第五〇話 天文十二年三月下旬『市江川の戦いその陸』
「虚っすね。本命はおそらく別っすわ」
遅れてやってきた成経(ぐーすか寝てたらしい)は、対岸の一向宗門徒を一目見るなり、一切の迷いなくそう看破する。
わたしの目には全くその違いはわからないが、こいつにはどうもわかりやすいぐらいわかりやすかったらしい。
「いったいどこで見分けてんの?」
「ん~、背中……かな」
「背中?」
わたしは思わず対岸の兵士たちに目を向ける。
全員、体の正面をこっちに向けていて、背中なんて見ようがないんだけど。
「そっちじゃなくて、自分のっす。なんかヤベえのはゾクッてくるんで」
「普通にあれ見ててもわたし、けっこうゾクってするんだけど」
さらに数も増え、こっちの三倍以上の大軍となっている。
あれがこっちに攻めかかってきたらと考えるだけで、背筋が寒くなってくる。
「あん? そうなんすか? ん~、俺は逆にな~んも感じ……んっ!?」
突如、ぐりんっと成経が回し、南東を睨む。
「いや、ちょっと違うな。……こっちか!?」
首を振るや、今度は東の方に目を向けじぃぃっと凝視する。
先程までの気の抜けた目から一転、獲物を狙うハンターの眼になっていた。
「うん、こっちっぽいな。じゃあ姫さん、ちょっくら行ってくらぁ」
「あ、うん。気を付けてね」
「おう」
背中を向けたまま、成経は拳を上げて応え、物見櫓を降りていく。
主に対して無礼と言えば無礼なのだが、そんなことで水を差す気には毛頭なれない。
今この状況にあっては成経様々である。
「しかし、こっち……ねぇ?」
成経が睨みつけた方向をわたしも凝視するも、全然まったく何も感じない。
いったいあいつは何を感じ取っているんだ?
「ふむ、なるほど。確かに何か嫌な気配がしますな」
そう言ってうむと頷いたのは、勝家殿である。
「やっぱりわかるもんです?」
「ええ、まあ。俺も言われてみると、ぐらいですがね」
勝家殿は苦笑して肩をすくめたものだが、成経ほどではなくともしっかり感じ取れはするらしい。
まあ、当然と言えば当然か。
このひと、史実ではかかれ柴田なんて異名を持つぐらい前線で戦ってるし、何度も怪我をしているのに、最期はあくまで自刃によるもので、結局、戦場では死んでないんだよなぁ。
そりゃその辺の勘もしっかり常備しているのだろう。
「大したものです。こちらのあからさまなほうはおそらく陽動でしょうね」
「あからさま!?」
わたしは思わず声をあげ、勝家殿が指さした方向、つまり成経が最初に睨んだ方角を凝視する。
それはもう、どんな微細な違和感も見逃すものかと目を皿のようにして観察に観察を重ねるんだけど……
駄目だ。まったくわからない。
「とは言え放置して陣地を築かれても面倒なのは確か。つや姫様、牛一と長近をお借りしても?」
「え、ええ、それはかまいませんけど」
勝家殿の要請に、わたしは戸惑いつつも頷く。
本隊である勝家殿率いる一八〇〇は、ここから動かせない。
いくら対岸にいる一向宗が虚とは言え、こちらの本隊が動けば、その隙を突き、一気呵成に渡河してくることだろう。
そこでわたしの下河原織田家の手勢が、遊撃隊の任を担うことになったのだ。
それを借り受けたいという事だろう。
それ自体は全然問題ないんだけど……
「ありがとうございます。では早速、二人に命じてきます」
勝家殿は成経とは対照的にしっかりと一礼して、物見櫓を降りていく。
独り残されたわたしは、もう一度、勝家殿が当たりを付けた南西の方角に目を向ける。
たっぷり五分は凝視するも、危険が迫っているどころか、むしろただののどかな風景にしか見えない。
うん、やっぱり全然さっぱりまったくわからん!
これで、あからさま?
ほんとあの二人、いったい何を感じ取ってるんだ!?
ま、まあ別に、わたしは戦場で活躍したいとか全然思ってないし?
人間、得手不得手ってものがあるものだし?
ぜ、全然悔しくなんてないんだけどね!
別作品が昨日完結したので、その宣伝がてら、今回に限り火曜日更新です。
「孤高の王と陽だまりの花嫁が最幸の夫婦になるまで」
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