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第二十一話 彼を救う為に

 カイン様が倒れてから一週間ほど経ちました。あれからカイン様の容体は特に変化がなく、今日も静かにベッドに横になっています。


 悪くならないのは喜ばしい事ですが、改善されないのは問題ですわ。このままずっとこの調子かもしれないと思うと……いえ、そんな後ろ向きでは駄目ですわ。絶対に治ると信じなければ!


「今日は中々起きませんわね……せっかくリンゴを剥いたんですけど……」


 カイン様の枕元の近くにあるテーブルの上には、リンゴを含めた、果物の盛り合わせが置いてあります。


 実はこれ、先日騎士団の方がお見舞いに来てくださった時に、カイン様に渡してくださったんです。


 確か、病院に連絡をしてくれた男性の方と、他にも何人かが来てくれたと記憶しています。


 彼ら曰く、カイン様は少し怖いけど、たくさんお世話になっているから、こんな形だけど日頃の感謝をしたいと仰っていました。


 それを聞いた時、私は少し目頭が熱くなりましたの。だって、ずっと恐れられ、避けられていたと思っていたカイン様が、少人数とはいえ、心配してくれる人がいたんですもの。


 これも、カイン様がずっと騎士団の為に努力をした結果でしょう。そう思うと、私まで嬉しくなってしまいますわ。


「っ……! ワンッ!!」

「急にどうしたのモコ……えっ?」


 ずっとカイン様の枕元にいたモコが、急に吠え出したと思ったら、カイン様の顔色が急に悪くなっていきました。それに、表情もとても苦しそうです。


 もしかして、症状がいきなり悪化したとかでしょうか!? は、早く誰かに伝えないと……こういう時は、セバス様にお伝えした方が良いですよね!


「モコ、私はセバス様を探してきます! カイン様をお願いします!」

「ワンッ!!」


 モコにカイン様を任せた私は、全力で走りだしました。廊下を走ってはいけないのは重々承知ですが、今は緊急事態ですから仕方ありませんわ!


「セバス様! どこにいらっしゃいますか!」

「マシェリー様、セバスなら先程庭に行かれましたよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 屋敷内を走り回っている時に会ったメイドの方の情報に従って庭に行くと、そこには小さな花壇の手入れをしているセバスの姿がありました。


「おお、マシェリー様。みてくだされこの花壇、実は個人的に世話をしておりましてな。最近また花が咲いたのです」

「はぁ……はぁ……と、とても美しいですわね……」

「そんなに息を切らせて……何かあったのですか?」

「カイン様が、カイン様が……!」

「坊ちゃまが!? わかりました、すぐに向かいますぞ!」


 そう言うと、セバス様は人間の姿からコウモリの姿になり、凄い速度でカイン様の部屋へと飛んでいきました。


 これでひとまず大丈夫でしょう……うっ、急に走ったから苦しいですわ……毒が抜けてきているとはいえ、体が弱いのは元からですからね……。


「でも、弱音なんて吐いていられませんわ! カイン様が今も苦しんでいるんですから……お傍にいないと!」


 息が苦しいですし、足も重くなっておりますが、それを気合で跳ねのけて再び走り出します。


 私が急いで部屋に戻ったところで、やれる事なんて限られているでしょうけど……それでも!


「はぁ、はぁ……セバス様、カイン様は……」

「…………」


 最後の方はほとんど走れていませんでしたが、なんとか部屋にまで戻ってきた私は、カイン様の枕元に立つセバス様に声をおかけしました。


 私の気のせいかもしれませんが、空気が重いような……まさか、もう手遅れなんて言いませんわよね!?


「血が著しく足りなくなった時の症状ですな」

「血……そういえば、最近カイン様に分けておりませんわ」

「動かなくても、生きているだけで少しずつ消費をするので仕方ありません。確かまだ少量ですが、蓄えがあったはず……」

「蓄え、ですか」

「ええ。独自のルートで手に入れたものでして。あなたと出会う前は、それを摂取していました。民間人を襲うわけには参りませんからな。少しの間、坊ちゃまをお願い致します」


 そう言うと、セバス様は再びコウモリのお姿になって部屋を後にしました。それに続くように、モコまで部屋を出ていってしまいましたわ。


「うっ……はぁ……はぁ……」


 カイン様、とても苦しそう……申し訳ありませんが、セバス様を待ってはいられませんわ。一秒でも早く、カイン様に血を摂っていただきたい。


 でも、どうすれば……今までは、私の調子が悪くて吐血した時に分けていたか、首筋に噛みつくかでした。


 しかし、今の私は吐血などしておりませんし、眠っているから首に噛みつく事もできませんわ……。


 それに、私の体にはまだ毒が残っているかもしれません……血を分けたら、また毒が……いえ、それは無いですわね。だって、セバス様は以前こう仰っておりました。


『血とは別に、自らの意思で一緒に毒を抜いてしまおうと考えました』


 これの意味が、カイン様が毒を抜くと思っていなければ、毒を抜けないと仮定しましょう。それが正しければ、普通に血を分けるだけなら、毒がカイン様の体に蓄積されないでしょう。


 では、どうやって血を分ければいいのでしょう? この状態では、どうする事も……。


「……そうですわ。していないのなら、疑似的に吐血をすればいいのです!」


 私は口の中を強く噛むと、痛みと共に、じんわりと血の味が口の中に広がっていきました。


 痛いですけど、カイン様の苦しみに比べれば、こんなもの足元にも及びませんわ。さあ、後はこの血をカイン様に……カイン様、に……。


「……どうやってお渡しすればいいのでしょう?」


 これは迂闊でした……血を出したのは良いですが、お渡しする方法を考えていませんでした。


 どうしましょう……指に血をつけて、カイン様の口に入れる……効率が悪すぎますわ。それだと……。


「……か、考えただけで頭が沸騰しそうなくらい恥ずかしいですわ! でも……カイン様を救う為には、他に方法が思いつきません」


 意を決した私は、なるべく口の中に血を溜め込んでから……カイン様の唇に、自分の唇を重ねました――

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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