8話
朝の清掃の時には、出ていなかった太陽が顔を出し、気持ちの良い朝を演出している。
もうお店が開き始めている事もあり、外は騒がしい。
その中を俺とソリエさん……とガランの3人は、孤児院に向けて歩いていた。
「そう言えば、何でギルド長は孤児院なんてやってるんですか?」
俺はふと、疑問に思ったのでソリエさんに聞いてみた。
「それはですね、ギルド長の奥さんは、身体が弱く子供が出来なかったらしいんですよ。それで、いつも仕事で家を空けてしまうギルド長が、奥さんに寂しい思いをさせないようにと、家を孤児院にしてしまったらしいです」
「ほうほう」
ええ話や〜。
会った事ないけど、ギルド長ええ人や〜。
感傷に浸っていると、耳障りな声が前から聴こえてくる。
「ふっふっふ。妹候補が何人いることやら。サボらずに来て正解だったようだ」
うん。あれは無視しとこう。
「それで、その孤児院出身なのがリミナ先輩です。なんでも、ギルド長が遠征先から帰ってくる時に、瀕死のリミナさんを見つけたらしいです。ギルド長もリミナ先輩も先祖返りなので、出張先で作った隠し子とか言われてますね。ギルド長がそんな事するわけないのに。全く、困った噂さんです」
「あはは。噂さんには俺がキチッと言っておきます。任せてください」
「む。なんだか、馬鹿にされてる気がします。むむ〜」
ソリエさんはむくれてしまった。
むくれたソリエさんも可愛いな〜。
それにしても、リミナさんか……。
まぁ俺には関係ない事だ。
俺はソリエさんに姉になってもらう事で忙しい。
「妹が、1人、2人、3人……。ふっふっふ、はーっはっっは。この世は美しい!」
やばいなこいつ。
騎士さーん。こっちでーす。
ここに変態のロリコンがいまーす。
というか、こいつ孤児院に連れてっても大丈夫だろうか?
まぁ今更か。
それよりも……。
「そう言えば、ソリエさん」
「はい、なんでしょうか」
「ん、ん゛ん゛っ」
俺は咳払いをし、姿勢を正す。
ここで聞いても良いのか迷うが、気になってしまってはしょうがない。
「俺の姉になってくれるかの件は、どうなりました?」
「す、すみません!」
「そ、そうですよね。ダメですよね。突然、知らない男に、姉になってくれとか言われても困りますよね。あはは」
ダメか……。
毎度毎度、断られているからへこみ慣れているが、ソリエさんの場合は結構、へこむ。
初めてだったのだ。
すぐに断らずに、真剣に考えてくれようとした人は。
もちろん、適当に誤魔化していただけかもしれない。
でも、今日ソリエさんを見て、話したりしていると、この人は本気で考えてくれていると思った。
期待してしまったのだ。
この人が姉ならどんなに楽しいだろうかと。
「いえ、ダメとかでは無いんです。ちょっとまだ考えてて」
「へ? ダメじゃ……ない?」
俺は、気のない返事を返す。
「おばあちゃんに手紙で聞いてみたんです。姉になって欲しいと言われたって。そしたら、怒られちゃいました」
「怒られたんですか?」
「はい。自分で考えろって。その男が真剣に言ってきた事なら、どんな答えであれ、自分で考えて真剣に返せって。それで、私気付いたんです。ハオトさんは真剣でした。だったら私も、おばあちゃんに聞くだけじゃなくて、自分で真剣に考えて答えを出そうって。だから、ハオトさんの事をもっと知りたいです」
ソリエさんは立ち止まって、朝日の様な顔で、微笑みかけてくる。
「ソリエさん……」
最初は、いつもと同じように、姉レーダーがビンビンに反応していたので、勢いで姉告した。
どうせ、気持ち悪がられるか、ふざけていると思われて、断られると思っていたんだ。
でも、この人は違った。
接した時間は短いが、こんなにも真剣になってくれている。
俺の事を知ろうとしてくれる。
そんな事言われたら、益々、姉になって欲しくなる。
「頭を上げてください。俺からお願いしてるんです。いくらでも待ちます。むしろ、急かしちゃってごめんなさい」
「いえ、こっちこそ優柔不断ですみません」
「もう、謝りすぎですよ。それじゃ、行きましょうか。ガランも結構、先に行っちゃってるので」
そう言って俺は、止めていた足を動かす。
俺はもうソリエさんの事しか考えられないでいた。
今度は、ソリエさんの弟してこの街を歩きたいな。
きっとこの感情は、恋に似ているようで違うんだろう。
