表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/140

第五一話 天文十二年三月下旬『市江川の戦いその漆』太原雪斎SIDE

「この策も駄目でしたか」


 使番からの報告に、太原雪斎はやれやれと嘆息をこぼす。

 本隊をあえて川岸に在陣させ、敵の本隊を釘付けにして動けなくし、二カ所からの同時上陸作戦だったのだが、どれも阻止されたようである。

 うち一か所は一〇〇〇と兵数を本命部隊の倍にして、敵の関心を引き付けるという二重の陽動作戦だったのだが、完全に見破られていた。


「鳳雛……雛といえどやはり鳳凰ということですか」


 ここまであっさり看破されると、まるで本当に鳥のように空を飛翔し戦場を俯瞰でもされているかのような錯覚に陥る。

 まったくもって厄介な敵と言うしかないが、それ以外にも気になる事があった。


「しかし、見破られたとは言え、兵数はこちらが圧倒的に上でしたでしょう? 多少強引にでも上陸し、蹴散らしてしまえばよかったのでは?」


 尾張の防衛に当たっている織田勢は、せいぜい二〇〇〇強といったところだろう。

 尾張に潜ませているスパイからの報告でも裏は取れている。

 正確な兵力まではさすがにわからぬが、まず二五〇〇を上回ってはいないはずだ。


 五〇〇〇の兵で圧をかけている以上、あちらが予備兵力として動かせるのは数百かそこらのはず。

 しかもそれらを二手に分けてもいるのだ。

 こちらの別動隊はそれぞれ一〇〇〇と五〇〇。

 普通に考えれば、いくら渡河の不利があるとはいえ、本来ならあっさり押し切れるはずの兵力差だった。


「そ、それが彼奴きゃつら、てつはうを投げてくるみたいで」

「初戦の報告にもあったアレですか」


 げんなりと雪斎は顔をしかめる。

 兵法を収めた雪斎は、当然、蒙古襲来に関連する書物にも一通り目を通している。

 まさかそんないにしえの兵器を持ち出してくるとは想定外ではあったが、所詮は二五〇年以上も昔の兵器である。


「初見では確かに驚き混乱するでしょう。しかし、そのようなものがあるとすでにわかっていれば、なんとでも対応できると思っていたのですが?」


 雪斎は思い浮かんだ疑問をぶつける。

 人が混乱し恐慌状態に陥るのは、あくまで想定外の事態に遭遇した時、だ。

 前もって想定し訓告しておけば、意外と落ち着いて対応できるものである。

 にもかかわらず?


「飛び散る破片や音はなんとか矢盾で対処できたんですが、火の粉がめちゃくちゃ広がって、消火が追いつかないんすわ」

「っ! なるほど! そういう事ですか!」


 得心がいき、雪斎は忌々しげに吐き捨てる。

 上陸作戦には当然、船、あるいは船橋を使う。

 当然、火矢への対策は講じてあったが、てつはうによる火災の対策など、考えてみれば当然と言えば当然なのだが、初見ゆえそこまで想像が回らなかったのだ。

 火矢対策でなんとかなると、無意識に思い込んでしまっていた。


「~~っ!」


 唸るとともに、雪斎は苛立たしげに爪を噛む。

 奇しくもそれは、未来の弟子である徳川家康の悪癖と同一のものであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 策士同士の対決、いいですよね。 表向きは余裕しゃくしゃくだけど、内心では相手に相手に下品に悪態をつき、 時折配下の前でポロっと言葉や態度に出てしまい、あわてて取り繕う、 っていうのが特にいい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