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第十三話 天文十二年五月下旬『遠州征伐』

 遠江とおとうみ国――

 二一世紀における静岡県西部一帯を指した地名である。

 古代、天皇の住まう京から見て、琵琶湖を「近淡海ちかつあはうみ」と呼んだのに対し、浜名湖の事を「遠淡海とほつあはうみ」と呼んだのがその由来とされる。


 室町時代初期には、現尾張守護でもある斯波家が治めていたが、応仁の乱後、駿河守護であった今川家が侵攻し領有していたのだが……

 今川家現当主、義元とその庶兄玄広恵探との家督争い、花倉の乱の余波により遠江に根を張っていた堀越家や井伊家が離反、ここ数年は内乱状態となっている。

 さっさと鎮圧したいところであったが、東の難敵、北条家と手を結んでおり、安易に兵を動かすこともできない。

 義元としては忸怩たる思いを抱えていたのだが……


「機は熟しました。今こそ見附みつけ城への出兵の時かと」

「ほう、ようやくでおじゃるか」


 腹心である太原雪斎の進言に、義元は獰猛な笑みを浮かべる。

 見附城は造反した堀越家の居城にして、古代から遠江国の国府が置かれた重要拠点でもある。

 遠江を平定する上で、是が非でも押さえておきたい地であった。


「はっ、既に北条は拙僧の戦略通り、北に上杉、東と南に里見、西に我ら今川と武田を抱え、四面楚歌の状態にあり、到底我が領に兵を進める余裕はありませぬ」

「その上、我らと武田は同盟しておるからのぅ」


 義元の正室は、甲斐武田家の当主、晴信(信玄)の姉であり、親族関係にある。

 また晴信が当主となる際には一悶着あったのだが、父信虎の追放に手を貸し、また昨年は諏訪家、高遠家との戦いにも援軍を派遣するなど、恩も売ってある。

 万一、この駿河に北条が攻め込んできたとしても、約定に従い援軍を派遣してくれるはずであり、守りは万全と言えた。


「然り。一方、西に目を向ければ、先の織田包囲網にて戸田、牧野、松平とは盟を結び、共闘関係にあります」

「つまり、井伊家の動きを封じられる、というわけでおじゃるな」


 頭の中に地図を思い描きつつ、義元は言う。

 井伊家の拠点、井伊谷は牧野家の領地から目と鼻の先である。

 さらに言えば、松平家は先ごろ、西の織田家とは一年の停戦条約を結んでおり、兵を東に差し向ける余裕がある。

 そんな状態では到底、井伊家は見附城に援軍など出せる余裕はない。

 すなわち――


「御明察の通りです。堀越は孤立無援。もはや我らに抗する力はございませぬ」

「で、おじゃるのぅ」


 義元はニッと口の端を吊り上げ、パァンと手に持っていた扇子で膝を叩く。

 つくづく、この男が敵でなくて良かったと義元は思う。

 戦場だけではなく近隣情勢まで網羅し、戦略的に敵の力を削ぎ、真綿で首を締めるように身動きできなくさせていく。

 思えば花倉の乱の時も、織田包囲網の時もそうだった。

 その手腕にはただただ舌を巻くしかない。


 この男に任せておけば、万事が上手くいく。そんな全幅の信頼とともに、義元はスッと扇子を持ち上げ、雪斎に突きつける。


「よかろう! 出兵を許可するでおじゃる。遠江を平定してまいれ!」


 かくして今川家は太原雪斎を総大将に遠江へと出兵する。

 数度の交戦を経て、堀越家と井伊家は衆寡敵せずと早々に降伏。

 わずか一ヶ月足らずで遠江を再び我がものとしたのである。

 そしてそれは、織田家が触手を伸ばす三河への派兵が可能になったことを意味していた。


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― 新着の感想 ―
滝川一益繋がりで親類甲賀衆、前田慶次を筆頭に有能な一門衆、一粒で幾つも美味しい、海沿い領地から雑賀衆、海賊衆と繋がりを広げていけば、真珠、捕鯨、製塩、網漁、夢が拡がりますなー 
第三者として見ますと、良く言えば有能な者に全幅の信頼を置いている。けど太原雪斎が亡くなったら義元は独力で今川家を動かせるのか?と思ってしまいます。 才能ある者が経験を積み今川王国の立役者となりましたけ…
しつけーなぁ。このポンコツ和尚と麻呂はwww コッチにゃつやちゃんと愉快な仲間たちしか居らへんねんぞwww(笑)
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