見つからないうちに行くわよ!」
二人は宿屋から離れて、目の前の茂み伝いに移動を始めた。
カシャン!
頭上から、何かが割れる小さな音が聞こえた。きっと、海賊どもが、先ほどまで二人がいた部屋へ、窓を破るなりして侵入したのだろう。
「何気に間一髪だったのかしら」
「そうみたいだね。どうしようか。このまま港に出る?」
「そうね、それが良いわね」
ヒソヒソと話しながら、四つん這いになって進んでいる時だった。
ボキッ!
盛大な音があたりに響き渡った。
ざあっと血の気を引かせて二人が振り向いた先。
セインの足元には、真っ二つに折れた木の枝が。
「この、大馬鹿セイン!」
「うわあん、ごめんよお!」
そうっと、あたりをうかがってみる。
二人に気付いた気配はなく、しんとしたままだ。
安堵に胸を撫で下ろす。
「おい、今、音が聞こえたが…」
急にすぐ横から声をかけられ、二人は飛び跳ねた。
セインに至っては、声をかけてきた海賊と、バッチリ目が合ってしまった。
「い、いたぞ!」
「わわわっ!」
一目散に駆け出したが、時はすでに遅し、あちらこちらから人影が溢れてくるのが、夜目にも分かる。
「っ、このまま港まで突っ切るわよ!」
まさか海賊たちだって、自分たちの船のある港に逃げ込むとは思わないだろう。それに、港町というものは大概入り組んでいる。うまくすれば、どこかで彼らを撒いてしまえるかもしれない。
「港に着いたらどうするの?」
「小さな漁船でもボートでも、とにかく何でも良いわ!借りるなり乗せてもらうなり、ついでだから闇世に紛れてエルグランド島へ向かうわ!」
「わかった!」
二人は走った。