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第二十八話 突入準備

 私の突然の申し出に、部屋の中にどよめきが沸き起こりました。それも仕方のない事です……今まさに戦争をしようとしている母国に帰りたいなど、正気の沙汰じゃありませんもの。


「マシェリー、どう考えても危険すぎる」

「危険など百も承知ですわ。ですが……元王女の私だからこそ、出来る事があるのです」

「述べてみよ」

「はい。戦争をするという事は、民を兵にしているという事。つまり、彼らが全員寝返れば、戦争は出来ません。それどころか、民全てが国に反旗を翻すかもしれません」

「理屈はわかるが……どうやって?」


 カイン様の問い掛けに応えるように、私はくしゃくしゃになってしまった書類と、ノア様の手紙を前に出しました。


「私達には、これらの証拠がありますわ。お父様もお母様も、民にとても愛されていました。実際に、お二人が亡くなった時、民達は深く悲しんでくださいました。その死の真相を知れば、民が動く原動力になり、味方になってくれます」

「なるほど。それならその役目は俺が――」

「いえ、私でなければなりません。突然現れた隣国の騎士よりも、元王族の私の方が説得力がありますもの」


 私はあまり民の前には出てない故、それほど支持をされていた訳ではありませんが、前国王と王妃の娘という肩書だけでも、それなりの説得の材料になるはずですわ。


「皆様、お願い致します! 私にはチャンスがあったのに、お義母様を止められなかった責任があります! それに、両国の民が傷つこうとしているのに……安全な所で静観なんて出来ませんわ! 方法は……何とかしますから、何卒よろしくお願い申し上げます!!」


 ……こんな綺麗事を並べている自分が嫌になりますわ。もちろんこの言葉には嘘偽りはありません。ですが、それとは別に……私の大切な人を奪い、戦争を引き起こそうとしているお義母様とコルエに、復讐をしたい。


 わかってます。こんな邪悪な心を持ってはいけないのは。それでも……私は彼女達が許せないのです! 大切な両親を、民を不幸にする彼女達が!!


「……陛下、マシェリーは自分が守りますので、許可をいただけないでしょうか?」

「しかしだな……」

「自分だけではありません。彼女には、最高の友がいます」

「っ……! ワンッ!!」


 ずっと大人しくしていたモコは、自分に出番が回ってくるや否や、ずいっと前に出てから、大きく返事をして見せましたわ。


 モコの大きさなら、私一人ぐらいなら余裕で乗せられるくらいの大きさになれますから、移動している時や、やむを得ない戦闘の時に、大いに力になってくれるでしょう。


「彼は魔犬の末裔です。きっと我々の大きな力になってくれます」

「なるほど、魔犬か……わかった。だが条件がある。カインには、防衛網を完成させる為の、総指揮官をしてもらう。防衛網が完成次第、君達にグロース国へと向かってもらう」

「御意。ではすぐに行動に移ります。マシェリー、俺はすぐに騎士団の指揮をしなければならない。だから、先に屋敷に帰って、グロース国にいつでもいけるように準備をしておいてくれ」

「わかりましたわ。お気をつけて」

「ああ」


 カイン様は、皆様の目があるというのに、私の事を抱きしめてから、その場を後にしました。


 こ、こんな所で抱きしめられたら恥ずかしいですわ。でも、おかげでさっきまで私を支配していた怒りが、鳴りを潜めましたわ。


 さすがカイン様、これを見越して抱きしめてくださったんですね! やっぱり私の目には狂いはなかったのです!





