第四話 天文十二年四月上旬『鳳凰槍』
「功一等、佐々成経!」
「おうっ!」
清須城三の丸にあるわたしの居館、通称『鳳雛殿』の大広間にて、先の戦いの論功行賞が行われていた。
立ち上がった成経に、羨望の眼差しが集まる。
まあ、先の清須の戦いに引き続きの功一等だからね。
そうそう出来る事ではない。
若い連中にとっては、やはり憧れの存在なのだろう。
「先の戦いでの働き、実に見事! そなたを荷之上城城主に任ずる! またそれに伴い、これまでの知行を召し上げ、代わりに市江島に一〇〇〇貫の知行を与えます」
「「「「「おおおおおっ!!」」」」」
家臣たちから歓声が巻き起こる。
わたしの臣下からは、初めての城持ちの出現だからね。
知行一〇〇〇貫(一億二〇〇〇万円相当)の大台に乗ったのも初。
そりゃ皆、興奮もするというものだろう。
「これで俺も一城の主、か」
成経もニッとまんざらでもなさげに口の端を吊り上げる。
でも喜んでいるところ悪いんだけど、
「ただし、そなたにはわたしの近侍として、そば近くに控えてもらわねばなりません」
「……へ?」
成経が間の抜けた声を上げる。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔な成経を無視してわたしは続ける。
「よって代わりに、荷之上城には川尻秀隆を城代として派遣することとします」
これがわたしの思いついた『八方丸く収める妙案』だった。
やっぱり年功を経てる者や武功を上げてる者を差し置いて、若く実績もない者を大抜擢する前例は、組織運営的には諸刃の剣となり得る。
組織が屋台骨から傾いているのならともかく、今は順調そのもの。
そこで最も功績を挙げている成経を城主に据え、ちゃんと知行も与え、その下のあくまで代理として秀隆に実権を与えることにしたのである。
これなら不公平感もかなり減るはず!
「そ、そ、そりゃねえよ、姫さん!」
まあ、成経にはちょっとだけ可哀想なことをしちゃったけど、ね。
城持ちは武で身を立てようという者たち全ての夢と言える。
やっと念願叶ったというのに、名ばかりではそりゃ納得いかないのも無理はなかった。
上げて落とされたのだからなおさらだろう。
「成経! 式の最中であるぞ。礼儀をわきまえい!」
「だ、だってよぉ、親父ぃ」
「だってもへちまもない! 此度の戦で姫様の名声はさらに高まった。それはより危険も高まるということじゃ。姫様の安全こそ我が下河原織田家の、否、織田宗家の最重要事項とさえ言える! それほど大任である。武士の誉れであろう!」
「そ、そりゃ確かにそうかもだけどよぉ……」
じぃの一喝にも説得にも、成経はなお渋る様子を見せる。
まあ、そう簡単には諦めきれないか。
男の子だもんなぁ。
とは言え、それも想定の範囲内である。
「ふーん、じゃあ、馬廻先手衆筆頭を、秀隆に譲る?」
変えるつもりは毛頭なかったけれど、わたしはあえてそんなことを言ってみる。
「えっ!? いや、それは……」
想像通り、途端に成経がしどろもどろになる。
馬廻先手衆の戦闘力、機動力、そして何より様々な戦局に対応できる臨機応変性は、長たるこいつが一番よくよくわかっているのだ。
下手に城主をやるより、よっぽど戦場の花形を務められる可能性がある、と。
武士であることにこだわる成経としては、さすがにその美味しいポジションを失いたくはなかったに違いない。
「でも、平時におけるわたしの周辺警護が、馬廻先手衆の役目よ? 荷之上城主との兼任は無理でしょう?」
「うっ、た、確かに」
よしよし、うろたえてる、うろたえてる。
ここが勝負所か。
「後その筆頭には、我が下河原織田家一の勇士の証として、近々朱金の槍を授けようって思ってたんだけど、そっか。じゃあ、それは秀隆に……」
「ま、ま、待ったぁっ!」
わたしの繰り出した切り札に、成経が慌てて手のひらを突き出して制止してくる。
「そ、そんな話、聞いてねえっすよ!?」
「今、初めて言ったからね。前々から考えてはいたんだけど」
嘘である。
昨日、じぃとの話し合いで思いついた即興の案である。
ちょうど先日、熱田の商人の頭取を務める加藤順盛が訪ねてきて、二代目兼元、通称、関の孫六の槍を購入したので丁度いいや、と。
関の孫六と言えば、江戸時代の刀剣格付において最上大業物十二工に位置付けられた稀代の名工である。
その逸品をさらに柄を朱に塗り直しちょっと金粉をまぶして特別感あるアイテムに仕立て、我が下河原織田家一の勇士に与えられる象徴という体にしてやれば――
「家中一の座も、その槍も、他の奴に渡すわけにはいかねえっすね!」
よし、案の定、釣れた。
すっかり乗り気である。
まったく単純で可愛い奴め。
お前ならきっと城主なんかより、家中一の勇士をとると思っていたぞ。
ただまあ、うん、成経を納得させるためのただの方便でしかなかったんだけど……
わたしの世間の呼び名は「鳳雛」。
鳳凰は一般的には朱と金で表される。
この槍が『鳳凰槍』と呼ばれ、『猛将』佐々成経の代名詞となっていくのは、もう少し後の話である。