五十四話 乙女の恋心
ラニアの目は明らかに動揺していて、焦点が定まっていなかった
「秀さん達が………後一日かしかいない………」
「ラニア、聞いてたのか!?」
「嘘…ですよね……秀さん!?」
視線を背けた秀を見たラニアは悟った…
秀達が後一日かしかここにいれないと……
そう悟ったラニアは落とした買い物袋を拾い上げることなく、宿屋に入ることなくどこかへ走って行った。
「ラニア!!」
立ち上がってラニアを追いかけようとして、走ろうとした瞬間
全身に走る激しい痛みに襲われ、そのまままえのめりに倒れた
「浅っち、大丈夫か!?」
「ああ………大丈夫だ」
「いいから、早くベッドに戻ろう」
「俺なら……大丈夫だから………」
また立ち上がり蒼士の手を振り払った。
「無茶だ秀、そんな体で動いちゃダメだ」
「みんなには言うなよ」
肩にポンと手をおいて軽く笑った。
「行くぞシルフィー!!」
<うん、いくよ♪>
「あ、おい秀!?」
ラニアが走った方に走って行った……
―マナマ草原―
目的地も決まっていないまま走るラニアが行き着いた先は秀と一緒に見たあの場所だった。
「………………」
《この世界にいられるのも後一日かしかないんだな》
秀と蒼士の会話を聞いてしまった
聞きたくない文を聞いてしまった
胸の奥が熱くなる、あの言葉を思い出すだけで
目に涙たまる、一人の少年がいなくなるということで
「ううぅぅぅ、秀さん」
とどまることを知らない涙はラニアの目にたまりにたまっていて、いつこぼれても不思議ではなかった
「秀さん……」
「俺がどうしたんだラニア」
「ふえっ!?しゅ、秀さん?」
「何で疑問系何だよ、今ラニアの目の前にいるのは、正真正銘の浅村 秀だ」
「う、う、う…」
また目に涙がたまる
「もう誓い何てやめだ」
「へっ!?」
「だから、泣いていいんだラニア」
秀の言葉がスイッチとなった。
「秀さん!!」
飛びついてきたラニアをしっかりと抱き止めた
ラニアの目から大粒の涙があふれる
「秀さん、秀さん、秀さん」
幾度となく自分の名前を呼ぶラニアの髪を優しく撫でる
今の秀にはそれぐらいしかできなかった
「お願いです秀さん………いなくならないで下さい、ずっとこの世界にいてください」
「それは……」
答えることがでなきない秀
「自分でも分かってわいるんです、どんなことをしたって秀さんは元の世界に帰ってしまうってことは分かっているんです……でも、心のどこかでそれを拒んでるんです」
ますます涙まじりの声になるラニア
そのラニアにやっと秀は口を開いた
「大丈夫さ」
「えっ!?」
「俺達は世界を回る者達だ、だからこれでお別れなんかじゃない、いつかきっとまた会える」
その言葉の保証はどこにもないが、何故か今のラニアはその言葉に“安心”を感じていた。
「本当……ですか?」
「ああ、約束だ」
そう言ってラニアを引き剥がして小指を立ててラニアに前に手をやる
「へ?何ですかこれ?」
「俺の世界では約束をするときにすることで、指切りってんだ」
「指切り?」
「まあ儀式や契約と思ってくれたらいいよ、さあラニアも俺と同じようにして」
秀に言われた通りにするラニアの小指に自分の小指を絡ませた。
―宿屋―
「ただいま」
「あ、お帰りなさい浅村君、ラニアさんは?」
「ご迷惑おかけしました」
「お帰りなさいラニアさん」
「みんなただいま」
―翌朝―
起きて腕輪の数字を見ると残りは9時間をきっていた。
「残り時間短けーな…」
「いいじゃないか、ラニアの一件も落ち着いたことだし、焦るひつようないじゃないか」
長いようで短い時間、この世界からお別れするにはあまりにも短過ぎた
「そんなことより連、動いて大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫、どこの誰かさんみたいにずっと戦ってた訳じゃない分、傷は浅いさ」