「いつの間にか、仲睦まじくなりましたなぁ……これはもはやバカップルというべきですかな? なんにせよ、坊ちゃまにもパートナーが出来て、このセバス、嬉しゅうございますぞ……」



 ****



 あれから一週間が経ちました。私は自室で、窓から憎らしいほどの満天の星空を眺めておりました。


 この一週間で、グロース国に情報収集に向かったコウモリ達が、全員戻ってきました。彼らも同じような情報のほかに、人身売買も横行しているという証拠である、取引書を持ってきてくださいました。


 どうやってこんな物をと思いましたが、今はそんなの気にしてる場合じゃありませんわ。これらを武器にして、お義母様を必ず追い詰めなければなりません。


「マシェリー、入るよ」

「どうぞ」

「俺の方は無事に兵を配置出来たよ。騎士団だけではなく、一般の兵士や自警団、更には一般人から、兵になりたいという志願も来ている。みんな士気が高いし、敵からの攻撃もまだない。ここまではうまくいったと言って過言ではないだろう」


 まあ、それはとても良い知らせですわ。私の方でも、持っていく証拠品はいくつか纏まりましたわ。


「準備万端みたいだね」

「ええ。それと、秘密兵器を用意したの」

「これは……」

「屋敷の倉庫でほこりをかぶってたの。これを使って――」


 秘密兵器の使い方を説明すると、カイン様は私の頭に手を乗せると、そのままわしゃわしゃと撫で始めました。


「凄いじゃないか、これならいける! って……すまない、つい興奮してしまった」

「いえ、気にしないでください。その……付き合ってるのですから、これくらいは普通ですわ」

「ジー……」


 カイン様と何とも言えない甘い雰囲気になっていると、モコが凄いジト目で見つめてきました。まるで、『ご主人、他の所でやってくれよ』と言っているようですわ……あら、何処かに行ってしまいましたわ。


「どこに行ったんだ?」

「きっと明日の為に準備運動をしに行ったのでしょう。それか、この空気が嫌だったのかも?」

「もしそうなら申し訳ないな。さて、俺もマシェリーを守れるように、万全の状態でいておかないと」

「それは……戦闘をするという意味ですか?」

「それを含めて、色々だよ」


 戦争になりかけているのですから、戦闘をするのは避けられない……それはわかってますが、やはり誰にも傷ついてほしくないものです。


「そうだ。準備が出来た事は、陛下に既に報告済みなんだ。明日の夜に出発するように言われている」

「夜、ですか?」

「闇夜に紛れて侵入するって事だろう。だから今日と明日の夜まではゆっくり休もう」

「はい。あっ……きっと大変でしょうから、血を分けておいた方が良いですよね?」

「そうしてくれると助かるよ。それじゃ、一緒に寝る時に貰えるかな」

「わかりましたわ」


 自然と一緒に寝る流れになっている気がするのですが……ま、まあ一度は一緒に寝た仲なのですし、一回も二回も変わりませんよね?


 それに、やっぱり一人だと不安で押しつぶされてしまいそうなので……一緒にいてくれると助かります。


「それじゃ休もうか……マシェリー?」

「はい」

「一緒に寝たと思ったら、すぐに抱きついてきて……どうかしたかい?」

「……その、この戦争でもし離ればなれになってしまうかもと思ったら……怖くて」


 戦争は、一歩間違えれば簡単に死んでしまうものです。いくらカイン様が、ヴァンパイアの血を持つ方とはいえ、ヴァンパイアだって弱点はあります。それを突かれてやられちゃったら……。


「そんな事にはならない。俺はこれからもずっとマシェリーの隣を歩くよ」

「いたっ……」

「ふう……ぺろっ……この血に誓うよ。俺は必ず無事に終わらせ、マシェリーを生涯かけて守り続けると」

「そ、それってつまり……」


 結婚の申し込み、ですわよね? もちろん正式なものではないでしょうけど、それでも、凄く嬉しいですわ!


「どうした、何か悲しいのか?」

「いえ……ぐすんっ。そんな事を仰ってくれたのが嬉しくて。ふふっ……今日は怒ったり泣いたり、忙しい日ですわ……恥ずかしい」

「色んな表情をするマシェリーは、とても愛らしいと思うよ」

「も、もう……」


 カイン様の誉め言葉に照れながらも、私はゆっくりとカイン様の方を向き……唇を重ねました。


 願わくば、これが最後の口づけになりませんように。これからも、平穏な日常が遅れるようになりますように……。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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