第五話 初めてのキス
「んっ……んんっ……!?」
協力できると思った矢先にされた口づけ。それは私の思考を一瞬で停止させるどころか、完全に体の動きを止める程の衝撃でした。
唇で感じた事がない、他者の唇の感触。それに加えて、ほんのりと香る男物の香水の匂いや、カイン様の体温……頭の中が情報過多で爆発しそうですわ。
「……ふう、ありがとう。少しだけ満たされた……ん、どうかした?」
「あ、ああ……」
「……?」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
ようやく衝撃から解放された私は、恥ずかしさや驚きや――もう色々な感情を手に乗せて、思い切りビンタをしました。
その威力は、想像以上にあったようで……私よりもずっと大きいカイン様が、地面に腰を落とすほどの威力でしたわ。
「ガウッガウッ!!」
「ふう、いいビンタだ。うちの騎士団の人間にも教えたいよ」
「誤魔化さないでくださいませ! わ、私……初めてだったんですのよ!?」
「そうか、事情を説明していなかったね。俺は人間とヴァンパイアの間に生まれた、ハーフの子なんだ」
「え、ヴァンパイアとのハーフ!?」
ヴァンパイア。もちろんその名前は聞いた事があります。闇夜に潜み、人間達の血をすすりに来る魔族の名前だったはずですわ。
魔族には様々な種類が存在していて、基本的に人間社会に入ってくるのは珍しいのに、まさかこんな所で出会えるだなんて、思ってもみませんでしたわ。
ちなみにですが、魔族は魔法と呼ばれる特別な術を使う事が出来るそうよ。我々人間には出来ない芸当ですの。
「そんなの信じられませんわ!」
「信じられないのも無理は無いよ。実は、最近血を摂取していなくてね。その影響で、体の調子が悪くて……ついに限界だったんだ。だから、君から血を貰おうとしたんだ。でも、調子の悪い君の首筋に噛みつくのは申し訳ないと思って」
「それで口づけをしたんですか?」
「うん、幸か不幸か、君は咳き込んだ時に吐血をしていたから、それをいただこうと思ったんだ」
なるほど、まだ信じられませんが……事情は分かりました。あくまでこれは人命救助の為の一環という事にしましょう。人工呼吸をしたようなものですわ!
「……そうか、普通の女性は好きでもない男にキスされたら嫌だよね。俺の配慮が全く足りていなかった。それに、切羽詰まってて説明するのも忘れてしまっていた。本当に申し訳ない」
「いえ、私こそ叩いてしまって、申し訳ございません」
フルスイングでやってしまったから……あぁ、カイン様の綺麗なお顔に私のビンタの跡が……カイン様が悪いのだから、因果応報と仰る方もいるかもしれませんが、急を要する事でしたから、これ以上はやめておきましょう。
……はぁ、私の初めて……こんな形でさようならをする事になるだなんて……ちょっとだけショックですわ。
****
騎士団の野営を経由して、私はカイン様のお住まいである屋敷へとやって来ました。さすがにお城ほどの規模はありませんが、それでも手入れが行き届いた、素晴らしい屋敷ですわ。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま。体調は大丈夫でしたかな?」
「いや、大丈夫じゃなかったから、彼女からいただいたんだ」
カイン様を坊ちゃまと呼んだ初老の男性。スーツをバッチリと着こなし、背筋も伸びてある彼は、目が糸目で雰囲気がとても優しいからか、不思議と安心できる方ですわ。
「ええ、まあ……」
「それはそれは、ありがとうございます。ところで、ここに来た理由は?」
「体調がよろしくないらしいから、休んでもらおうと思ってね」
「かしこまりました。すぐに部屋の準備をいたします」
「ありがとう。俺は城に行って野営訓練の報告をしてくるから、あとはよろしく頼む」
「はい、いってらっしゃいませ」
カイン様はそう言い残して、私達を置いて屋敷を後にしていきました。さっきまで調子が悪かったのに、出歩いて大丈夫なのでしょうか?
