玩具と鋏は使い用
道が変わった事により、俺と傷を負った少女リィズは化け物と戦うことを余儀なくされた。
勝てる未来は見えないが、逃げるだけの未来ならば何とか見える。
絶対絶命とまでは行かないが、中々なクソゲーを押し付けられている中、俺達とオーガの戦いは始まった。
「走れるか?」
「まだ無理。ゴホッ、歩くのが限界」
「なら俺がオーガを引き付ける。その間に何とか向こうに行け」
「........グレイちゃんは?」
「何とかするさ。玩具と鋏は使い用ってな」
逃げている間に、使えそうな玩具は幾つか思い浮かべてある。後は、それを上手く使うだけだ。
洞窟の先から現れたオーガは、俺を見つけると真っ先に殺そうと向かってくる。
どうやら、金属バットの嫌がらせが腹に据えかねたようだ。
これは有難い。最初から俺に視線が向いているならば、リィズも動きやすいだろう。
「さぁ、来い──────────あっぶ!!」
「グオォォォォ!!」
オーガから放たれた蹴り。
一瞬足がブレたかと思ったら、すぐ真横にまでオーガの足は迫っていた。
ギリギリで反応し、しゃがんで避ける事は出来たが、頭の上を通過した時に感じた風圧によって体勢を崩した。
化け物過ぎんだろ。台風の風に吹かれた気分だ。
一体どれだけの速さで蹴りを放っているのやら。
もし、今の一撃を喰らっていたのなら、俺は今ごろ上半身が肉塊になって死んでいただろう。
風圧によってゴロゴロと地面を転がり、急いで体勢を立て直そうとするが、オーガはその時間すらも与えてくれない。
「グレイちゃん!!」
ボロ雑巾のように転がった俺を、オーガはアリを潰すかのように踏みつけようとしていた。
このまま潰されれば間違いなく死ぬ。上半身ミンチから頭へのプレスとか殺意高いですねぇ!!
「昔懐かしの玩具箱!!」
俺は即座に能力を発動すると、鉄パイプを三本具現化させ、今にも踏み潰そうとしてくるオーガの足と地面の間に設置した。
ガチンと、足の裏と鉄パイプがぶつかり合ったとは到底思えない音が洞窟内に響く。
鉄パイプは今にもへし曲がって折れそうではあったが、俺がその場から逃げるまでの時間は稼いでくれた。
鉄パイプをさも当然のようにへし折らないで欲しいが、相手はオーガ。人間の常識を当てはめてはいけない。
そりゃ、銃弾すら跳ね返せる皮膚してんだから鉄パイプぐらい踏みつけてもどうってことないですわな。
「スペック差が大きすぎて嫌になってくるぜ。tier1キャラvs tier最低キャラって感じだ」
でも、なんだか楽しくなってきたぞ。俺は小手先の技術と読みで tier1キャラに勝つの結構好きなんだよな。もちろん、俺が使うのは最弱キャラだ。
矮小なる存在でありながら、中々仕留めることができない俺に苛立ちを隠せないオーガは先程よりも動きが雑になりながらその剛腕を振るう。
一本道で逃げていた時は、横幅が狭かったため横に腕を振るった動きはなかったが、ここはオーガが自由に動けるぐらいは広い。
さっきから点では無く、面の攻撃ばかりを仕掛けてきていた。
そして、俺はそれを死ぬ気で避ける。
鉄パイプや木刀、金属バット等足元が悪くならない玩具を選んで逃げまくった。
ヤバくなったら鉄パイプや金属バットのようななるべく硬い玩具を犠牲にし、攻撃が緩めば気を引く為に木刀やぺーバーナイフを叩きつける(全く効果がなかったが)。
そうして時間を稼ぐこと2分。
今までの人生の中で1番長い2分を過ごした俺に、転機が訪れる。
「グレイちゃん!!」
名前を呼ばれた。
声のした方を向くほど余裕は無いが、方向からして恐らく洞窟の出口方面(先程来た道)に辿り着いたのだろう。
グッドだリィズ。流石にこれ以上コイツの気を引くのは難しいところだったからな。
