7話
ザー、ザー、ピヨピヨ、ピヨピヨ。
噴水と小鳥の鳴き声が、心地良く聞こえる早朝。
この街で、最も栄えている噴水広場。
中心には、シンボルの大きな噴水が、一定のリズムで水を流している。
それを囲むようにして、店がズラリと並んでいる。
空いている店はまだ無く、バッタン、バッタン。ガシッ、ガシッと仕込みや、開店準備の音が聞こえるだけだ。
そんな冒険者学校の休息日。
俺はある人と一緒に早朝デートに来ていた……わけではない。
まぁ相手が、可愛くて包容力のある姉だとしたらそれも悪くない。むしろ、お願いしたい。
だが、残念ながら俺に現在、姉はいない。
変わりに隣にいるのは……
「ロリコンと一緒か……」
「ロリコンじゃねぇ! 妹コンと言え!」
朝から大きな声出すなよ。頭に響くだろ。
はぁ。なんで休息日までこいつと一緒にいないといけないんだ。
それは昨日の訓練後、先生にこっぴどく怒られた後の事。
✳︎
「お前らには、明日1日ギルドの依頼を受けてもらう。勿論、報酬は出る。まずは、朝清掃だ。明日の早朝、噴水広場に行って街の清掃をやってもらう。ギルド職員が誰かしら来るから、詳しくはそいつに聞くように。くれぐれもサボろうなんて考えるなよ? 分かったな?」
✳︎
あの時は頷く事しか出来なかった。
もうあの先生だけは、怒らせないようにしよう。
「おい、もっと離れて座れ」
と、朝からご機嫌斜めのガランが、噴水近くのベンチに座っている俺に声を掛けてくる。
「いや、もうベンチ1つ分空けてるじゃねーか。嫌ならお前が離れろ」
既に俺たちは、ベンチ1つ挟んで、違うベンチに座っていた。
「ちっ」
どうやら諦めたようだ。
それにしても来るって言ってた、ギルド職員の人遅いな。こいつと2人きりってだけでイライラしてるんだから早く来てくれよ、まったく。
「すみません! お待たせしました」
噴水を背にした、俺の背中に鈴のような声がかけられる。
振り向くとそこには、俺の姉候補、ソリエさんがいた。
思わず触りたくなるような、艶がかった長い黒髪が、後ろで2つに結われている。所謂、おさげ。
前髪は目の上で適当に切り揃えられていて、走って来たせいか、少ししっとりしている。
目は垂れ目気味で、瞳は妖艶さを醸し出すような、ルビーレッド。
これで、ボンッキュッボン! なら男は一発KOだろう。
だが、残念ながらソリエさんは幼児体型。
それはそれでそそられるんですけどね!
「いえ、今来た所です」
俺は待ちくたびれた表情を、瞬時にキリッと引き締める。
「わぁ! 冒険者学校の方というのはハオトさんの事だったんですね。えぇと、話ではもう1人居ると言われたんですけど……」
「遅い」
いつの間にか、俺の横に来たガランが不満を言う。
「す、すみま……」
ソリエさんはガランの方を向いて謝ろうとすると、目と口を開いて固まってしまう。
「あぁ、こいつは気にしなくていいですよ。いても不快になるだけなんで。怖いですよね。なので、清掃はこいつに任せて、これから2人でお茶でもどうですか?」
あーあ。
ガランの気持ち悪さと怖さを感じて固まっちゃったよ。
「おい、てめぇ! 何勝手にサボろうとしてんだ。というか、店なんてどこもあいてねーから!」
「…………」
「ソリエさん? 本当に大丈夫ですか? 何なら何処かの宿で一休みしますか? 良い宿知ってますよ俺」
「今度は持ち帰ろうとするな!」
あれ? こいつツッコミキャラだったっけ?
「…………」
ソリエさんはまだ固まってるし。
「ったく。おい、そこの女。ジロジロ人の顔見るんじゃねーよ」
「てめぇ! ソリエさんに向かってなんて口の聞き方してんだ! この人はこう見えても年上だぞ!」
「あぁ? それがどうした。というかお前、この女のなんなんだよ」
んなっ!?
こいつ、人のデリケートな部分につっこんできやがった。
「そ、それはあれだよ。……友達以上姉未満ってやつ……お前関係ねーだろ!」
「……メン……です」
とそこにとうとう、ソリエさんが口を開いた。
「え? ソリエさん?」
「イケメンさんです! まるで、物語に出てくる王子様みたいです!」
「えぇーー!?」
ソリエさん正気か?