「お嬢様、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「マシェリー・グロースと申します。以後お見知りおきを」
「その名は……グロース国の王族の方!? これは大変失礼を……ワタクシはセバスと申します」
私は普通に手を差し出しただけなのに、セバス様は膝をつきました。まるで先程のカイン様の再現のようです。
私はもう王族ではないのに……王族とバレると、思ったより面倒かもしれませんわ。これは少しの間、他の方には王族という身分は隠しておきましょう。
「いえ、気になさらないでくださいませ、セバス様。いつも通りの方が楽でしょう?」
「……そのお心遣い、大変痛み入ります。ではいつも通りに……ごほん、こちらにお部屋の準備がございます」
「ありがとうございます」
セバス様についてくと、奥の部屋に連れていかれました。そこはこぢんまりとしていますが、とても綺麗に手入れが行き届いた部屋でしたわ。
「こちらでございます。あまり大きな部屋でなくて、大変恐縮でございますが……」
「いえ、素晴らしい部屋ですわ。私の為にありがとうございます」
下手したら、私は奴隷としてもっと劣悪な環境に置かれていた可能性だってあったのですから、この部屋は最高と言っても過言ではありません。
「ところで、坊ちゃまの頬が変に腫れていたのですが、何かご存じではありませんか?」
「あー……その、なんていうか……」
私は先程あった出来事を話すと、セバス様は目を丸くして驚いておりました。それから間もなく、勢いよく頭を下げられました。
「なんと!? 坊ちゃまが大変失礼な事を! 本当に申し訳ございません!」
「い、いえ! 事情が事情でしたから、仕方ありませんわ! 私の方こそ、暴力を振るってしまって申し訳ございません!」
「何を仰いますか! 女性の唇を奪うだなんて……ああもう、坊ちゃまにはワタクシの方からきつく言っておきますので!」
「それで……その、カイン様がヴァンパイアというのは本当なのでしょうか?」
カイン様がヴァンパイアの血が入っているのが完全に信じられない私は、セバス様に問いかけると、小さく頷いて肯定の意を示しましたわ。
「ええ、仰る通りでございます。母君がヴァンパイアなのです。騎士団長を務めていた父君が遠征先で出会い、恋仲になった末に生まれたのが坊ちゃまです」
「騎士団長? もしかしてカイン様の前任の方でしょうか?」
「その通りです」
という事は、私が以前お会いした騎士団長の方が……カイン様のお父様だったのですね。人の縁というのは不思議なものですわ。
「坊ちゃまは父君のような立派な騎士団長になる為、日々努力をしておりました。その結果、無事に騎士団長になれたのですが……」
少し悲しそうに俯いてから、セバス様は再び私に顔を向けて、静かに語り始めました。その内容は、とても悲しいものでしたわ。
「ヴァンパイアという魔族の血が入っていた坊ちゃまは、人々に受け入れてもらえなかったのです。更に騎士団長になる為に、ずっと勉強や鍛錬もされていたので……孤独は更に加速したのです」
「……そうだったのですね。カイン様も、自分は家族も友もいないと仰っておりました」
私もつらい過去ではありますが、きっとカイン様は私よりもおつらい経験をされているのでしょう……だって、私にはヴァンパイアの血が流れていない分、普通の人として扱われたのですから。
「そうでしたか。ワタクシ達はあくまで使用人……坊ちゃまの家族になれないが歯がゆいですな」
「確かに血は繋がっておりませんから、本当の家族にはなれないでしょう。ですが、血だけが家族を証明するものではないかと」
確かに血は大事ですが、私はモコと家族だと断言できますわ。だから、こんなに心配してくださり、カイン様の為に頭を下げるセバス様は、家族だって思うんですの。きっと他の使用人の方も同じですわ。
「そうかもしれませんな。お気遣い、感謝いたします」
「いえ、私は思った事を素直にお伝えしたに過ぎませんわ」
ずっと険しい表情だったセバス様は、とても優しい笑みを浮かべてくださいました。これで少しは彼の心が軽くなれば良いのですが。
「最後に……これは言い訳に聞こえでしまうかもしれませんが……坊ちゃまは他者との交流が極端に少ないです。きっとあなたの気持ちがわからず、今回の一件を起こしてしまったのかもしれません」
「私はもう気にしておりませんので」
「ありがとうございます。現在、他の使用人が新しい服の準備をしていますので、どうぞおくつろぎになってお待ちくださいませ」
そう仰ったセバス様は、深々と頭を下げてから部屋を後にしました。
ふう、なんだか激動の一日過ぎて、一気に疲れが出てきてしまいましたわ。相変わらず体の調子は良くないですし、少し休みましょう。
あ、でも……汚れたドレスでベッドに寝転がるのはさすがに……そもそもドレスで寝転がるなんて、はしたないですわね。
「うぅ、でも眠いですわ……」
「ワンッ!」
「きゃっ……ちょっとモコ?」
さっきまでずっと大人しくしていたモコは、急にドレスの裾を噛んで引っ張り始めました。
急にどうしたのかしら? 服には噛んではいけないと教えてきたのに……。
「なに? ベッドに寝ろって言ってるの?」
「ヘッヘッヘッ……」
引っ張った方向にあったベッドを見ながら言うと、モコは嬉しそうにしっぽをプリプリと振りながら、私を見つめてきました。まるで、自分の考えが伝わって喜んでいるようですわ。
「駄目ですわ。こんな服では寝られませんの」
「ワンッ! ワンッ!」
「ちょ、引っ張らないで! わかったわ! 横になるから!」
言っても聞いてくれないモコに根負けした私は、渋々ベッドに横になりました。すると、モコは勢いよく私の枕元に来ると、そのまま丸くなってしまいました。
もう、モコったら自分が寝たかっただけだったのかしら? しょうがない子ね……でも、可愛いから……すう……。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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