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鉄人(アイアンマン)


 この腐った街は悪人にとっての理想郷(シャングリラ)だ。


 薄汚れた街に覆い被さる闇は、正義()から身を守ってくれる。


 真昼間の大通りならともかく、少しでも裏道に入れば当たり前のように銃声やら人の死体やらが転がっていた。


 日本にいた時には考えられない光景だな。前の世界でクソみたいに治安が悪かったシリアでももう少しマシなのでは?と思うレベルである。


 あっちの場合は内戦の影響でミサイルが飛んでくるが、こっちの場合はマフィアやギャングが飛んでくる。


 どっちもクソだが目に見えて悪質な分、平行世界(こっち)の方が気分は悪い。


 いや、どっちもどっちか。


「グレイちゃん。付けられてる」


 大通りから外れた少し大きめの道。この街の中では比較的治安のいいこの道ですら、尾行がやってくるのだからどうしようもない。


 俺は大きくため息をつきながらも付けてきている奴をおびき出すために、人通りの少ない道へと入っていった。


「この街は退屈しないな。毎日面倒事(トラブル)が起きやがる」

「それがこの街だからねぇ。でも、その代わりポリ公()が嗅ぎ回るのは難しい。少しでも獣臭がすればこの街総出でハンティングだよ」

「犬狩りか。標的が人間な時点でお察しだけどな」


 俺はリィズと他愛もない会話をしながら、ズカズカと暗い道へと入っていく。


 暫くすれば、人の気配も感じられなくなるほど静かな場所へとたどり着いた。


「そろそろ出てきたらどうだ?お望み通り人気のない場所に来てやったぞ」


 足を止めて俺は振り返り、誰もいない空間に話しかける。


 コレで勘違いでしたとか言ったら滅茶苦茶恥ずかしいな。リィズと違って俺は人の気配など辿れない。多少訓練をしてはいるものの、獣以上に気配察知に優れたリィズには足元にも及ばなかった。


 この子、本当にハイスペックなんだよな。能力も滅茶苦茶だし、戦闘力も馬鹿げている。


 俺も自衛ができるようにとリィズに手ほどきを受けているが、精々Cランク下位ハンター程度の強さしか無かった。


 リィズに追いつける日が来るのだろうか。そう思いつつも向こうの返事を待っていると、ユラリと全身黒の外套を身につけた男達........いや、性別が分からんな。者達が姿を表した。


 目以外を全て黒い布で覆っているのを見るに、明らかにヤバい連中だろう。忍者のような姿にも見えなくは無いが、漂う気配は明らかに殺し屋だ。


「“億超指名手配犯(シリアルキラー)”と“狂犬(ヘルハウンド)”だな?」

「誠に不本意ながらそう呼ばれているな。アンタらでもうちょっとマシな異名を広げてくれないか?」

「........」


 本人確認が済んだためか、この集団のボスらしき者はそれ以上語ることは無い。


 返事の代わりに飛んできたのは、小さな針だった。


「ほいっと。グレイちゃん、始末していいよね?」

「お好きにどうぞ。でも、あのボスらしきやつと数人は殺すなよ?情報を吐いてもらわないとな」

「はーい」


 気の抜ける返事とともに、リィズの姿が掻き消える。


 刹那、針の投擲を合図に俺たちへと襲いかかってきた殺し屋達の首が宙を舞った。


「........は?」


 あまりに一瞬の出来事だったためか、ボスらしき者が素の声をあげる。


 そうしている間にも仲間は次々と死んでいき、俺の要望(オーダー)通りボスらしき者と数人が残された。


「お前らも殺したいところだけど、グレイちゃんの頼みだからねぇ。とりあえず逃げれないように両足はへし折っておこうかな」


 ボキボキと、子供が木の枝を折るような気軽さで残った殺し屋達の足をへし折っていく。悲鳴を上げなかったのは流石だ。


 何人かは抵抗を試みたが、リィズの前ではどうしようもなかった。


「“昔懐かしの玩具箱(トイボックス)”」


 俺は倒れた者達から順にワイヤーで拘束すると、ひと仕事終えたリィズが寄ってくる。


 ニコニコとしながら僅かに返り血で頬を赤く染めている光景は、軽いホラーだ。どこぞの傘の会社が作り出したゾンビを殺すグロ映画よりも、僅かに血を滴らせニコニコと笑っている方が怖い。


