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第十九話 天文十二年七月上旬『荷之上城代はホームシック』

「姫様、よくぞお越しになられました」

「三ヶ月ぶりかしら。久しぶりね~」

「ええ、お久しゅうございます。言い訳になってしまいますが、毎日目が回るほどに忙しさで清須に登城すらできぬ有様で、真に申し訳ございませぬ」

「ああ、謝らなくていいわよ、わかってるから」


 出迎えるなり頭を下げる川尻秀隆に、わたしは笑顔で返す。


 まずわたしが最初に訪れたのは、新領地市江島であった。

 何事もスタートアップは大変なものだ。

 しかも市江島は敵である一向宗との境目の地であり、また先の戦でわたしが嚢沙の計で少なくない被害を出した地でもある。

 そりゃ荷之上城を離れられないのも道理というものだった。


「うん、でも、元気そうで良かった」


 まじまじと秀隆を見つめ、わたしは安堵の笑みを浮かべる。

 城代である秀隆からは定期的に報告を受けてはいるんだけど、それを信用してないわけじゃないんだけれど、大丈夫じゃなくても大丈夫とか言っちゃうのが男の子だからね。

 でも、顔の血色はいいし、表情にも悲壮の色はない。これなら心配なさそうである。


「はっ、姫様こそご壮健そうでなによりでございます」

「よく食べて、よく寝てるからね」


 それが子どもの特権にして健康の秘訣である。


「はははっ、私はもうすでに姫様との食事が恋しゅうございますよ」


 苦笑いとともに、秀隆が肩をすくめる。

 おそらく定例の食事会の事を言っているのだろう。

 伊達政宗にならい、下河原織田家では主従間、家臣間での親睦を深めるために交代制で食事会を開いているのだが、そこでの食事が美味と家臣の間ではいたく評判なのだ。


「ふふっ、今日はゆきとはるも連れてきているから、夕餉ゆうげでは腕を振るわせましょう」

「是非!」

「何か食べたいものがある? 作らせるけど」

「っ! ではゆき殿の作る味噌汁を!」


 間髪入れずに秀隆が返してくる。

 普段、冷静沈着な秀隆には珍しい食いつきようである。

 しかもあえてご馳走ではなく、毎日でも食べれるものを指定してくるなんて、ね。

 本当に恋しくて仕方なかったっぽい。

 まあ、味噌汁はおふくろの味とか言うしなぁ。そういうものなのだろう。

 完全無欠に見えて、けっこう可愛いところあるじゃない。


「だってさ、ゆき?」

「ふふっ、承りました」


 わたしが振り返ると、自分の作る料理をここまで望まれて悪い気はしないのか、ゆきも嬉しそうに微笑んで頷き、


「ゆ、ゆ、ゆきはオラんだからな!」


 一方、旦那の岡部又右衛門はゆきを抱き寄せ、牽制するように叫ぶ。

 なかなかの慌てふためきようである。

 まあ、秀隆って思わずため息つきたくなるような美青年だからね。

 夫としては気が気でないのだろう。


「も、もう、恥ずかしいことしないでください」


 ゆきは旦那を押しのけるも、その顔はまんざらでもなさそうである。

 なんだかんだ仲のいい夫婦なのよねぇ。


「これは当てられましたね。夕餉を頂く前からご馳走様と言う羽目になるとは……」

「秀隆殿!?」

「うむ。日常の中にある何気ない美。これこそ粋というものですな。甘露甘露」

「一益殿っ!?」


 秀隆がニヤッと口の端を吊り上げからかうように言えば、一益も早速乗っかる。

 成経も楽し気に口笛を鳴らす。


「そうねぇ。どんなお菓子よりも甘いものねぇ。ちょっと胸やけしそう」


 当然、わたしも乗っからないわけがない、このビックウェーブに!

 親しい人間相手だと、隙あらばいじり倒したくなるのが、わたしの悪い癖である。


「も、もう勘弁してくださいまし」


 うん、でも顔を真っ赤にして恥ずかしがっているゆきの姿は、なかなかお目にかかれるものではない。

 これまた眼福かな眼福かな。


「夫婦円満で結構な事ではありませんか」


 牛一が生真面目そのものな顔で、さらに追い撃ちする。

 空気読んで言ってるならいいんだけど……うん、多分これ、本心からそう言ってるだけなんだろうなぁ。

 牛一、それ今言っても、ただの煽りにしかなってないからね?


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