第十二話 天文十二年五月中旬『風雅の神髄』
「こ、これは……っ!?」
驚きを露わにする一益に、わたしはしてやったりと笑みを零す。
その皿に、すっかり見惚れているようだった。
「お菓子の盛り合わせよ」
「これが菓子……なんとも面妖な……」
そう、その皿に盛りつけられたのは、いちごショートケーキにスフレチーズケーキ、はちみつ掛けホットケーキ、プリン(サクランボ乗せ)、クッキーとどれもこれも戦国時代にはないお菓子である。
まさに豪華絢爛! 贅沢な詰め合わせそのものであったが、
「ですが、某が最も驚いたのはそちらではござりませぬ。この皿そのものでござる!」
一益は皿をがしっとつかみ、まじまじと穴が開かんばかりに凝視する。
その感動を表すかのように、体がわなわなと小刻みに震えていた。
「黒一色! 模様などもなく、一切の虚飾を排し地味そのもの。だがそれこそが素晴らしい! 黒だからこそ、五色の菓子の鮮やかさが存分に引き立てられている。対極の調和、ただただ見事と言うしかないっ!」
これでもかというぐらいの大絶賛である。
そこに気付くとは、なかなか目の付け所がある。
またそこまで褒められると、わかってもらえてる感があってわたしも気分がいい。
わたしは満足げうなずいて言う。
「わたしがお抱えの職人に作らせた逸品でね。瀬戸黒って言うの」
「せ、瀬戸黒……でございますか。ここまで鮮やかな黒は初めて目にします……」
一益が圧倒されるのも、無理はなかった。
瀬戸黒は、天正年間(一五七三年~一五九二年)に登場した製作技法で、実に今より三〇年以上も未来のものなのだから。
鉄釉を掛けた陶器を高温で焼いている状態で窯の外に取り出し、急冷させることで現れる艶やかな黒が、瀬戸黒の特徴である。
まあ、実際の瀬戸黒は茶碗ばかりで、大皿なんてないんだけど、そこはご愛敬。
だってわたしはこれでお菓子が食べたかったんだ!
一益も言ってたけど、この黒がお菓子の華やかさを一層引き立て、目に楽しく食欲をそそらせると思ったからね。
「菓子だけというのも重たいでしょう。茶をたてて進ぜます」
言って、わたしは同じく瀬戸黒の茶碗を取り出し、柄杓でお湯を注いでいく。
茶碗を温めたところで一旦、そのお湯を捨て、お抹茶の粉末とお湯を改めて注ぎ、茶筅でかき混ぜる。
最初から膳の中に茶を置いておけばそれで事足りると言えば足りるのだが、それではあまりに風情がない。
当主であるわたし自ら茶をたてることからこそ、真心が伝わるというものだろう。
「どうぞ」
丁度いい感じに混ざったところで、スッと一益の方に茶碗を差し出して置く。
「お点前頂戴いたします」
一礼して、一益が茶碗を手に取り目の高さまで持っていく。
「おおっ……」
彼の口から感嘆の声が漏れる。
間近で見る瀬戸黒茶碗の見事さに感じ入っているようだった。
茶碗をゆっくりと回し、しみじみと見入っている。
確か利休が完成させた茶の湯では茶碗を三回ほど回してから飲むのが作法となっているが、さすがに一益がそれを知る由もない。
ただただ茶器の見事さを堪能したかっただけだろう。
(ふふっ、しかしここまで完璧に計算通りね)
わたしは内心で、ほくそ笑まずにはいられない。
滝川一益って、甲州征伐の恩賞として、信長から上野一国と信濃二郡を与えられた際、領土よりも茶器『珠光小茄子』を与えられなかった事を大変悔しがったという逸話が残るほどの数寄者なのだ。
好きだから得意になる、と言うことも多いけど、一方で下手の横好きなんて言葉もあるように、得意なものと好きなものが違う、なんてのもまた人間あるあるだったりする。
一益はおそらく、そういうタイプなのだろう。
そして、心から打ち込める趣味が見つからず、毎日が退屈で、飢えていたといったところか。
逆に人間、全身全霊で打ち込めるものがあれば、それだけで日々に彩りが生まれ、人生が充実するものである。
だから未来を知るわたしは、提示してあげたのだ。
彼が心から打ち込める趣味を。
すっかり夢中であり、どうやら上手くいったようでなによりだった。
「では……」
しっかりたっぷり見物した後、一益は一口すする。
「けっこうなお点前で」
そう口にしたものの、そこに先程までのような心からの感嘆はない。
まあ、それはそうだろう。
一益は土豪の出身だ。抹茶ぐらいどっかで飲んだこともあるだろう。
特段代わり映えもせず、そこに感動などあるはずもない。
「ぜひ、お菓子と一緒に味わってください」
「はっ」
頷き、一益は一旦茶を置き、フォークを手にスフレチーズケーキの先っぽを切り取り、口へと運ぶ。
「むっ!?」
瞬間、カッと目を見開き、
「なんと濃厚な……それでいて食感はふわっとしていて軽く、実に不思議な……しかし、美味いっ!」
どうやら気に入ってもらえたようであった。
このスフレチーズケーキははるに作り方を教えて、二年の試行錯誤の末に出来上がったなかなかの傑作である。
現代でもチェーン店のスフレチーズケーキなどは、軽い食感はあれどその分、濃厚さが失われどこかスカスカした感じがあることが多いが、はるのはそんなことはない。
味は重たく濃厚でありながら、食感はふわっと軽くクリームチーズの酸味も程よく効いて、後味がすごく良いのよね。
普通に二一世紀の人気店と比べても遜色なしの味!