普通の人からしたら、歪んだ感情かもしれない。
いや、歪んでいるんだろう。
でもそれをソリエさんは受け止めてくれた。真剣に考えると言ってくれた。
もう、他の姉はいらない。
ソリエさんさえ、姉になってくれれば、と。
✳︎
「ここっぽいな」
ギルドから歩いて数10分。
街の中心部から少し離れた所に、孤児院はあった。
「ほえー。素敵なお家ですね」
ソリエさんは口をあけて驚いている。
俺も驚いた。
ガランは普段通り……いや、普段に増して気持ち悪い。
孤児院と言っても、くたびれた感じはなく、大きな一軒家のようなものだった。
というより、屋敷と言った方が近い。
屋敷の周りは、雑木林のようになっていて、どこからか、子供の声が聞こえてくる。
「おい、早く開けろ」
「なんで、俺なんだよ。自分で開けろ」
何で人の言う事聞かなきゃいけないんだ。
ましてや、ガランの言う事なんて1番聞きたくないわ。
「お願いします、ハオトさん」
「はい! 喜んで!」
ソリエさんに言われたらしょうがないな。うん。
未来の姉になるかもしれないんだから。
なんて事を考えながら、俺はコンッコンッと、どう見ても屋敷にしか見えない孤児院のドアノッカーを叩く。
すると、ドアの奥から「はーい」と落ち着きのある女性の声が返って来た。
ガチャっとドアが開く。
「あらあら、可愛らしいお客さん達ねー」
「お……お……」
「初めまして。ギルド職員のソリエと申します。今日は宜しくお願いします」
「ご丁寧にどうも〜。私はギルド長アリストの妻、セレです。こちらこそ宜しくね」
「ガランだ」
ソリエさん、ガランと挨拶をし終えて、後は俺だけになったが、俺は固まっていた。
「……ハオトさん?」
そんな俺にソリエさんが声を掛けてくる。
が、俺の頭には入って来ない。
それもそうだ。
だってそこには! そこには!
「お、俺の姉になってください!!」
姉オーラMAXの、たわわなお姉さまがいたのだから!
なんだろう。
この人は全身が、姉で出来ているのだろうか?
包容力を最大限に表現したような、グラマラスなボディ!
それを包み込むように、腰まで伸びた茶髪が、ふわふわとカールしている。
「あら?」
「ハ、ハオトさん!?」
「こいつ、頭いかれてんのか?」
はっ! まずい。
つい、反射的に言ってしまった。
「す、すいません! 間違えました! ちょっと、姉オーラにあてられちゃいまして」
おいおい。
こいつはすげぇや。
姉力が53万以上なんて……。
俺のレーダーがぶっ壊れてるのか?
「ふふ。面白い子ね〜。どうせなら、私の子供になっちゃう?」
「いえ! 姉でお願いします! って、違う! そうじゃない! ええと……」
「ふふふ。ごめんなさいね。弟は間に合ってるの」
ぐっ!
この人は手強い……手強すぎる。
俺はソリエさん一筋だ! 絶対に屈しない! 屈しないぞ!
「んー、そうね……」
と言って、セレさんは俺に身体を寄せてくる。
ポヨンッと柔らかい感触を腕で感じ、俺はされるがままになっていた。
抵抗? するわけないだろ。セレさんが傷付いたらどうすんだ!
そして、セレさんは俺の耳元に口を近づける。
「私の子供になってくれたら、良いことしてあ・げ・る」
「宜しくお願いします!」
俺は早々に、サレンダーを決めた。
男には、決めなきゃいけない時があるんだ!
べ、別にセレさんの、たわわな果実が腕に当たったとかじゃないし!
超柔らかかった! とか思ってないし!
「え、ぇぇぇぇぇぇえ!? ハ、ハオトさん!?」
ソリエさん、安心して。
この人の子供になっても、ソリエさんを姉にする事だって出来る。
だって、子供になるだけだもの。
「うるせぇ奴らだ。さっさとしろよ」
ガランが、痺れをきらしたようだ。
「ふふ。そうね。とりあえず、入ってちょうだい。歓迎するわ」
「はーい」
歓迎されちゃいました。
僕、どこまでもついて行きます。
うふ、うふふふ、うふふふふふ。
「うぅ〜。……ハオトさんのバカァ!」
ソリエさんが外で何かを叫んだが、今の俺には聞こえて来なかった。
✳︎
俺たちはセレさんについて行き、長い廊下を歩いていた。
あ、勿論、さっきのは冗談だって説明されましたよ。
まぁ分かってましたけどね。はい。
元から、俺はソリエさん一筋だし。
いや、本当に。
え? この最低男って?