新品の初心者用革防具は既に泥だらけになっており、コロコロ転がってばかりいた為か身体も痛い。
tier1に勝つ事は出来なかったが、引き分けに持ち込んだだけ大健闘だろう。いや、今から逃げるから実質勝ちでは?逃げるが勝ちという諺もあるぐらいだし。
リィズが逃げれたことにより、精神的安定を多少取り戻した俺はずっと考えていた逃げる策を実行する。
「悪いが、勝負はお預けだ。またいつか来てリベンジしてやるよ」
俺はそう言うと、早速逃げるために温存していた手札を切った。
攻撃を避けている最中に使わなかったのは、効果的に玩具を使うためである。殺傷能力皆無な玩具を1回でも見せてしまえば、オーガはこちらにビビることなく突っ込んでくるだろうからな。
能力によって具現化させたのは、花火だ。
ススキ花火、スパーク花火、線香花火と言った代表的なものから、変色花火や地面に置いて着火する吹き出し花火、ぐるぐる回るネズミ花火に、攻撃力を持ったロケット花火、煙幕を張る煙幕花火、花火と言っていいか分からないが爆竹など。
夏の時期に遊んだ花火を死ぬ気で思い出して、できる限り具現化した。特に、視界を遮る煙幕花火は多めに、そして様々な色の煙幕を選んで具現化させる。
今まで多くの物を具現化してこなかった俺が、急に多くの物を具現化した為かオーガの動きは僅かに鈍り、周囲に散りばめられた花火を警戒し始めた。
これはラッキー。下手に知能があるせいで、未知の物に警戒してくれるとは。
「人生初めての花火か?楽しんでくれよ」
具現化した花火を一斉着火。この能力のいい所は、多少ならば遠隔で操作できる点だ。
特に、この花火を一斉に着火できると言うのはありがたい。
能力の練度が上がれば、ワイヤーとかも鞭のように使えるかもな。
一斉に着火された花火達は、暗い洞窟内を一気に明るくした。
元々は懐中電灯を腰に括りつけて視界を確保していたが、今なら懐中電灯を切っても問題ないほどの明るさがある。
何百個も花火が弾ける音は、音を反射する洞窟内ではかなり煩く、着火した俺ですら軽くビビった。
「グオォ?グオォ!!」
花火を始めてみたオーガにとっては、この大きい音が怖かったのか何をどうすればいいか混乱している。
おそらく、攻撃が来ない事が不思議なのだろう。
それ、ただの花火ですからね!!
一応、熱攻撃として俺は使ってみたのだが、銃弾を弾くほどの強い皮膚を持ったオーガにとっては、ぬるま湯にもならないらしい。
俺、飛び散る花火のせいで結構暑いんだけど?
生物としての格の違いがこんな所で顕になりながらも、俺は視線が外れたオーガから逃げる。
次の仕込みは既に済ませてあるので、俺に気づいて追いかけてきてももう遅い。
打ち終わった花火の具現化を解除しつつ、俺はリィズの待つ出口へと向かった。
しかし、オーガはそれに気づき、こちらへ走り始めようと1歩目を踏み出す。
既に時間稼ぎ用の花火は全て燃え尽きていた。
「グレイちゃん!!急いで!!」
リィズはフラフラとしながらも、俺に向かって手を差し伸べる。
気持ちは有難いが、今はまだその手を取る訳には行かない。
目指すは、完全勝利。
ここで逃げても、追いかけっこは終わらない。
「おい、オーガ。足元はちゃんと見たか?」
「グオォォォ?!」
オーガが1歩目を踏み出したその瞬間、洞窟を照らす花火の裏で仕込んでいた玩具が発動。
オーガは、こぶしサイズのスーパーボールを踏みつけてバランスを崩しすっ転んだ。
ハッハッハ!!見事に引っかかったな!!
花火によってオーガの視線を逸らし、足元に大量のスーパーボールを配置しておいた。
煙幕花火を多めにする事で、足元の視界を悪くした為気づけなかっただろ?
