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第三十一話 侵入

 なんとかトラブルが起こる事もなく、私達は無事に城下町へとやってきました。


 ここは見た目上の変化はあまり感じられませんが、一つだけとても気になる所がありました。


「……人が、全然いないですわ……」


 私が知っている城下町は、たくさんの民が行き交う、とても活気のある街でした。ですが、今は僅かの民や兵士がいるだけの、寂しい街になっていました。


 もちろん夜だからというのもあるでしょうが、だからといってこの人の少なさは異常ですわ。


「悪政のせいなのか、戦争の影響で閉じこもってるのか、はたまた別の理由か……なんにせよ、これは異様な光景だね」

「酷い……」

「おい、貴様ら! こんな所でなにをしている!」


 呆然と街を眺めていると、兵士の方に声をかけられてしまいました。


 これはあまりよろしくありませんわ。ここで私の正体がバレてしまったら、大騒ぎになってしまう可能性があります。


 今は何とか騒ぎを起こさないようにしないと……ですが、どうやって誤魔化せば……そう思っていると、カイン様が間に割って入ってきました。


「怪しい人物が城下町をうろついていたので、これから話を聞くところであります!」

「え……?」


 一瞬戸惑ってしまいましたが、すぐにカイン様の意図を理解した私は、それ以上声を発しないようにしました。この方が、それっぽく見えるでしょう?


「そうか。少しでも怪しい人物がいたら、殺しても構わないと、陛下からのお達しがあったのを忘れてないだろうな?」

「っ……勿論であります!」

「ならいい。お前も納得いってないだろうが……なんでもない。尋問が終わり次第、任務に戻るように!」

「はっ!!」


 少し重苦しい空気を醸し出しながら、彼はその場から去っていきました。


 きっと、彼自身も今の状況を良くは思っていないのでしょう。それでも、一人で国に逆らっても何の意味も無いですから、黙って受け入れるしかない……本当に、酷いですわ。


「カイン様、ありがとうございます」

「いや、礼には及ばないよ。それにしても、本当に酷い状況のようだ。早く彼女達を止めて、民達を助けよう」

「はい。行きましょう」


 カイン様と頷き合ってから、私はゆっくりと城の方へと向かって歩いてきます。その途中で、何人かの兵士に声をかけられましたが、特に何事もありませんでしたわ。


「さて、城の近くまで来れたが……想像以上に警備が厳重だな」

「そうですね……そうだ、確かこの近くにある下水道から、城に入れる道がありますの。そこは元々、王族が危険に晒された時の、避難経路として作られたのです」

「そこからなら侵入できるか。だが……」


 カイン様もお気づきになられたようですわね。確かに避難経路からなら城に入れますが、そもそもそこにたどり着くまでに見つかってしまうでしょう。


「ふぁ~……」

「モコ、起きたのですね。体は大丈夫ですか」

「ワフッ」


 私の腕の中で、モコは小さく返事をしました。顔も元気そうですし、ぐっすり寝て回復出来たみたいですわ。


「……この方法しかない、か。マシェリー、俺が彼らの注意を引き付けるから、その間に避難経路から侵入してくれ」

「か、カイン様!?」

「この方法しか、君を彼女達の元へと送る術がない。さあ、早く――」

「ワンッ!!」


 カイン様が出ていこうとするのを遮るように、モコは私の腕から飛び降りると、そのまま兵士達の元へと走っていってしまいました。


「あの子、なんで急に……まさか!?」

「グルルルルル……」


 兵士達の元へとたどり着いたモコは、再び魔犬の姿になると、手当たり次第に走りだして、兵士達の注目を集め始めました。


 どうしてあの子……さっき魔犬の姿になって疲れてしまったというのに! 無理をして体を壊したらどうするつもりですの!? それに、もし兵士達に傷つけられたりでもしたら……!!