 今となっては慣れたが、最初見た時は内心バックバクだったのを覚えてる。やはり、この子は恐ろしい。


「グレイちゃん、まだ1人様子見してる奴がいるよ?」

「何?仲間か?」


 俺は自衛のために手に持っていたピストルを構えると、リィズが示した場所に構える。


 この世界で銃の脅しが効くのは弱い奴だけであるが、攻撃の意思は見せておいた方がいい。


 これは木偶情報屋が言っていたので間違いない........と思う。


「そこにいる奴。五秒以内に出てこい。でなければ、敵として攻撃する。5、4、3──────────」

「おいおい、容赦ねぇな。待てよ“億超指名手配犯(シリアルキラー)”。俺に敵対の意思は無い」


 俺のカウントダウンを聞いて、マジでやると思ったのか隠れていたやつは両手を上げて素直に出てきた。


 今しがた捕らえた奴らと違って、随分とフランクな格好をしている。着崩した黒いスーツではあるが、その体格と見た目も相まってヤクザにしか見えない。


 俺が銃を下ろすと、おっさんも手を下ろす。


「お前も俺達を付けてたな?誰の差し金だ?」

「安心しな。俺は所属無し(フリー)だし、アンタらとやり合う気もない。街中を歩いていたらたまたま付けられてるやつを見かけたからな。助けてやろうと思ったんだ........その必要は無かったみたいだが」


 嘘は言ってないだろう。敵意が全くと言っていいほど無い。


 俺は拘束から何とか抜け出そうと藻掻く殺し屋の頭にカカト落としをして眠らせると、おっさんとの会話に集中した。


「それは手間をかけたな。だが、見ての通り襲ってきた奴らは首なし人形(アンティーク)さ。分かったらさっさと帰れ」

「そう冷たいことを言うなよ。この出会いもきっと神の思し召しだ。少しは友好を深めてもいいんじゃないか?」

「そう思ってるのはお前だけだよ。後、俺は神が嫌いなんだ」

「それは残念だ。今度聖書を読むといい。独自解釈でなんでもアリな自論を唱えられるぞ」

「気が向いたらそうしよう」


 おっさんはそう言うと、近場に転がった頭をコツンと蹴る。


 舗装されていない石だらけの道でサッカーボールを蹴ったのように、転がる方向を何度も変えながらコロコロと生首が転がった。


「コイツら、“首狩り(ヒバロ)”の連中だな」

「知っているのか?」

「もちろん知っているさ。あまり有名な連中では無いが、この街に長いこと居れば一度は嫌でも聞く名だ。首狩りを名乗っておきながら、その首を狩られるとはマヌケな連中だ事。今からソイツとお話(拷問)するんだろ?何かの縁だ少し手を貸してやろう」

「無償の善意ほど高い物はない。丁重にお断りしよう」

「そういうなって。この街に来るほどなんだから警戒心が強いことは結構だが、目の前に落ちた金貨すら拾わない様じゃ生きていくのは大変だぜ?安心しろよ。俺もこいつらと一時期やり合ってた時期があってな。お礼参りには持ってこいだ」

「........」


 どうしたものかとリィズを見る。リィズはゆっくりと首を横に二回振るだけだった。


“悪意なし”このオッサンは本当に善意で言ってくれてるのだろう。多少の私怨は混ざっているが。


 俺は一先ず銃をしまうと、その男の名を聞いた。


「名前は?」

「ジルハード・ゴリレフ。人呼んで“鉄人(アイアンマン)”のジルさ」


 そう名乗ったジルハードの笑みは、どうしてかルーベルトと重なって見えた。




【所属無し(フリー)】

 その名の通りどこにも所属していない者達の事。闇に生きる者達にとってケツ持ちと言う存在は大きいが、様々な理由からそれを拒否又はできない者達。

 グレイとリィズの場合は前者に当たる。

 強ければ基本なんとでもなるので、所属無し(フリー)の強者は意外と多い。




 首狩りの暗殺者達を引きずってやって来たのは、襲われた場所よりも更に人気のない薄汚れた廃墟のビルだ。


 崩れかかったコンクリートと中に入っている支えがかろうじてこのビルを支えているが、少しでも衝撃を与えればドミノ倒しのように崩れ去るだろう。


 そんな誰もいない、悲鳴をあげてもなんら問題ないこの場所で、俺とリィズを襲った者達のお話(拷問)は始まった。


「起きろ」

「っぐ........」


 無造作に腹を蹴り上げると、眠っていた殺し屋達は目を覚ます。


 既に顔を覆っていた黒い布は取り払われ、顔が見えるようになっていた。


 ボスと思わしき奴は黒人で、2人はアラブ系、最後の一人はアジア系の顔だな。


 全員男であり、その顔には修羅場を潜った痕である傷が幾つも付いている。


「さて、俺は長々と話すのがあまり好きじゃないんだ。単刀直入に聞こう。どこの誰から依頼を受けた?」

「........」


 まぁ、黙りを決め込むわな。


 殺し屋に限ったことでは無いが、裏社会で生きていくには信頼と信用がかなり重要になってくる。


 暗殺の依頼をしたはずなのに、こっちに暗殺者を送り込まれて殺されましたなんて笑い話にもならない。


 俺はボスらしき者の隣にいたアジア系の男の目に、具現化した針を近づけると同じ質問を繰り返す。


「誰に雇われた?」

「........」


 黙りを全員決め込んだので、俺はアジア系の男の片目にゆっくりと針を差し込んだ。


 ぬちゃっとした感触が手に着くが、この手の拷問は既に何度もやっている。ほんの1ヶ月ちょっと前までは、ネズミすら殺したことがない平和な世界で生きてきたのだが、慣れとは恐ろしいものである。


