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第二十九話 いざ祖国へ

 いよいよ突入の日になった。空は今日も雲一つない星空。気温もそれほど低くなく、とても過ごしやすいですわ。


 でも、それはグロース国の兵達も同じ事が言えますわ。用心するに越した事は無いでしょう。


「では坊ちゃま。お気をつけて。我々は、先に行って指示通りに行動します」

「ああ。例の秘密兵器を忘れないように。マシェリーも持ったな?」

「はい。これを忘れたら、大事どころの騒ぎではありませんもの」


 さあ、準備は万端。あとは……勇気を振り絞り、作戦を上手くいかせる為に、精一杯頑張るだけ!


「マシェリー、カイン。気を付けて行ってきてくれ。カインがいない間に何かあった時は、私が指揮を執るから心配するな」

「ありがとうございます、陛下。このカイン、必ずや任務を達成いたします」

「モコ、準備は良いかしら」

「ワンッ。ウーーーー……ウオォォォォォォォォォン!!!!」


 小さな体とは思えないほどの立派な遠吠えをするモコは、己の体を光らせ始めました。光が眩しくて目を閉じていると、その間にモコはとても大きな魔犬の姿になっておりましたわ。


「おいカイン! 結局ご主人と良い感じになりやがって! まあこうなるとは思ってたけど! ちくしょー! おめでとっ!」

「ああ、ありがとう」

「ご主人! カインはちょっと変な所があるから、気を付けておくんだぞ! オイラとの約束だ!」

「え、ええ……喋れるようになった途端に元気ね、モコ……」

「そりゃ普段喋れない事を一度に喋るんだから、元気にもなるさ!」


 前々から思っておりましたが、モコって本当に感情豊かで、とてもお喋りが好きな子ですわよね。普段から話せていれば、きっと毎日が賑やかで、とても楽しくなるでしょう。


「よし、出発しよう。背中から闇討ちされないように、マシェリーが前、俺が後ろでいいか?」

「わかりましたわ」


 言われた通りにする為に、先にモコの背中に乗ると、後ろに乗ったカイン様が、私を背中から抱きしめるような体勢を取りました。


 でも、これだと落ちてしまわないか少々不安ですわ。馬みたいに手綱があるわけではありませんし……そう思っていると、モコのフワフワの毛が急に伸び始め、私とカイン様の体に巻き付きました。


「こ、これはなんですの?」

「オイラの力で毛を伸ばしたんだよ! これなら走ってても、おっこちないでしょ?」

「確かにそうだ。ありがとう、モコ」

「へっ、お礼ならいらないから、帰ってきたら特大の干し肉をくれ!」

「うん、わかった。極上の肉を用意しよう」


 ふふ、仲が悪いと思ってましたが、なんだかんだでこのお二人は仲良しですね。緊張感がないって思われる方もいるでしょうが、変に緊張するよりも、この方がリラックスできて良さそうですわ。


「では行ってまいりますわ! 必ず朗報を持って帰ってきますので!」


 見送りに来てくれたエドワード様やセバス様に手を振っていると、モコはゆっくりと歩き始めました。


 私達が普通に歩くよりも歩幅がある分、早くグロース国に着けますわね。モコには感謝しないといけませんね。


「よーし、速度を上げていくぞー! 振り落とされないようにな!」

「きゃあ!? は、速い!! モコ、あなたこんなに速く走れたのですね!! それに、暗い森の中をぶつからないで走れるなんて!!」


 走り出したモコの速度は、私の想像を遥かに超えていました。器用に森の木々の間を抜けていくその様は、まるで私達が木の葉を揺らす風になったようですわ。


「これでも手加減してるんだぜ! 全力で走ったら、いくらオイラの毛で支えてるとはいえ、二人とも耐えきれなくておっこちるかもしれないし!」

「これが魔犬の身体能力か……マシェリー、あまり喋らない方が良い。舌を噛んでしまうかもしれないよ」

「は、はい!」


 私のお腹に手を回して、力強く支えてくれているカイン様の両手をギュッと掴みながら、私は舌を噛まないように口を閉じました。


 正直速すぎて怖いですが、カイン様もモコもいると思うと、その怖さも耐えられる気がしますの。


「くんくん……カイン、この先から人間の匂いがするぞ!」

「人間の? 国境はまだ越えていないというのに……見つかってグロース国に報告されたら厄介だな」

「金属の匂いもする! もしかしたら、兵士の剣とか鎧かもしれない!」


 兵士……もしかしたら、前線に出て戦闘の準備をしている方々かもしれませんわ。早くその方達も解放してあげなければ……。


「他の所からも、同じ匂いがしてる。多分周り道をしても、グロース国に着く前には、誰かしらに見つかっちゃうよ!」

「それならこのまま進んでくれ。その人間達は、俺が先に向かってなんとかする」

「わかった! 速度はどうする?」

「少し落としてくれ。俺を追い抜いたら意味がないからね」

「カイン様……」


 カイン様が強いというのは、今まで何度も目の当たりにしてきたので知っておりますが、それでも安心なんて出来ません。


 その気持ちが強く出てしまった私は、カイン様の手を更に強く握りました。


「大丈夫だよ。それじゃあ、行ってくる」

「うわぁ、カインもなかなか速いじゃん! まあオイラの方が速いだろうけどね!」


 モコの言う通り、カイン様は背中に翼を出現させると、凄い速度で、颯爽と飛んでいってしまいました。


「しっかり捕まってるんだよ、ご主人!」

「ええ。モコ……こんなことに巻き込んで、本当にごめんなさい」

「え、急にどうしたの?」

「だって、申し訳なくて……」


 屋敷で留守番をする事だって出来ましたし、なんなら私に拾われてなければ、こんな波乱万丈な生活をする必要なんてありませんでした。そう思うと、申し訳なさで心がいっぱいで……。


「ご主人は相変わらずだなぁ。オイラはずーっとご主人に助けてもらって、面倒も見てもらってたんだよ? だからこれは恩返しって事さ!」

「そんな、あなたは何度も助けてくれたじゃない!」

「その程度じゃ返しきれない恩って事さ!」

「モコ……」

「あんまりグダグダ言ってないで、振り落とされないようにしておいてよね!」


 少し強めでそう言うモコの言葉は、私にこれ以上責任を感じるなと言っているように思えましたわ。


 もちろん、私が自分に都合のいいように解釈をしているだけの可能性もありますが……少なくとも、私はそう感じたんですの。


「もう少しで人間達の所に着くよ。念の為に一回止まって確認する!」

「ええ、わかったわ」


 モコは私に負担をかけないように、少しずつ速度を緩めていき、少し開けた場所で止まりました。


 そこには、グロース国の紋章が刻まれた鎧を着た兵士達が倒れている中、カイン様が悠然と立っておられました。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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