第六話 歓迎
「……んう……」
何かに頬をくすぐられているような感触に反応して目を開けると、そこではモコが私の頬を舐めていました。
私、どれだけ眠っていたのかしら? モコに付き合う形で寝転がったら、ぐっすり眠ってしまっていたようですわ。ああ、シーツも枕も泥だらけに……あとでセバス様に謝らないと……。
「失礼いたします、マシェリー様。お召し物の準備が出来ましたので、お迎えに上がりました」
「あ、はい。では案内をよろしくお願いしますわ」
私はメイドに連れられて、別室で青と白を基調としたドレスに着替え、軽く身支度を整えてもらってから食堂に案内してもらうと、そこには既にカイン様が座ってお待ちになられておりました。
「マシェリー、調子はどうかな」
「休んだおかげで、少し良くなりましたわ」
「それはよかった。もうすぐ準備が終わるから、少し待っててほしい」
カイン様のその言葉から間もなく、おいしそうな料理が運ばれてきました。それは良いのですが……なんだか数が多いような?
「調子が悪い時は、沢山食べるのが良いと思ってね。それと――」
「いやぁ、坊ちゃんがお友達を連れて来るだなんて、嬉しくて嬉しくて!」
「ちょっとあんた、お友達じゃないわよ! お客様!」
「どっちでもいいじゃないか! 坊ちゃんに友達が出来て……俺は感動しているぅぅぅぅ!!」
……料理を運んできてくれた二人のコック様は、とても楽しそうに話しておられました。この屋敷には、とても個性的な方がいらっしゃるのね。
私もコルエと仲が良ければ、あんな風に楽しく会話が出来ていたかもしれませんわね。
「全く、あたしは厨房に戻ってるから! それではお二方、ごゆっくり~」
そう言うと、コックの彼女は目の前でコウモリに姿を変えると、そのままパタパタと飛んでいってしまいました。
「み、見間違いじゃないですよね……今のは……?」
「実はこの家に使えているのは、皆コウモリなのです。我ら一族は、古くからヴァンパイアの一族と、契約を結んでいるのですよ」
「あ、セバス様! それは本当なのですか?」
「ええ。私も例に漏れず、本来の姿はコウモリです。人間の姿の方が、色々と作業がしやすいからこうしているのですよ」
人間に変身できるコウモリ……完全に魔族ですわね。ヴァンパイアの眷属であるコウモリ……なんというか、とてもしっくりくる組み合わせですわ!
「ところで、凄い量になってしまいましたが……食べきれるでしょうか?」
「ここまで用意しろとは言ってないんだけどな……無理して食べなくてもいいからね?」
「いえ、目の前に出されたものは食べます。沢山の命のリレーを繋いで、ようやく目の前に出てきた命を残してはいけない。敬意をもって食べなさい。生前の母が私に教えてくれたんです。だから……頑張って食べます!!」
まずスープで口を潤します。お、おいしい……この薄味だけど、それが変に口に残らないでさっぱりしているのを演出して……いくらでも飲めますわ。
こっちのお野菜もみずみずしくて大変おいしそう! お肉もジューシーでおいしそう! 駄目、食欲のせいで語彙力が著しく低下してしまってますわ!
あ、そうですわ! 私が食べる前に……。
「モコ、一緒にご飯食べようね」
「ワンッ!」
私の足元にいたモコは、差し出した皿を見て、嬉しそうに食べはじめましたわ。このおいしそうに食べている姿を見るのは、私だけの特権ですのよ。
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「く、苦しい……お腹がはち切れそうですわ……」
「ワフゥ……」
半分意地で全ての食事を平らげたのは良かったですが、食べすぎで動けなくなってしまった私は、いつの間にか綺麗になっていたベッドで横になっていました。隣では、お腹が膨れ上がったモコが、大の字で寝てますわ。
こんなはしたない格好、誰かに見られたら一大事ですわ。幸か不幸か、城を追放されたおかげで、この醜態を城の者や民達に見られる心配はありませんね。
「満腹になったら、何だかまた眠くなってきましたわ。モコ、少し早いけど休みましょう……って、あら?」
「スピー……スピー……」
私が言う前に、モコは既に見事な鼻提灯を作っていました。あまりお行儀はよろしくないですが、わざわざぐっすり眠っているところを起こす必要もありませんわね。
「私も寝ようかしら……ふわぁ……」
小さく欠伸を漏らしていると、部屋の中に控えめなノックの音が聞こえてきたので扉を開けると、そこにはカイン様がいらっしゃいました。
「カイン様、どうかされましたか?」
「マシェリーの様子を見に来たんだ。体の調子はどうだ?」
「ええ、おかげさまで少し安定しておりますわ。カイン様は?」
「俺も問題ない。しばらくは動けそうだ」
……私の場合は体が弱いという理由なので、運動や食事で少しは改善するかもしれませんが、カイン様はヴァンパイアの血がある以上、人間の血が必ず必要なんですよね。私の考えなど足元にも及ばないほど、大変なのでしょう。
「私はそろそろ休ませてもらおうと思ってます。カイン様もお休みに?」
「俺は騎士団の仕事があるから、まだ起きているつもりだよ」
「そうなのですか? お休みになられた方がよろしいのでは?」
「心配してくれてありがとう。俺はヴァンパイアの血があるおかげか、夜の方が活動しやすいんだ。だから大丈夫」
なるほど、確かにヴァンパイアは夜に活動する魔族だと、本で読んだ事があります。人間の血が混じっていても、夜の方が得意なのですね。
「あまりご無理はされないようにしてくださいませ」
「うん、わかった。それじゃおやすみ……の前に」
「……え?」
てっきり挨拶をして部屋を去るのかと思っていた矢先、カイン様は屈んで私の顔に自分の顔を近づけると、頬にそっと口づけをされました。
……え、えっと……少々お待ちくださいませ。理解が追い付かないのですが……ええ?
「どうしたんだ、そんな驚いた顔をして」
「驚きもしますよ! いきなり頬に口づけだなんて!」
「……? 俺が幼い頃に母にされて嬉しかったし、何より安心して眠りにつけたから、君にもそうなってほしくしてしたんだが……」
「は、はあ……」
その気持ちはとても嬉しく思うのですが……行動が突拍子なさすぎます! 少なくとも、普通の男性は出会ったばかりの女性に、おやすみの口づけなんてしませんもの!
……え、しません……よね? もしかして、私がただの世間知らずなだけ……?
「もしかして、俺はまた失敗してしまったのか。嫌な気持ちにさせてしまっていたら申し訳ない」
「い、いえお気になさらず……ですが、明日からは控えていただけると……驚いてしまうので」
「うん、わかった。それじゃおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
今度こそ部屋を去ったカイン様を見送った私は、深く溜息を漏らしながら、その場に座り込んでしまいました。
ああもう、きっと悪気はないのでしょうけど……毎日あんな事をされていては、心臓が持ちませんわ!
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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