何とでも言え!
あの状況で、断る男なんて、男じゃねー!
断る事が出来てから、文句を言え!
「それじゃ、早速だけど、子供達と遊んでもらうわ。この先の裏庭で、みんな遊んでるわ。みんなには言ってあるから、いっぱい遊んであげてね」
と言って、セレさんは仕事に戻ってしまった。
「じー………………」
「ソ、ソリエさん? どうしたんですか?」
さっきから、ソリエさんがジト目で睨んでくる。
「別に、何でもありません! ふんっ!」
あ、あれー。
何か怒らせてしまったようだ。
これは何でもあるやつだな。
やっぱり、さっきのがまずかったか。
「さ、さっきのは冗談だったじゃないですか。俺が本気なのはソリエさんだけですって」
いかにも、チャラ男が浮気現場を見られた時にする、言い訳のような薄い言葉を並べてしまう。
「どうせハオトさんは、セレさんみたいな大きな胸の人に姉になって欲しいんでしょ」
敬語が崩れるくらいには、怒ってらっしゃるようだ。
「あ、あれは違うんです! 何というか……山! そう、山です! 山があったら登りたくなるのが男というか……。ごめんなさい! もう他の人には言いませんから!」
「どうせ私は平野ですよ! ふんっ! それに1度浮気する人は、もう1度するっておばあちゃんが言ってました」
おばあちゃーーん!!
何、余計なこと言ってんだぁ!
というか、浮気!? さっきのは浮気なのか?
でもそうか。
返事待ちの状態で、他の人にも姉告したんだもんな……。
ん? 待てよ。
何で、俺が他の人に姉告した事にソリエさんが怒っているんだ。
はっ!? もしかして……
「嫉妬……ですか?」
「な、なななな何を言ってるんですか! もう知りません! ふんっ!」
そ、そんなー。
俺は、がっくしとうな垂れる。
こうなったら最終手段だ。
余り使いたくは無かったが、このままだとまずい。
「なぁ、ガラン。お前からも何か言ってくれよ。あんな山の前じゃ何も出来ないよな?」
そう! ソリエさんにイケメンと言われたこいつなら、説得できるはず!
こいつに貸しを作るようで、気は進まないが、背に腹は変えられん!
ガラン! 後は頼んだ!
「この奥に、妹パラダイスが待っているのか。はっ……。しまった! 清掃の後、シャワー浴びてくれば良かった! ぐおー!」
もうお終いだ…………。
俺はこれからどうやって生きていけば良いんだ……。
俺は再度、肩を落とす。
ソリエさんを怒らせたまま、俺たちは裏庭らしき所に出る。
「わぁ……」
「こ、これは……」
ソリエさんとガランに続けて俺も、下を向けていた顔を前に上げる。
「な、なんじゃこりゃ」
目の前には、貴族の屋敷並みの広さを持った庭が、広がっていた。
孤児院自体も大きかったが、これは壮観だ。
というか、ここが本当に孤児院なのかが疑問だ。
わちゃわちゃと、子供達が遊んでいるが、そのどれもが、綺麗な服を着ている。
さすがに、貴族のような煌びやかな服ではなく、簡単な素材で、作り方が丁寧な物のようだ。
俺たち3人が呆気に取られていると、子供達が駆け寄ってくる。
「おれ? 今日はリミナお姉ちゃんはいないの?」
「ごめんね。今日はリミナ先輩お仕事なの。だから、私と遊んでくれたら嬉しいな。良かったらソリエお姉ちゃんって呼んでね」
子供の素直な疑問に、ソリエさんが膝をついて返す。
ソ、ソリエお姉ちゃん……だと。
俺も呼びたい!
