間話 天文一〇年一〇月上旬『鬼の葛藤』
柴田権六勝家は、尾張国愛知郡上社村を治める土豪、柴田勝義の嫡男として生まれた。
大永七年(一五二七年)のことである。
幼少の頃より体が人一倍でかく剛力であり、そして武芸の才に恵まれた子供であった。
そして彼自身、武芸を心から愛していた。
毎日のように槍を振り続け、齢一〇を数える頃には、大人たちも含め、村では彼に勝てる者は一人もいなくなっていた。
そのあまりの人間離れした身体の大きさと強さ、そして戦っている時の人の変わりように、村人たちは彼を畏怖した。
鬼子、と。
(まあ、俺自身、そう思うしな)
感じるのだ。
自分の心の奥底に、一匹の鬼が棲んでいる、と。
ただただ戦いを求め、戦いに血湧き肉躍る。
そんな自分が確かにいるのだ。
とは言え、そんな自分を別に嫌っているわけでもない。
この鬼の心と力はきっと、主君を、領民を守る力になると確信しているからだ。
だからむしろ好み、誇りにさえ思っている。
思っているのだが、一抹の寂しさを覚えていたのも事実である。
鬼の自分を見せれば、人々は恐れ、彼のそばから離れていく。
許嫁だった女も、自分にはいつも怯えていて、先日、別の男と駆け落ちしてしまった。
追う気にもならなかった。
仕方ない、と自分でも思うのだ。
家族でさえ、どこか自分に怯え、びくびくしているのだから。
唯一、そんな自分に怯えることなく、頼もしいと言ってくれたのが、現在の主君である織田信秀だった。
さすがは『尾張の虎』と言われる傑物であり、大した胆力だった。
「だと言うのに、まさか妹君までもとは」
思わず笑みがこぼれる。
勝家の『鬼』を見ても、すんなりその場で受け入れてくれるなど、信秀以外にはいないと思っていた。
だと言うのに、次に現れたのがたかだか七つの女の子とは……。
「案外、俺の思い込みだったのかもな」
草っ原に大の字になり、夜空を見上げてつぶやく。
両親にさえ距離を置かれた自分は、きっと誰とも親しい間柄にはなれないのだろう、とそう思っていた。
特に女性は難しいだろう、と。
事実、許嫁にも逃げられた。
だから結婚というものをどこか諦めていたのだが……
その価値観が、今日、根底から覆えされたのだ。
鬼の自分を見ても、あっさり受け入れ笑いかけてくれたつやのおかげで。
世界は広い。この夜空のように。
確かに、自分に怯える人は多いのだろう。
だが、つやのような図太い女も、他にいっぱいいるはずだ。
そう思えた瞬間、胸のつっかえがとれ、心がスッと軽くなったような気がした。