「……そういう事か。全く、マシェリーへの忠誠心は相当なものだ。マシェリー、モコはきっと大丈夫だから、俺達は予定通り行動しよう」

「ですが!!」

「彼の気持ちを、決意を無駄にしない為にも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。俺達に出来る事は、一秒でも早くイザベラ殿達を止めて、モコを助ける事……そうだろう?」


 ……そうですわね、カイン様の言う通りですわ。モコが私達の為に体を張ってくれた事に報いる一番の方法は、一秒でも早く今回の事件を終わらせる事ですわ。


「わかってくれたみたいだね。城への道、案内してくれ」

「はい。こちらです!」


 モコに心の中で感謝をしながら、私達は城下町の近くに流れる川にある下水道に侵入し、中を慎重に進んでいきます。


 下水の中は暗いですし、ジメジメしてますし、変な臭いがして最悪ですが、今はそんな事を言っている余裕はありません。


「道はわかるのか?」

「大丈夫です。幼い頃に、父にこの下水の事を教えていただいたので」

「わかった。俺が先導するから、口頭でどこに行けばいいか教えてほしい」

「はい!」


 私はカイン様と強く手を握ってから、更に下水の奥へと進んでいきます。道中で変な虫やネズミの襲撃にあいましたが、なんとか目的の場所へとたどり着きました。


「ここか? 見た所、ただの壁だけど……」

「ええ。ですが、ここを強く押すと……」

「おお、壁が上がって道が出来た……階段があるね」

「壁に仕掛けがあるのです。この上に行けば、城の倉庫に出れますわ。そこから城へと侵入しましょう」


 見つからないように、なるべく音を立てずに階段を上っていくと、埃っぽい倉庫に出る事が出来ました。


 ここで誰かがいたら最悪でしたが、そんな事は無くて一安心ですわ。さて、あとはお義母様達がいると思われる、玉座の間へ向かいましょう!


「っと……巡回している兵士がいるね」

「そのようですわね……」


 倉庫を後にして玉座に向かう途中、見回りをしている兵士を見つけました。まだ私達には気づいていないようですが、こちらに向かってきているので……このままでは見つかってしまうでしょう。


 こんな所まで来て、見つかって騒ぎになってしまっては、囮になってくれたモコに合わせる顔がありません。ここは一旦下がるしか……。


「俺に任せてくれ」

「え、まさかカイン様まで……?」

「俺はちゃんと君を目的地まで送り届けるよ。だから、少しだけここで待っててほしい」


 そう言うと、カイン様は私の手を放して兵士の前に飛び出しました。そして、それから間もなく、右手から淡い紫色の光を放ち始めました。


「なんだ、これ……は……」


 紫色の光に包まれた兵士は、数秒も経たないうちにうつ伏せに倒れてしまいました。見てる私がわからないのですから、やられた本人はもっと意味がわからないに違いありません。


「何をされたんのですの……?」

「俺のヴァンパイアの力で、眠らせただけだよ。元々は夜に血をいただく為の力なんだ」

「眠らせる……では、ここに向かう時に出会った兵士達も、この力で?」

「ご名答。城の外でもこれで何とかするつもりだったんだけど、さすがに数が多すぎてね何人か逃す危険があったから、モコに動いてもらえて助かった」


 あの時、私とモコが到着する前に倒していたのは、これが理由だったのですね。きっとカイン様は、彼らを傷つけたら私が悲しむと思って、こうしてくれたのでしょう。


「さて、玉座の間まではまだかかるかな?」

「もうすぐですわ。こちらです」


 再び玉座の間にカイン様を案内する事数分。城の最上階に位置する玉座の間の前へと到着出来ました。


 もちろんここにも見張りはいましたが、カイン様が全員眠りにつかせました。なにやらニヤニヤしながら寝ている所を見るに、良い夢でも見ているのでしょうか?


「街中に大きな犬のようなバケモノ!? なんでそんなものが……良いから早く駆除しなさい!」

「なにそれ、面白そう! 見に行きたい!」

「……中から声がする。どうやら彼女達はここにいるようだね」

「ええ。モコの事も知れ渡ってしまっているようですし、早く行きましょう」


 カイン様とゆっくりと頷き合ってから、私は玉座の間に入ると、その中には、大層豪華なドレスに身を包み、アクセサリーもふんだんに着けたお義母様とコルエ、そして暗い表情を浮かべているノア様の姿がありました――

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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