第三話 天文十二年四月上旬『帯に短したすきに長し』
「それはそれとして、荷之上城を誰に任せるべきか……ね」
眉間にしわを寄せつつ、わたしはうなる。
先日、大きな戦をしたばかり、万単位の被害を与えた一向宗と目と鼻の先の城である。
当然、相当に恨まれてもいるだろうし、いつまたぞろ戦になるかわかったものではない。
繰り返しになるが、相応の者でなければ任せられないのだ。
「ふぅむ、既存の領地は統治も順調ですし、金森長近あたりに任せても問題ないでしょう。新領地のほうはそれがしが出張りましょうか?」
顎髭を撫でつつ、じぃが言う。
確かにじぃの身代なら家臣たちも納得し、文句の一つも出ることはないだろうけど……
「それは駄目。じぃは我が下河原織田家の大黒柱じゃない。ぜぇぇったいに清須城の近くにいてもらわないとわたしが困る」
これはお世辞抜きで、ガチな話でそうなのだ。
国境沿いの城となれば、当然、城主は危機管理上、そう頻繁に居城を離れるわけにもいかなくなる。
となれば必然的に、清須城に出張ってもらうことも難しくなる。
けど、我が下河原織田家って本当に若い連中ばっかりで、じぃがいなくなったら、それこそ家臣たちがまとまらず、空中分解して家中の空気最悪なんてことにもなりかねない。
人に言うことを聞かせたりまとめたりするには、貫禄ってやつが必要不可欠なのだ。
ただでさえうちって一癖も二癖もある奴が少なくないし、ね。
他の連中では、わたしも含めて重みが足りなすぎるのだ。
もっと言えば、年も年だし、ね。
新領地とかであまり無理させず、温泉に毎日浸かれる清須で日々養生して、少しでも長生きしてもらわないと。
「はははっ、そこまで見込まれては姫様のおそばを離れるわけには参りませぬなぁ」
じぃがにんまりと相好を崩す。
まんざらでもなかったらしい。
だがすぐにその表情を引き締め、
「ですが……では荷之上城は誰に任せるのです?」
「……難しいところだけど、現状、長近か秀隆のどちらかかなって思ってる」
「なるほど……」
ふむとじぃが難しい顔で頷く。
金森長近は、とにかく空気を読むことに長け、人間関係を円滑に保つのがすこぶる上手い。
気難しい成経や牛一とも、良好な関係を築けていることからもそれはうかがえる。
ただ、いわゆるリーダーとしては調整型の人材であり、実務能力的には特段秀でているとは言い難い。
決断力に欠けるという面もあり、最前線かつ輪中という統治の難しい城を任せるには一抹の不安が残るのよね。
一方の川尻秀隆は知においても勇においても我が下河原織田家で一、二を争う、つまり総合力においてはダントツ一位の完璧超人なんだけど……
「資質的には秀隆が適任なれど、もう少し目立った手柄が欲しいところですなぁ」
「そうなのよねぇ」
じぃの評に我が意を得たりとわたしは頷く。
成経は清須の戦いでは敵大将織田達勝を捕らえ、斯波家の御曹司岩竜丸様を保護するという大功を上げ、市江川の戦いでも、敵の作戦を見抜き、敵将服部友貞を討ち取り上陸を阻止するという値千金の戦果を叩き出している。
牛一も清須の戦いで成経の補佐として大功を上げており、市江川の戦いでも、遊撃隊長として敵の侵攻を水際で食い止め続けてくれた。
長近も清須の戦いでは偽装退却する際には兵たちを上手くとりまとめ、市江川の戦いでは荷之上城攻略の足掛かりとなる陣地の構築を見事成し遂げている。
この三人に比べると、秀隆は実績面で見劣りするのは否めないんだよなぁ。
「そしてやはり、城主に牛一の名は上がりませんか」
「……そうね」
じぃの言葉に、わたしはハァッと重々しい溜息をこぼす。
太田牛一は弓の達人であり、冷静沈着でありながら決断力にも富み、将として申し分ない逸材である。
小姓衆筆頭を務める我が下河原織田家の幹部であり、武功も上げており、順当に考えれば、彼をまず城主に据えるべきではあるんだけど……
「彼では配下をまとめられないから、ね」
「ですなぁ」
わたしの言葉に、じぃも苦々しげに同意する。
長近とは対照的に、牛一は空気が読めない。とにかく読めない。
どんな時にも容赦なく愚直に正論を振りかざす。
まあ、そういう人間も組織に一人ぐらいは必要不可欠ではあるのだが、得てしてそういう人間に人は付いていかないものである。
実際、小姓衆の筆頭を務めさせてはいるものの、部下の小姓たちからの評判は決してよろしいとは言えない。
わたしやじぃ、長近がそれとなく取りなしてるからなんとかなっているものの、一〇人かそこらでこの有様では、戦略上の要衝などとても預けられるものではなかった。
「成経には智が足りず、牛一には仁が足りず、長近には勇が足りず、秀隆には功が足りず。どいつもこいつも帯に短したすきに長しですなぁ」
やれやれとじぃは首を振る。
なかなかに辛辣な評とは思ったが、一方で実に言い得て妙な評でもあった。
やはりこの辺は年の功なのだろう。
「ふむ、しかしそうなると、それがしとしては秀隆を推したいところですな」
「へえ」
わたしは思わず目を瞠り、
「理由は?」
「力量的にはやはり彼奴が一番適任ですから。疑問の声も、そう遠くない内に実力で黙らせられるでしょう」
「なるほど……最初は針のむしろかもだけど、頑張ってもらうしか……あっ! そーだ!」
言いかけたところで、わたしはある案を思いつき、パチンと指を鳴らす。
うん、うん。
多分これが一番、八方丸く収まりが良いのではないだろうか。