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第三二話 天文十二年三月下旬『安祥城』織田信秀side

 アシなどの抽水植物が繁茂する水面が、辺り一帯を覆い尽くしていた。

 その中にポツンポツンと土塁が三つほど、島状に浮かぶ。

 土塁の上には、それぞれ砦と思しき建物がそびえ立つ。

 松平宗家発祥の地にして西三河の要衝、安祥城である。


「相変わらず、なかなかに面倒臭い城よのぅ」


 簡易に組み立てた物見櫓から一望しつつ、信秀は苦笑する。

 水深こそ人の腰ほどであり渡れぬわけではないのだが、いざ城に近づこうとすれば、足を取られ進軍速度は大いに鈍る。

 その間、安祥城からは格好の矢の的となるという寸法だ。

 近づくことすら難儀を極める、まさに天然の要害と言える城だった。

 実際、先の第一次安祥合戦では、信秀は敵の三倍もの兵力を用意し攻め込んだが、ものの見事に返り討ちに遭い、手痛い損害を被ったものだ。


「まあ、ならばはかりごとで奪うまでよ」


 元々、信秀はそちらのほうが得手である。

 すでに布陣は完了し、安祥城はぐるりと四方を織田方に包囲された格好だ。

 そして高地である安祥城からは、この織田方の圧倒的な兵数が実によく見えることだろう。

 安祥に詰めた城兵は一〇〇〇弱との話だ。

 実に一〇倍以上の兵に、城兵たちもさぞ戦意喪失しているに違いない。

 そこにさらに追い打ちをかけるように、周辺の城主たちの裏切りを知らせる。

 本人を連れてきて、拡声器で投降を促させる。


 続けることすでに五日。

 もちろん、弟と嫡子を殺され、織田憎しで凝り固まっている城主松平張忠が、この程度で開城するとははなから思っていない。

 狙いは――


「守護代! 二の丸三の丸から笠が上がり、大手門、裏門ともに開きました!」

「ようやくか! まあ、長く保ったほうか」


 信秀はくくっと悪辣にほくそ笑む。

 笠とはこの時代の被りもののことである。

 それを掲げるのは、すなわち降伏を意味していた。


 本丸からは上がっていない。

 すなわち裏切ったのは二の丸、三の丸の者たちということになる。

 信秀の狙いは城主ではなく、最初から城兵たちであった。


 この時代、兵たちの大半は職業軍人ではなく、半ば無理やり徴兵した農兵たちである。

 少し上の士分の者たちにしたところで、城主の個人的な怨念に付き合って玉砕したくはあるまい。

 しかも城主は戦死した松平長家に代わり、一年前に着任したばかり。

 城兵たちとの間に、そこまで信頼関係を構築できてもいまい。

 そこに圧倒的戦力差で勝機はない、助けも来ないと痛感させた上で、自分たちに付けば命は保証すると訴えかければ、命惜しさの造反者が多数出るのはもはや自明の理と言えた。


「よし、刻は来た! 攻めかかれい!」


 信秀の号令とともに法螺貝が鳴り響き、織田方は一気呵成に攻めかかる。

 近づいても敵勢からは弓矢での応戦はない。

 つまり、こちらを騙し打ちするための偽りの降伏でもないということである。


 こうなればもう鎧袖一触がいしゅういっしょくだった。

 織田勢は武器を捨て無抵抗の二の丸を通過し、一気に本丸へと切り込んでいく。

 さすがに本丸は城主直属の兵たちが守るからか多少の抵抗はあったが、もはや衆寡敵せず。


「「「「「えいえいおー! えいえいおー!」」」」」


 一刻もせぬうちに、無数の織田木瓜が本丸にはためき、勝鬨が高らかに轟いてくる。

 こうして難攻不落の堅城と謳われた安祥城は、前回の激戦が嘘だったかのように、大した損害を出すこともなく、実にあっさりと信秀の手に落ちたのであった。


安祥城の縄張りはこんな感じです。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

下図のA以外の兵たちが降参し、織田勢を城内に招き入れました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まあ実際援軍がいつ来るかもわからない状態で十倍の兵に囲まれたら職業軍人でもしんどいのに一般兵は尚更ね…… あとは調略が順調に進んだ状態で奥地にあったはずの城が初戦となると「うちの大将大丈夫…
[一言] 松平宗家発祥の地にして西三河の要衝、安祥城である。 これ多分違うという、つっこみ多数あると思う。
[一言]  メガホンめちゃ使われてる(笑)
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