と視線で訴えると、ふんっと顔を逸らされてしまった。
「うん、いいよー。ソリエお姉ちゃん、あっちでおままごとして遊ぼー」
仲直り出来ないまま、ソリエさんが連れて行かれてしまった。
はぁー。どうすればいいんだ。
そう言えば、ロリコン変態は……。
「ここが……。ここが楽園か! 長い道のりだった……」(エデン)
いや、ギルドから数10分歩いただけだから。
と、心の中でツッコミを入れていると、1人の幼女が、飢えた狼の前に来てしまう。
「イケメンのお兄ちゃんあそぼー」
「ぶふっ!」
あ、鼻血出した。
「くっ……。い、いいだろう。だが、遊びと言わずとも、何でも好きな物を買ってやろう!」
おいおい、流石にそれはダメだろ。
鼻を抑えながら、ガランは気持ちの悪い笑顔を浮かべる。
「えー? わたし、それよりお兄ちゃんとあそびたーい」
「ぐはっ!」
あ、吐血した。
大丈夫か? あいつ。
吐血した狼の元に、更に餌が群がってくる。
「わたしもイケメンお兄さんとあそびたーい」
「「「わたしもお兄ちゃんとあそびたーい」」」
「ぐおばっ!!」
あ、死んだ。
ん? 何してるんだ?
幼女達は、ニヤッと顔を合わせると、気絶したガランをみんなで持ち上げて、屋敷の中へと運んで行った。
そうか、逆か。
どうやら、ガランの方が餌だったようだ。
ガラン、お前の事忘れない……。
俺が敬礼しながら、ガランを見送っていると、1人の男の子がテクテクと、歩いて来た。
やっと俺にもお呼びがかかったかな。
よし! 今日は沢山遊んでやるか!
「そこの余り物の人。仲間に入れてあげましょうか?」
「へ?」
あーやだやだ。
俺の心も汚れちまったもんだ。
こんな小さな男の子が俺の事、余り物って言ったように聞こえちゃったよ。
そんな訳ないのにな。
「よし! 俺が遊んでやるぞ!」
「あ、そういう態度でしたら結構です。いるんですよね。身長が大きいだけで、上から目線になる人。それが通じるのは、冒険者学校の中等部までですよ。余り物の人」
ん? 俺の耳がおかしくなったのかな?
こんな可愛い男の子に、説教された気がするんだけど。
「はぁ。どうするんですか? 遊ぶなら早く来て下さい。時間は有限なんですよ。余り物の人。略して、余り人さん」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って」
余り人?
あれ? 俺だけ?
この状況についていけてないのは。
「何ですか?」
俺がおかしいのか?
いや、きっとこの子は、素直になれない系の子供なんだろう。
ここは、俺が一肌脱ぐとしますか。
「僕? 遊びたい時とは、素直にお兄さんと遊びたいって言えばいいんだよ」
俺はしゃがんで目線を合わせ、優しく笑顔を作る。
「はい? 何言ってるんですか? こっちがわざわざ、余り物のあなたに声をかけてあげてるんですよ? あと、初対面のくせにお兄さんぶるのやめて貰ってもいいですか?」
こ、このガキィ。
こっちが下手に出てれば……。
だが、ここでキレるわけにはいかない。
何故なら、俺は大人だからな。
大人の対応ってやつを見せてあげよう。
「そ、それは悪かった。よーし、それじゃあ仲間に入れてもらおうかな」
俺は青筋をたて、ヒクヒクとひきつった笑顔で話しかける。
「最初から、そういう対応してくださいよ。これだから子供は」
俺は大人……大人の対応。俺は大人……大人の対応。
「今から鬼ごっこをやる予定だったので、あなたが鬼をやってください。残り人さん」
俺は大人……大人の対応。俺は大人……大人の対応。
俺は大人……大人の対応。俺は大人……大人の対応。
俺は大人……大人の対応。俺は大人……大人の対応。
「よ、よーし、分かった。俺が鬼だな。任せとけ!」
「はいはい。それじゃあ、10数えたらスタートです。残り人さん」
すると、生意気な男の子は友達の所へ行き、説明したようで、「わー」と、あちこちへと逃げる。
それを見て俺も、カウントを始める。
「10……9……8……」
ふっふっふ。
ここまでコケにされるとは思わなかった。
「7……6……5……」
子供だからとこっちが怒れないのをいい事に、ペラペラ喋りやがって。
これは1度お仕置きが必要だな。
今まで怒ってくれる人がいなかったんだろう。
「4……3……」
でも大丈夫だ。
その嫌な役は俺がやろう。
「2……1……」
上手く逃げてくれよ?
今の俺はちょっと手加減出来ないからな。
「0」
オラァ!!
ガキ狩りの始まりじゃぁぁぁぁあ!!
生存者 残り8名
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