主要登場人物紹介その2(他国編)
〇斎藤家
・斎藤道三
下剋上で美濃(岐阜県)の国主となった乱世の梟雄。
様々な仮面を使い分け、人心を操る謀略家。
娘婿の信長の事をいたく気に入り、自らの後継者として鍛え上げようとしている。
尾張の織田信秀とは同盟関係にある。
〇今川家
・今川義元
駿河・遠江の二ヵ国の守護を務める太守。
花倉の乱、河東の乱で弱体化した今川家を盛り返す為、着々と力を蓄えている。
いずれ京に昇り、征夷大将軍に任官する大望を抱いている。
・太原雪斎
今川義元の腹心。
軍事・政治・外交全てに辣腕を振るう今川家の宰相。
先の織田包囲網を水面下で画策、信秀の三河侵攻を見事阻んだ智将。
〇松平家
・松平広忠
松平家の若き当主。後の徳川家康の父。
安祥松平家の者がしばしば受け継ぐ、獰猛な気性の荒さを持つ狂暴な男。
(清康/家康/信康/忠輝など)
偉大なる父、清康へのコンプレックスがあり、俺もという想いが強い。
矢作川の戦いにて、織田信光を討ち、織田軍を追い払い、「三河の鷹」と呼ばれるようになる。
・阿部定吉
命を狙われる危険があった幼い広忠を匿い、大罪人の汚名も覚悟で伊勢国へと逃れた忠義の士。
今川家の支援を取り付け、主君広忠の岡崎城帰還、松平家の当主奪還に尽力し、今や松平家の大黒柱とも言うべき重臣。
・長坂信政
松平家随一の猛将。
痩せぎすで不吉なオーラをまとう死神のような男。
血鑓九郎の異名を持つ槍の達人であり、後の東国無双、本多忠勝の槍の師匠とも言われる。
【以下、未登場ながらこの時代の有力者たち】
〇朝廷
・後奈良天皇
応仁の乱より始まる戦乱で、窮乏を極める今生天皇。
天皇が即位後に行う一世一度の祭儀である践祚大嘗祭を行えない事を憂いている。
一方で金銭による官位任命は断固拒否する清廉な硬骨漢でもある。
〇室町幕府
・足利義晴
室町幕府の第12代征夷大将軍。大永元年(1521年)から在位。
就任前後から、将軍の座を巡って弟の足利義維と争い続ける。
結果、就任以来、ずっと京以外で幕政を執り仕切っていた。
天文三年(1534年)、ようやく入京する。
だが最近は水面下で、大きな火種が燻っているようで……
・足利義輝
義晴の嫡男。
幼名は菊幢丸。現在、数え八歳。
子どもながら、身体能力の高さは群を抜いている。
後の室町幕府第13代征夷大将軍。
〇細川家
。細川晴元
細川京兆家17代当主。
山城国・摂津国・丹波国・讃岐国・土佐国守護。
宿敵の細川高国を大物崩れで自害させ、畿内に幕府の重鎮として君臨している。
だが、人望はあまりなく、家臣たちの反乱が相次いでいる。
・三好長慶
細川晴元家臣。
だが、父が任官していた河内十七箇所の代官になることを受け入れてもらえず、主への不満がくすぶっている。
先年(1542年)、太平寺の戦いにて、10年もの間、畿内で権勢をふるっていた木沢長政を討ち取り、その名を天下に轟かす。
織田信秀から晴元に献上した鷹を与えられ、可愛がっている。
・松永久秀
三好長慶家臣。
後に天下の大悪党と言われる漢だが、まだこの時点では無名の人物。
主君である長慶にはすでにその類まれな有能さを認められ、重用されている。
太平寺の戦いにも、従軍している。
〇六角家
・六角定頼
六角家14代当主。
室町幕府管領代、近江国守護。
足利義晴の将軍就任、入京に尽力し、その働きから管領代の役職を与えられた。
北近江の浅井久政を従属させ、伊賀を実質上の支配下に置き、北伊勢にも触手を伸ばし、領土を拡張させている。
織田信長が行ったことで有名な楽市楽座を創始し、また家臣たちを居城の城下町に住まわせ、居城のある観音寺を一大商業都市に成長させた。
六角家の最盛期を創り上げた名君。
〇北畠家
・北畠晴具
伊勢国国司北畠家の第7代当主。
志摩国をほぼ制圧、大和国や紀伊国にも侵攻し、その一部を支配下に置くなど、彼の代で北畠家は大きくその領土を広げた。
古今の芸能にも通じた文武両道の名将である。
〇一向宗
・本願寺証如
浄土真宗本願寺派第10世宗主・真宗大谷派第10代門首。
享禄の錯乱において政敵を失脚させ、加賀にまで影響力を持つようになった。
足利義晴、細川晴元と激しく争い、多額の賠償金を支払うことになり、以降、厭戦派として、畿内の争いから距離を置いている。
・願証寺証恵
先の願証寺御院。
欲に目がくらみ、織田領に攻め込むも、つやの策で撃退される。
数万の被害を出し、責任を取らされ御院の座から引きずり降ろされた。
・服部友貞
市江島の土豪。故人。
熱心な一向宗門徒であった。
市江島の戦いで先発隊を務めたが、佐々成経に討ち取られた。
〇武田家
・武田晴信(信玄)
武田家第16代当主。現在、数えで二三歳。
天文10年(1541年)、父信虎を追放し、家督を簒奪した若き野心家。
当主となるや、諏訪家との同盟を破棄し、南信濃侵攻に乗り出し、破竹の快進撃を続けている。
・秋山虎繁
武田家家臣。
現在、数えで一七歳。
一四の時に元服、以来、武田信玄の小姓を務めている。
信玄からの信頼は厚い。
史実では、つやの四番目の夫。
〇北条氏康
後北条家第三代当主。数えで二九歳。
天文10年、家督を継ぐ。
隣国、武田とは長年の仇敵、同盟相手だった今川も河東の乱以来、険悪。
さらに名君であった先代・氏綱の死を知った山内上杉家・扇谷上杉家が連携して攻め込んできて、苦しい状況が続いている。
〇長尾家
・長尾晴景
越後長尾氏8代当主。
戦国の世にありながら、病弱な上、戦よりも芸事を好む柔弱な性格から、家臣たちに危惧されている。
武勇に秀でた弟、景虎を当主にと推す声も多い。
・長尾景虎(後の上杉謙信)
元服前。現在数えで14歳。
先代、為景の妾の子であり、幼少時は城下の林泉寺に入門し、住職の天室光育の教えを受けて育つ。
武勇の遊戯を嗜み、一間四方の城郭模型で遊ぶことを好む生来の戦好き。




