第五話 天文十二年四月上旬『仕事とは有能に集中するものである』
書籍1巻発売カウントダウン!
三日前!!
すでにamazonなど各種ネット書店では、電子版、紙版、どちらとも販売開始しております。
https://amzn.to/41H5wfK
「ふぃぃぃぃ、つっかれたぁ!」
家臣たちへの論功行賞が終わり、わたしは奥座敷に引っ込むなりぐでぇっと大の字に寝そべる。
格式ばった雰囲気も、大勢の人前に出るのも、あまり面識のない人と社交するのも、正直、あんまり好きではないんだよなぁ。
だというのに、今生は次から次へとそういう場所に引っ張り出される。
劔神社の舞台で士気高揚の為に踊らさせられて、戦後は織田弾正忠家のと下河原織田家のとで二回、論功行賞で人前に立ってしゃべらせられて。
さらに、挨拶願いが山ほど舞い込み、予定は二カ月先まで満杯。
ほんっとーに勘弁してほしい。
「もう隠居してこの屋敷の奥座敷に引きこもっていたい」
切実に、心から切実にぼやく。
わたしは出世するつもりなんてさらさらなく、ただちょっとずつでも生活の快適さを向上していけたらって、そう思ってるだけなのに。
いったいどうしてこんな状況になってしまっているのか!?
ああ、うん、まあ、心当たりは一つしかないけど。
「はははっ、それは守護代様が許してくださらないでしょうな」
「……でしょうね」
じぃの言葉に、わたしは天井を見上げながら、げんなりと嘆息する。
全ての元凶、現尾張守護代こと織田信秀は、わたしの実兄にして直属の主君である。
尾張五七万石、三河碧海郡九万石、額田郡、賀茂郡の一部を領し、ざっとその領土は七〇万石ほど。
そして昨年、津島湊、熱田湊から上がった津料は五〇万貫文を超え、これはだいたい五〇万石の税収分に相当する。
つまり、今や実質百万石を越える大大名!
一城の城主に過ぎない身からそれほどまでに成りあがった稀代の傑物であり、政略・謀略の達人であり、心から尊敬もしてはいるんだけど……
とにかく人遣いが荒く、その上わたしを出世させたがるのよね。
他の家臣たちに示しがつかないとか言って。
確かに当主としては正しい姿勢なのかもしれないけど、おかげでこの有様である。
「でもまあ、せめてしばらくはゆっくりしたいかなぁ」
尾張防衛の総大将の大任に、嚢沙の計で奪った命に対する罪悪感、信光兄さまの早すぎる死……。
色々、本当に色々、立て続けにありすぎた。
さすがにちょっと、心を休養させる期間が欲しいところである。
「そうして頂きたいのは山々なのですが……」
そんなわたしのささやかな願いすら打ち砕くように、じぃが申し訳なさげに乾いた笑みをこぼす。
「うぇぇ!? まだなんかあるのぉ?」
心底いやそうに、わたしは問う。
もうまじで勘弁してほしいんですけど。
「三七六〇貫も知行が増えましたからな。新たに人を雇わねば、とても人手が足りませぬ」
「あ~……そういやそういうのもあったかぁ」
単純計算で領地が倍以上になっているのだ。
そりゃそうなるよなぁ。
要衝中の要衝である荷之上城を誰に任せるかで頭がいっぱいで、すっかりその辺のことを失念していた。
「もう全部、じぃたちに任せてしまいたいんだけど……」
さすがにもうわたしのМPは〇だっての。
これからまた初対面の人間と言葉を交わしまくるとか、考えただけでゾッとする。
「そういうわけには……牛一、長近、秀隆と、姫様は人を見る目も神がかっておりますからなぁ」
我が下河原織田家の出世頭四天王の内、三人だった。
そういや確かに三人とも、わたしが積極的に採用を決めてたっけ。
「下柘植の小猿、木猿親子も、先の戦では実に良い働きをしてくれました」
その二人も、わたしがわざわざ伊賀から名指しでスカウトして呼び寄せた者たちだった。
全員、単に先の歴史の知識があるから、名前だけで有能だって判断できるだけなんだけど、じぃからしてみたら、確かに凄い慧眼に見えるのだろう。
「生き馬の目を抜くようなこの戦国乱世、優れた人材を得られるかどうかは、お家の存亡に関わりまする。お疲れとは思いますが、是非ともお力添え頂きたく」
「……はーい」
実質的に我が下河原織田家を取り仕切ってるじぃにここまで言われては、さすがに引き受けざるを得なかった。
まあ実際、じぃの言う通り、人材って大事なんだよなぁ。
戦国最強と名高いかの武田信玄公も、「人は城、人は石垣、人は堀」なんて言ってるし。
ここで下手に手を抜いて逸材を逃したりしたら、それがわたしの人生の分岐点だった、なんて事にガチ目になりかねないしなぁ。
しゃあない、もう一踏ん張りするとしますか!