オーガ程の力があれば簡単に踏み潰せる品物てはあるが、踏み潰そうとして足を振り下ろすのと歩く為だけに足を下ろすことでは重さが違う。
元々衝撃に強いスーパーボール君は、オーガの重さにも耐えてくれたようだ。
オーガがすっ転んだのを確認した後、俺はすぐ様大量のサラダ油を具現化。
最早、玩具と呼べる品物では無いが、昔遊んだことがあるならば玩具判定になるこの能力では玩具として定義されるらしい。
良かった。夜に具現化できる玩具を確認しておいて。
大量のサラダ油はオーガと地面を濡らし、ベトベトのオーガが出来上がる。
ここに火でも放てばそれなりの攻撃になりそうだが、それでは決定打にならない上にオーガを怒らせるだけだ。
俺達の勝利条件は逃げ切る事。ここで目的を間違えてはいけない。
「そら!!もう一丁!!」
サラダ油によって地面との摩擦が減ったオーガは、立ち上がる事に苦戦していた。あちこちにあるスーパーボールがいい仕事をしてくれているようで、上手く地面を捉えられていないようだ。
その隙に俺は視界を奪う。
今度は大量の小麦粉を具現化させると、洞窟の天井から降り注がせた。
舞い上がる小麦粉がオーガを白の中に隠し、完全に見えなくなる。
「ゴホッゴホッゴホ........自分を巻き込まないようにしたつもりだったが、想像以上に舞い散るな」
俺は自分にも降ってきた小麦粉を手で払い除けながら、リィズの待つ出口へと走る。
白く、霧のような先の見えない中、俺はリィズの手を掴んで出口へと脱出した。
「ゴホッ、大丈夫だったか?リィズ」
「ふふっ、グレイちゃん真っ白だね」
「小麦粉ってのは凄いな........さて、お喋りはここまでにして出口を目指そう。案内は頼んだぞ」
「うん!!」
最初にあった時よりも元気になったリィズを見て、俺はひと安心すると共に、白く包まれた洞窟の先を見る。
まさか、小一の頃にお袋と作った“小麦粉粘土”のお陰で助かるとはな........あれが玩具判定になっていなければ、今頃死んでいたかもしれん。
俺は地球に居るであろうお袋に感謝をしつつ、リヤカーを具現化させてリィズと共に洞窟を脱出するのだった。
ちなみに、道は太古からある玩具(?)“石”で塞ぎなるべく時間を稼げるようにしておいた。
大量石を積み上げて道を塞ぐのは、かなり魔力が持っていかれて辛かったがこれで多少はなんとかなるだろう。
異世界に来て2日目にして、俺は死線をくぐり抜けたのだ。
【小麦粉粘土】
その名の通り、小麦粉で作った粘土。材料は小麦粉、水、サラダ油、塩、食用色素であり、口に入っても安心な玩具。主に幼児向けに作るものである。
死線をくぐり抜け、何とか洞窟、そしてダンジョンから脱出した時には既に日は沈み、月と星々が天を照らしていた。
都会であるマルセイユの夜は東京と同じように明るい為、星々が多く見える訳では無いのが少し残念だが、今はこの空が安心感を与えてくれる。
俺はルーベルトに言われた通り、治療室に駆け込むことなく一先ず自宅に帰ることにした。
ここら辺の病院の位置はわかるが、今すぐにでも死ぬわけではなさそうなのでルーベルトの指示を仰ごうと言うわけだ。
リィズにも既に了承は取ってある。家に送ろうかと言ったが、どうやら帰る場所が無いらしい。
よく分からないが、今は落ち着ける場所が欲しかった。
しばらく無言で歩き続けると、我が家が見えてくる。
リィズもかなり疲れているようで、帰りの道は俺が話しかけなければずっと無言だ。
途中で死んだんじゃないかと思って、何度も後ろを振り返ってしまったぞ。
この世界に来て2日目にして、この家に安心感を覚えるとはなぁ。
「グレイ!!生きてたか!!」
アパートの近くまで来ると、ルーベルトがやってきた。
おそらく、帰りの遅い俺を心配してそこら辺をうろついていたのだろう。額からは汗が滲み出ており、息も少し荒い。
俺はルーベルトに申し訳なく思いつつ、できる限り笑顔を作ってこういった。
「ただいま。ひでー1日だったぜ」
「だろうな。神の教えを説く神父様よりも胡散臭い笑顔を見れば、嫌でもわかる........んで、その後ろに乗ってる血塗れの女は?」
「今から話す。とりあえず部屋に入ろう」
あぁ、タバコが吸いてぇ。
今日はあと二話更新します。
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