どこか引っ掛かる言葉だな
「んで、結局今日はどうすんの」
「俺に聞くなよ、各自自由行動だろ」
「ま、そうだわな、んじゃあ俺は、茜ちゃんとのスイートタイムを満喫してくるぜ♪」
ひゃっほーいと言いながら部屋を出ていく連見つつ、秀も結局外に出た。
(軽くぶらぶらするか…)
歩き慣れた道、見慣れた店、見慣れた人達、見慣れた街
この街との別れは少し寂しいものを感じる
今思えば長いものだった
来てそうそうカースに襲われたこと
ラウルに助けられレーガルに来たこと
レーガル城に呼ばれるもののディアに殺されかけたこと
強くなりたいと心の底から思いシリルの特訓をのりこえたこと
断罪の雷という強大な兵器をみたこと
シルフィーと出会ったこと
ゼファと命懸けの鬼ごっこしたこと
シルフィーと聖霊契約したこと
ラニアの過去を取り戻したこと
そして死闘を繰り広げたこと……
などなど回想しながら歩いていた秀はレーガル城まで来てしまっていた
「あ、やっべ、ぼーっとしてたらこんな所まで来ちまったか」
せっかくなのでレーガル城に入り、ラウルやシグマに挨拶でもしていこうと思いつつレーガル城内を歩き回る
すれ違う人は秀がいることに違和感一つ感じないほど馴染んでいた。
「ラウルとシグマはどこにいるんだ?」
―訓練場―
「おお、やってる、やってる♪」
「む、浅村じゃないか、どうしたこんな所で」
「シグマこそ書類に追われてんじゃなかったのか?」
「あの戦いでほとんど吹き飛んだ…………」
「……ど、ドンマイ…」
「まあ、ちょっと訓練場を見に来ただけさ、ではギリギリ残った書類を処理してくる」
そのまま訓練場をあとにした
訓練場では未来の兵隊さんどもがラウルにしごかれていたが、皆全員が戦意を喪失していた。
「おいてめぇら!!そんなことじゃ戦場で死んじまうぞ」
「ぐっ……」
立ち上がろうとするが、体にはまったく力が入っていなかった。
「おいおいラウル、そこら辺にしといたらどうだ?このまま続けてたら、戦意どころか命まで失いそうだぜ」
「あのな〜俺だってそんなこと分かってるっての……………よしてめぇら今日の実践は終わりだ、各自体を休めろよ」
終わりという言葉を聞いた兵隊達は幸せそうな顔をしながら訓練場から出ていった。
「今日、帰るんだってな」
「ああ、あと5時間ちょいだ」
軽く手首を回して腕輪の数字を見せる
「ほー、良くできてんなこの腕輪…」
「やらねぇぞ」
「いらねぇよ!!」
秀の軽いボケに見事に軽くあしらったラウルだった。
「にしても大変なんだな隊長ってのは、兵隊達の訓練しなきゃならねぇし出動命令が出たら行かなきゃなんねぇしで、てんやわんやじゃないか」
「いいんだよ、それが俺の選んだ道だからな」
「ふーん、かっこいいじゃん」
「だろ、ていうかこんな所まで何しに来たんだよ」
「ん〜と、まあ挨拶でもしていかなと思ってさ」
「帰るからって、そんな改まることないんだぜ」
「いろいろとありがとなラウル」
「どういたしまして」
「さて、んじゃあ俺はそろそろ帰るわ」
後ろ向きで軽く手を振りながら訓練場をあとにしようとする秀をラウルは引き止めた
「ん?何だラウル」
「これから行かなきゃいけない所あるか?」
「いや、別にそんな所はないけど、何か?」
「そうか、ならちょうどいい」
「ちょうどいいって?」
槍を構えて物質憑依して、炎神・爆炎槍を秀に突きつけた。
「どうせ最後なんだ…………勝負しようぜ」
「ら、ラウル!?」
「ほらどうした?すんのかしないのかはっきりしな」
「シルフィー!!」
<はーい♪>
「手を抜くようなことすんなよ」
「んな失礼なことしねぇよ、いくぜ!!」
男の意地と意地とのぶつかり合いの戦いがどっちが勝ったのかはその場の二人にしか分からない
そして
炎の槍を持つ男vs風の剣士の戦いは、レーガルの歴史に残る一戦になった。