第十三話 忘れ物を届けに
カイン様の家でお世話になるようになってから、一カ月が経ちました。あれから特に大きな問題も無く、平和に過ごせておりますわ。でも、最近少し変わった事が二点ほどありますの。
一つは、私の体調。以前と比べて、咳き込んだり吐血する頻度が、かなり落ちたような気がしますの。酷い時は一日に何度も症状が出ていたのに、最近は何日も出ない事があります。
住む環境が変わったからなのでしょうか? でも、ここは前に住んでた所と比べて、劇的に環境が変わったとも思えません。
故郷が荒廃していて、大地も自然も汚染されてるとかならわかりますが、故郷もこの一帯も、自然が豊富でとても良い所です。
もしかして、ヴァンパイアが血を吸った相手は、体調が良くなるとか? だったらカイン様が最初に私に伝えてくれるはずですわよね? 事情をご存じなのですから、尚更でしょう。
うーん、考えてもわかりませんわ。別に改善されたのが悪い事ではないのですが、要因がわからないというのは、なんだかモヤモヤします。
それともう一つ変わった事ですが……カイン様ですの。
なんて言えばいいのでしょうか……よく話しかけてくれるというか、凄く気を使ってくれるというか、ボディタッチが増えたというか……。
自意識過剰と言われたらそれまでですが、明らかに増えたような気がしますの。別に嫌というわけでは全然無いのですが、これも何故変わったのかわからなくてモヤモヤしますの。
本人に聞けばいいかもしれませんが、なんて聞けばいいんでしょう? こういう時に、自分のコミュニケーション能力の低さが如実に出てしまうのが、何とも歯がゆいですわね。
「モコはどう思いますか?」
「……?」
「ふふっ、モコに聞いても仕方ないですわね」
小首を傾げるモコを撫でてあげると、もっと触ってと言わんばかりに、お腹を出しました。この子ってば、本当に甘えん坊で、とっても可愛いですわ。
「さてと、お散歩でも行きましょうか」
「……! ワンっ!」
散歩という単語に反応したモコは、いち早く立ち上がってドアの前に立ちました。
モコは賢い子なので、散歩とかごはんと言うと、どういう意味なのかしっかり理解し、行動できるんですのよ。
「いつもお庭を周ってるけど、たまには外を歩かせたいわ……あら、あそこにいるのはセバス様ですわ」
「ああ、マシェリー様にモコ様。お散歩ですかな?」
「ええ。セバス様はお仕事ですか?」
「実は、坊ちゃまがお弁当を忘れてしまいまして。これからお届けしようとしてるところでして」
まあ、カイン様ってば……忘れ物をするだなんて、可愛らしい一面もあるんですのね。
……あ、そうですわ。丁度外を散歩したかったですし、私がお弁当を届けてあげましょう!
「その役目、私にやらせていただけませんか?」
「そんな事をさせるわけには参りません」
「いいんですの。丁度モコの散歩もしたかったので」
「ですが、城までそれなりの距離がありますぞ」
「それも把握してますわ。帰りはカイン様と一緒に帰ってくるので、ご心配なく。それに、時間に余裕がある私が行けば、セバス様が他のお仕事が出来ますでしょう?」
そこまで言ってようやく納得してくださったセバス様は、私にお弁当が入ったバスケットを手渡しました。
「感謝いたします、マシェリー様。このご恩は、何かしらの形で変えさせていただきます」
「大げさですわ。それでは行ってきます。モコ、行きましょう」
「ワンッ!」
元気よく返事をモコと一緒に、私は屋敷を後にしてお城へと向かいます。この街道をまっ直ぐ行って……馬車でかかった時間から逆算すると……お昼までには間に合う計算です。
それにしても、今日も良いお天気ですね。まさに雲一つない晴天……モコも走っていて、とても気持ちよさそうですわ。
「ヘッヘッ……くんくん……」
「あんまり離れちゃ駄目ですわよ」
「ワン!」
もう、返事だけは元気なんだから。本当にわかってるのかしら? たまにはこんな風に思い切り走らせてあげるのはいいけど、はしゃぎすぎて怪我をしないか心配ですわ。
「あんまりのんびりしてたら、予定通りの時間に間に合いませんわ。モコ、こっちですよ」
「くぅ~ん……」
「そっちが気になるの? でもお城はこっちですから」
本当はモコの行きたい所に行かせてあげたいですが、ここは心を鬼にしないければ。そう思い、私はちょっと悲しそうな顔のモコと一緒に、お城のある場所へとさらに歩みを進めました。
****
予定よりも少し遅れてしまいましたが、私は無事にお城がある城下町へとたどり着く事が出来ました。
徒歩で行くのは初めてだったので、若干不安だったんですが、無事に到着出来てホッと一安心ですわ。
「さて、早くお城に行かないと。きっと訓練場にいるはずですわ」
私は兵士の人の許可を貰ってお城の中に通してもらうと、真っ直ぐ訓練場へと向かいました。すると、そこではカイン様が、一対一で訓練をされていました。
今日もカイン様は頑張っていますわ。あんなに汗だくで、髪も乱れて……なんだかとてもカッコよく見えるのは何故でしょう?
「動きはだいぶ良くなっている! だが、動きに隙がある!」
「うわぁ!?」
兵士の剣を受けたカイン様は、剣の位置を少しずらす事で、兵士の体勢を崩してしまいました。見た目では、ほとんど動かずに相手を崩してますし、戦闘であれをされたら、大きな隙になってしまうでしょうね。
「着実に良くなっているのは確かだから、この調子で頑張ろう。また君用のメニューを組んでおくよ」
「あ、あの、えっと……ありがとうございました!!」
ちょっと怯えている感じはしますが、ちゃんとコミュニケーションが取れてるじゃないですか! なんでしょう、自分の事の様に嬉しく思ってしまいます!
「ああやって、一人一人見てますよーってアピールをしてるつもりかね?」
「……あれは」
訓練所の隅っこで休憩をしている人の中に、以前カイン様の陰口を話していた方達が、楽しそうに笑いながら会話をしていました。
「じゃねーの? 俺は優しい隊長様で~すってか!」
「何したって、あいつがバケモノで、気持ち悪い見た目をしてるのは確かだろうが。あームダムダ。見てて嫌んな――あれ、あそこにいるのって、前に隊長が連れてきた女?」
「まさか、いい所を見せたかったとか? んなガキじゃねーんだし!」
「…………」
自分でも驚く程静かに、そして遠慮なく、子供のように騒ぐ彼らの前に立つと、腑抜けた面を目掛けて思い切りビンタをお見舞いした。
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