第二〇話 天文十二年七月上旬『古代羅馬の叡智』
「おおー、結構いい感じじゃない」
目の前に高々とそびえるコンクリートの壁を見上げ、わたしはうんうんと頷く。
と言っても、現代のコンクリートでは芸がない。
幸い、と言っていいのかどうかはわからないが、日本は国土は世界六一位という小ささなのに、火山の数は世界第四位という火山大国である。
実際、先年、織田弾正忠家に従属した水野家の領地には、大量の火山灰層が存在する。
つまりこの戦国時代でも作れるのだ。
古代ローマの叡智ローマンコンクリートが!
しかも、知多半島で強い勢力を誇る水野家とも縁を深めることが出来る。
あちらとしても、火山灰なんかを大量に買ってくれるのだから万々歳だろう。
まさに一石二鳥の良策だった。
「しっかし、我が目で見なければにわかには信じがたかったですぜ。焼いた石灰と火山灰に水、砂利を混ぜると固まって硬い石のようになる、ったあ……」
感嘆半分呆れ半分といった体で呟いたのは、岡部又右衛門だ。
コンクリートは建材だからね。
わたしは所詮、知識だけ。
実際の配合比率やら使い方を実務面で取り計らったのは、大工の彼である。
「便利?」
「ええ、すぐ固まるので慣れるまでが大変ですが、コツさえつかめば自由に大きさや形を決めれるということで、うちの連中にもいたく好評ですよ」
「それは良かったわ」
新しいものが、その時代の人に即座に受け入れられるとは限らないからね。
やっぱり時代や文化、それまでの慣習とかもあるし。
とりあえず、現場にも好意的に受け入れられてるならなによりである。
「その上、時間の経過で亀裂とかが入っても勝手に治るときた。さすが素戔嗚大神の知恵ですわ」
「っ!? か、勝手に治る!?」
「石がですか!? 生き物みたいに!?」
「いやいや、いくらなんでもそれはないでしょう」
浅野長勝、林弥七郎、滝川一益の新人三人組が信じられないとばかりに疑いの目を向ける。
まあ、これが普通の反応だろう。
わたし自身、前世でこれを知った時には「自己修復!?」と思わず目を疑ったものだ。
なんでも生石灰と火山灰を混ぜて作る際に、酸化カルシウムの小さな塊が生成されるらしい。
それが亀裂に入り込んできた水分に反応して結晶化して亀裂やひび割れを埋めるというのだ。
これにより、二一世紀で使われているコンクリートが耐用年数一〇〇年弱だというのに、二〇〇〇年近く経った今もローマンコンクリート建築は当時の姿を現代に残している。
こんなとんでもないものを二世紀には発明していたというのだから、古代ローマ人の叡智にはただただ驚愕するしかない。
だと言うのに、
「まあ、お前らの気持ちはわからんでもないだがな……」
「忠告です。この方のやることを常識でとらえようとしないほうがいい」
「そうそう、こいつに同意するのは癪だが、んなことしてたら顎がいくつあっても足りねえぜ?」
勝家殿、牛一、成経といった古参勢がかわるがわるにそんな事を言いだす。
あんたら、わたしのことをいったいなんだと思ってるんだ?
いくらなんでもそこまで非常識なことは……したかもしれないけど!
「まあ、さすがに即座にってほど妖術めいてはいねえですが、試しに割って置いといたら、半月も経たずにくっついていたっすよ」
「私もこの目で確認した。事実だ。鳳凰石はひとりでに修復する」
そこに又右衛門と秀隆まで追い打ちをかけてきて、
「す、すげえ! もう神がかってるじゃないですか」
「姫様は本当に素戔嗚の巫女様だったのですね!」
「実に興味深い。その神秘、是非、それがしも己が目で確認しとうござりますな」
……なんかどんどん深みにハマっていっているような?
ちなみに鳳凰石とは、ローマンコンクリートのことである。
わたしはちゃんと原名を使っていたのだけれど、馴染みない横文字でしかも長かったからか浸透せず、その性質や発案者がわたしということもあって、職人たちの間ではいつの間にやら鳳凰石と呼ばれだし、定着してしまったらしい。
「わたしが考えたわけじゃないからね? 素戔嗚尊様からお教えいただいただけ。わたしが凄いわけじゃないって」
ひとさまの手柄を横取りするのも忍びないので、せめてもの抵抗でわたしはそう念押しはするのだが、
「ご謙遜を」
「それだけのご器量を素戔嗚尊様に認められたということでしょう」
「実に奥ゆかしいですな。姫様はまっこと大和撫子でござる」
全然聞く耳を持ってくれる気配がない。
緊急避難的に素戔嗚の巫女を自称したんだけど、なんか最近はそのせいで変な誤解がどんどん広まってドツボにハマっていっているような?
わたしの現代知識にも限りがあるし、あんまり神格化されても後が怖いんだけどなぁ。
さすがにちと自己修復するというのは、センセーショナル過ぎたか?
でもなぁ、ローマンコンクリートって水害・塩害にも高い耐久性を誇るから、輪中である市江島の堤防兼防衛用の石垣として、これ以上ないぐらいベストな選択なんだよなぁ。
あっちを立てればこっちが立たず。
まっこと世の中というものは面倒くさいものである。




