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第三話 天文十一年三月中旬『世間話』柴田勝家side

「つや姫様、お待ちを」


 会議を終え自室に戻ろうとしていたつやを、勝家は思わず呼び止めた。

 つやが足を止め、振り返る。


「なんでしょう?」

「その、す、少し話でも、と」


 少し言葉がたどたどしくなっているのが、自分でもわかった。

 頭にあったのは、信秀からの命であるつやを口説き落とせ、である。

 とは言っても、いきなり髪結い前の少女を口説けと言われても、とてもではないが自分にはできそうにない。

 とりあえずまずは話をする機会を増やすことにしたのである。


 ……そう決めたはいいものの、いざ声をかけるとなるとどうしても緊張してしまうのだが。


「お話、ですか?」


 少し意外だったらしく、つやが目を瞬かせる。

 だがすぐに何かを察したかのように頷き、


「それでは裏書院にてお聞きしましょう。あそこなら余人に聞かれる恐れはないかと」


 何か会議の場では話せない内密の話と勘違いされたらしい。

 まあ、状況的にそれも当然と言えば当然か。


「いえ、そこまで大げさなものではなく、ただちょっと世間話でも、と」


 とりあえず、勘違いは正しておく。

 ついでに言えば、そんな部屋で二人っきりでなど、とても話が続く気がしない。


「っ! 世間話ですか」


 ぱああああっとなぜかつやが嬉しそうに顔をほころばせる。

 女性はたわいない雑談が好きだとよく耳にする。

 つやもその例に漏れずそうなのだろう。


「正直、少々苦手で上手くできる自信はないのですが、ぜひやりましょう!」

「? 苦手なのですか?」


 それに苦手なのに乗り気というのもよくわからなかった。

 やはりこの少女は普通とは違うと感じる。


「ええ、ちょっと。会話を楽しむ事自体が目的のたわいない雑談、というのは少々苦手なのです。それを好む人たちを否定する気は毛頭ないのですけどね」

「なるほど」


 勝家もそうだったので、大いに共感するところである。

 用件は要点をまとめて簡潔に、かつ正確に、過不足なく伝え合う。

 それが勝家にとっての会話だ。


 だがそれをすると、すぐ話すことがなくなってしまうし、団らんの一時にはなかなかならない。

 そこまではわかったのだが、


「しかし先ほど、俺が世間話でも、と言ったとき、嬉しそうに顔をほころばせておりましたよね?」


 それだけがどうにも不思議だった。

 つやは頷き、


「ああ、それは普段そっけない猫があっちから寄ってきた時の……」


 そこまで言ったところで顔が引き攣り固まる。

 そして次の瞬間、


「あっ、す、すみません! 失言でしたー!」


 ペコペコと謝り始める。

 その様子に勝家もさすがに呆気に取られて目を丸くし――


「ふっ、ふふ、はははははっ!!」


 こらえきれず爆笑してしまう。

 スサノオの巫女として少女とは思えぬ神がかり的な言動をばかりを見てきただけに、今回のようなポカをするのがあまりに意外であり、だからこそ面白かったのだ。


「ははは、くくくっ、あー、いや、こちらこそ笑って失礼つかまつった」

「いえ、笑っていただけたほうが助かります」


 ははっとつやは乾いた笑みをこぼす。

 やらかしたと少し落ち込んでいるらしい。


 まあ、確かに失態と言えば失態である。

 たとえ話だというのはすぐにわかったが、面子を重んじる武家の男に、さらに言えばそれほどまだ親しくもない相手に猫扱いなど無礼と言わざるを得ない。

 ……得ないのだが、勝家は別に不快ではなかったし、なにより


「むしろ安心しました。貴女も人間なのだな、と」


 そう、逆に安堵と親しみを覚えたぐらいである。


「まあ。確かにそういう扱いを受けるのも仕方ないやもしれませんが……スサノオノミコト様からお知恵を拝借しているだけで、わたし自身は普通の人間ですよ?」

「ええ、それを先ほどの様子から実感しました」

「それ自体はありがたいのですが、失態からというのは少し複雑です」


 若干納得がいかないのか、つやはむぅぅと唇を尖らせる。

 そういう仕草は、年相応で可愛いと思う。


 思い返せば、熱田観光の折も、初めての光景に我を忘れてずんずん一人勝手に行ってしまったこともあった。

 ここ最近の神がかり的な活躍に目を奪われがちではあったのだが、こういうちょっと間の抜けたところもまた間違いなく彼女の一面なのだ。


「よいではないですか。それも愛嬌かと」


 人間、完璧すぎる相手には、どうしても気後れを感じてしまう。

 今回の一件でつやのことが少しだけ等身大に、近い存在に見えた勝家であった。



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