それを色々、不便な戦国時代でやってのけるなんて、やっぱはるってお菓子作りの天才と言うしかない。
わたしは本当にいい家臣を持った!
「いや、本当に美味い! 天上の甘露とはまさにこの事かと!」
もう一口、二口と次々と食べていくあたり、本当に気に入ったらしい。
チーズケーキにもニューヨークとかベイクトとか種類があるけれど、実はスフレチーズケーキは日本発祥だったりする。
地産地消、だからこれが一番日本人の舌に合う可能性が高いというチョイスだったのだが、うまくハマったようだった。
ちなみに実は数あるケーキの中でも、わたしはスフレチーズケーキが一番好きだったりするので素直に嬉しい。
やはり同好の士ってだけで、好感を持てるものである。
「ふふっ、抹茶と合わせても美味しいですよ」
「ほう? では……こ、これは……っ!?」
三度、一益が目をカッと見開き、
「っ!?」
え、えええ!? な、なんかぽろぽろ泣きし出したんですけど!?
いや、チーズケーキの濃厚な甘さと、お茶の渋さはもう最高のマリアージュであることは言うまでもない事だけど、そこまで感動する!?
「素晴らしい。ただただ素晴らしいの一言に尽きます」
コトリと茶碗を膳に置いてから、膳全体をまじまじと眺めつつ、一益はしみじみと言う。
どうやら彼なりに深い納得があったのはいいことなんだけど、こっちは正直ついていけない。
「スフレチーズケーキと抹茶の組み合わせ、そんなに良かった?」
「いえ。ああ、確かにその二つの組み合わせは最高! 至高でございましたが、某が感動したのは別の所でござる」
「へえ?」
いったい何にそこまで感動したんだ?
興味津々に、わたしは続きを促す。
「茶会には以前、京の公家に作法を習い、幾度か参加したことがございます」
「ええ」
「本日の茶会、ししおどしにしろ、瀬戸黒にしろ、すふれちーずけーきにしろ、型破りもいいところでござった。京の公家などは不調法と怒って席を立つ者さえおるやもしれませぬ」
「ははっ、まあ、そうかもね」
とにかく伝統の形式や作法を守れ! という者は多い。
そういう者たちからしたら、わたしのもてなしは、さぞ無礼千万に映ったことだろう。
「ですが、某からすれば彼らの茶会のほうが、全く心惹かれるものではござりませなんだ。形式や伝統に凝り固まり、上辺ばかりで肝心の中身がない。有名無実で、正直寒々しいものでしかなかったでござる」
なかなかに酷評である。
だが、わからないでもなかった。
受け継がれてきた形式や伝統をそのままやることに固執し、なぜなにどうしてそういう形になったのか、そこにどういう想いが込められていたのか、そういうことを思いを馳せず、ただその上っ面の形式をなぞるだけになってしまっている、なんてのは全部が全部とは言わないが、二一世紀でもよく見る光景だった。
しかし、それでは画竜点睛を欠いてしまうのだ。
「さりとてそう言う某にも、その肝心の中身とは何なのか、具体的に何が欠けているのか、皆目見当もつきませなんだ。それが今日、やっとわかった気がします」
「へえ?」
「月並みではございますが、相手をもてなす心そのものだったでござる。今日の茶会、某の心を安んじよう、楽しませようという姫様の御心を随所から感じました。瀬戸黒も素晴らしくはありましたが、それ以上に、もてなしの心とは、これほどまでに美しく尊いものなのかと感銘を受け申した次第」
「そ、そう……」
想定外のべた褒めに、わたしはちょっと引き攣り気味に返す。
え? そっち?
一益の興味って茶器や風流じゃなかったん?
確かにそりゃ楽しんでもらおうと色々心砕いたけどさ。
あーでも、かの千利休は茶の湯の神髄をおもてなしの心って喝破してたし、それが「粋」だったってことなのかな?
瓢箪から駒が出るとはこのことを言うのかもしれない。
「はなはだ型破りなれど、これぞ真の作法、真の風雅。ああ……某が求めていたものは、これだったのだと感服いたしました。我、終生の師を得たり。改めて、これより誠心誠意、仕えさせて頂きます」
はいっ!?
なんかいきなり師匠扱いされたんですけど!?
ま、まあ、結果オーライ?
でも、な~んか高評価されすぎてて後が怖いような……
兎にも角にも、こうして我が下河原織田家に頼もしき家臣がまた一人加わったのである。
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