確かにガランはイケメンだ。それは分かる。
でも王子様はないだろー。
いいとこ、柄の悪いチンピラの若頭的なもんだろ。
あの人達は何故かカッコいいからな。
「あわわ〜。王子様がこんな所に何の用でしょうか〜」
ソリエさんは頭の周りに花を咲かせて、口を半開きにし、ポワポワと自分の世界に入ってしまった。
何この人。こんな可愛い生き物だったの。
はっ! そんな場合じゃない。
はやく正気に戻さねば。
ガランという毒牙にかかる前に!
「ソリエさーん! 戻ってきてー! こいつ顔だけ! 顔だけの男なんですよ! 男は中身! 中身で決まるんです!」
「ふむ。なかなか見所のある女だな。だが、残念ながら俺は妹にしか興味はない。聞いたところお前は年上らしいじゃないか。実に惜しい。見た目だけなら、32番目の妹にしてやっても良いんだがな」
「ふざけんな! 何ソリエさんに手出そうとしてんだ! ソリエさんは俺の姉になる予定の人だぞ」
「別に手なんか出そうとしてない。どうしても妹になりたいと言うなら、してやってもいいと言っているだけだ。というか、お前年齢はともかく、こんな幼そうな奴も姉にしようとしてるのか」
「ふっ。お前は何も分かってないな。俺の姉レーダーがビンビンに反応してんだよ」
と言って、俺の頭の上のアホ毛がビンビンになる。
「要するに、勘って事か。……バカだろお前。どう考えてもこの人は妹になる人だ。俺の妹センサーに引っかかっているからな」
「んだと! やっぱり手出そうとしてんじゃねーか!」
「はっ! 私は何を……」
ガランと口論になりかけていると、やっとソリエ姉(仮)が目を覚ました。
「ソリエさん! やっと正気に戻りましたか」
「おい。妹になりたいなら、そう言え」
「い、妹? 何の事でしょうか。と、とりあえず、ごめんなさい」
さすがソリエさん!
やっぱり俺の姉になる気なんだな、きっと。
「んなっ! お、俺が振られた……だと……」
「あわわ! す、すみません。私には王子様の妹なんて、荷が重いですぅ」
「俺は王子じゃない。ガランだ」
「ガランさんですか。私はソリエ。最近この街のギルド職員になったところです。今日は宜しくお願いします」
自己紹介を終えると、ソリエさんは俺に、今日の依頼書を渡して来た。
「まずはこの街の清掃ですね。毎回のようにこの依頼は余るそうで、今回のように冒険者学校と冒険者ギルドの方でやっているそうです」
「へぇー。俺たち冒険者がやるのは分かるけど、何でまたギルド職員の人が?」
「まぁ言ってしまえば、街の人に好印象を持たれる為らしいですね。ですので、今日は制服できました! 私、ギルドの制服って可愛くて好きなんですよね〜。えへへ」
と言ってソリエさんはくるっとその場で回ってみせる。
か、可愛い。
思わず、俺はポカーンとしてしまった。
冒険者というのは荒くれ者も多い為、街の人に煙たがれる事もある。そして、冒険者と深い関わりのあるギルドも同じような印象を持たれてしまうらしい。なので、こういう地道なアピールをしてるってわけか。
……こんな早朝だと誰も見てませんけどね。
「でも、私驚きました。"マリお姉ちゃん親衛隊"というパーティーと一緒だと言われていたので、どんな人なんだろうと思っていたら、ハオトさんだったので」
「げぇ!? そ、その名前は……」
「はっ!? 先日、私に姉告というのをしてきたのに、"マリお姉ちゃん親衛隊"という事は……これは浮気と言うやつですか? ん〜、でもまだ私も返事はしてないし、これはセーフ? 怒った方がいいのでしょうか」
「それは違うんです! 勝手に名前つけられただけです! 本当に! 俺はソリエさん一筋です!」
「おい、どうでもいいから、さっさと清掃とやらを終わらせるぞ」
俺が慌てていると、後ろからやる気のない声がかかる。
「す、すみません。はしゃぎ過ぎでしたよね」
「ソリエさんこんなロリコンに謝らなくていいですよ」
「誰がロリコンだ! 妹コンだって何度も言わせるな!」
そこかよ!