「っ──────────!!」


 アジア系の男は、悲鳴を上げることなく静かに自分の眼球が潰れる痛みに耐えていた。


 流石は殺し屋。俺なら悲鳴を上げて泣き叫ぶような痛みでも、涙を堪えて耐えているのは賞賛に値する。


 俺がもう一本の針を具現化しようとした時、後ろから手を置かれた。


「手馴れてはいるが、やり方が温いな。こういう輩は、痛みじゃないやり方でやるべきだぜ?」

「ジルハード........なら代わりにやってくれるか?」

「任せとけ」


 俺は1歩下がり代わりにジルハードが前に出てくる。


 ジルハードはにっこりと笑いながら、アラブ系の1人に話しかけた。


「リーエスとバランは元気かい?」

「........!!テメェ、どこでそれを!!」

「おいおい、そんなに怖い顔をするなよ。俺は優しいからな。お前が全て吐けば手を出したりはしないぜ?お前は妻と子を守れて、俺達は情報を得れる。win-winの関係だと思わないか?」


 どこがだよ。


 この場にいる全員がそう思った事だろう。


 それは相互利益(win-win)では無く、ただの脅しだよ。


 アラブ系の男は、ジルハードを睨みつけつつもゆっくりと口を開いた。この場で彼の妻と子が助かるには、情報を吐くしかない。


 なるほど、周りの人間を巻き込んだやり方が。確かに痛みはないが、それ以上に悪質だ。


「妻と子に手を出してみろ。例え死んででも貴様らを殺すぞ」

「うんうん。で、誰の依頼だ?」

「それは──────────」

「三号!!それ以上言うなら貴さ──────────ごっ!!」

「テメェに発言を許した覚えはねぇんだよ。少し黙ってろ黒人野郎(マザー○ァッカー)


 隣で喚く黒人の頭を地面に叩きつけ強引に黙らせると、アラブ系の男に向き合って“続きを話せ”と言わんばかりに手招きする。


 覚悟を決めたアラブ系の男はその後、知っている限りの情報を話した。


 依頼主はミドレギャング........の生き残り。4日前にリィズと俺に絡んだきたバカを叩きのめし、その報復に来た連中だ。


 既にその殆どが豚のエサになっているが、運良く生き残った奴が泣け無しの金を叩いて雇ったらしい。


 せっかく拾った命なのだから、金を持って別の国に逃げるなりすれば良かったのに。


 依頼主は俺達の首を見たいが為に、まだこの街に残っているそうだ。


 いや逃げろよ。馬鹿すぎないか?


「コレが俺の知っている内容だ。ボスなら他にも知っていることがあるかもしれないが........」

「いや、十分だ。約束通り、お前の家族には手を出さないでいてやるよ。うそを付いて居なければな」

「教えたアジトに関して以外は間違いない。アジトは既に変えてるかもしれないから確証はないぞ」

「........チッ、予防線を張りやがって。まぁいい。お前らはここでコンクリートのシミにでもなって現代的アートを描いとけ」


 ジルハードはそう言うと、黒人の頭をそのまま握りつぶす。


 脳味噌が弾け飛び、頭蓋骨があちこちに散らばった姿はあまりにもグロすぎてモザイク必須だ。


「........あ、他にも聞きたいこととかあったか?」

「いや、いい。適当に始末しておいてくれ」

「流石は“億超指名手配犯(シリアルキラー)”。容赦がねぇな」


 こんなところで生かしても厄介事が増えるだけだからな。


 四人を始末し終えたジルハードは、ポリポリと頭を掻きながら立ち上がると大きく欠伸を噛み締める。


「それで、今からカチコミか?」

「まぁ、放っておいても面倒にしかならんし、見せしめは必要だな」


 木偶情報屋も言っていた。裏社会(この世界)で生きるのならば、徹底的に殺れと。


 事実、今までの経験上間違っていなかったので今回もやることになる。


「なら俺も行こう。乗りかかった船だしな」


 いや、降りてくれ。


 そういう前に、ジルハードはビルの外に向かって歩き始めてしまった。


「どうしてかな。少しだけアイツがルーベルトに見える」

「奇遇だね。私もだよ」


 俺とリィズはそう言うと、2人揃って廃墟のビルから出るのだった。






グレイ君。慣れるのが早すぎる。

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