毎度そこはつっこむのな。
「ほえ〜。ガランさんは妹コン? なんですね。ところで、パーティーはお2人で組まれているんですか?」
「そうですよ。不本意ながら。本当に不本意ながら」
大事なので2回言いました。
「ふんっ。こっちこそお前と同じパーティーなんて不本意だ」
「おいおい、男のツンデレは気持ち悪いだけで、需要ないぞ。デレだけは勘弁してくれよ?」
「俺はツンデレじゃない! ツンデレが許されるのは、妹だけだ!」
「はぁ? 何言ってんの? 姉だって許されますぅ」
「バカか、お前。姉のツンデレ? あり得ない。あってもツンだけだ。しかもそのツンはツンデレとは違う。あれは凶器だ。いいか? 想像してみろ。弁当を作ってくれるツンデレな妹と姉がいるとする。
妹の場合は……
「べ、別にお兄ちゃんの為に、作ってあげたんじゃないんだからね! 私の分作る時に、たまたま余ったから作っただけ! ふんっ! お兄ちゃんなんて大っ嫌い!」
訳すと
「お兄ちゃんの為に、朝早く起きて一生懸命作ったよ! 褒めてくれるかな? 美味しく出来てるといいな。お兄ちゃん大好き! 好き好き好きー!」
姉の場合は……
「別にあんたの為に、作ってあげたんじゃないわよ」
訳すと
「昨日のおかず、捨てるの勿体ないからテキトーに弁当にしただけ。これ貸しだから。さっさと良い男紹介して。あと、帰りにデザートよろしく〜」
という感じになる」
「いやいやいや! お前の姉の価値観、歪み過ぎだろ! 何か妙にリアルだし。あと、長い! 長過ぎてソリエさん、ポカーンってなっちゃってるから!」
「……っは! 私ポカーンってしてないです! してないですよ!」
いや、もう遅いですソリエさん……。
「それより、お2人はとっても仲良しなパーティーなんですね」
「「仲良くない(です)!!」」
「ぴぇ〜! すいませ〜ん!」
そんなこんなで、俺たちは街の清掃という依頼をこなしていった。
俺とガランの口論がうるさくて、近所の人から「うるせぇぞ! 何時だと思ってんだ!」と怒鳴られるアクシデントはあったが、まぁ平和に終わった。
そして、俺たち3人はギルドへ戻り、報酬を受け取って、ギルド内にある食堂、兼酒場のテーブルを囲んでいた。
因みに、俺とガランはソリエさんに言われ、渋々隣の席だ。そして、前にソリエさん。
「で、これが3時間近く、朝から街のために清掃活動した者への報酬か」
「ちっ。やっぱりサボれば良かったぜ」
「あわ〜。疲れました〜。でも楽しかったです」
俺たちは、ギルドから報酬といって、透明に近い液体が並々入ったジャッキを、それぞれ1杯渡されていた。
ゴクッゴクッと喉を鳴らしながら飲んでみる。
「「「っぷはーー!」」」
味は甘いが、しつこくはなく、ほんの少し酸味が効いていて疲れた身体に染み渡る。
まさに、運動など身体を動かした後には、丁度いい飲み物だった。
「って運動水1杯かよ!」
「報酬なんて、ないも同然だな」
「美味しいですね〜」
これは誰もやりたがらないわけだ。
3時間も労働させておいて、報酬が運動水1杯って。
アホか! この飲み物にどれだけの価値があると思ってんだ。
普通のパン1個とあんまり変わらないんだぞ。
「お待たせしました。こちら、朝カレーになります」
「はい、俺です」
割りに合わない報酬に不満を覚えながらも、頼んでいたご飯が届いた。
朝といったらカレーだよな!
その後、みんなの注文が届いた俺たちは朝食を取り、次の依頼の話へ移る。
「ソリエさん、次の依頼は何ですか?」
「えぇと、次は……」
ソリエさんはポケットから、綺麗に折り畳まれた紙を取り出す。
「次は孤児院で、子供達と遊んで欲しい! という依頼ですね」
「お、今度は楽しそうでいいですね」
「こ、子供……だ、と……」
何かガランが、おかしな反応してるけど無視無視。
それにしても、どうせこの依頼も余り物だろう。
子供達と遊ぶんなら、子供好きとかがやりたがりそうだけどな。
「ちなみに、報酬はお昼ご飯を振る舞ってくれるそうです」
「おぉー! 運動水1杯より全然良い! 子供とも遊べてお昼ご飯まで食べられるなんて……良い依頼じゃないですか。何で余ってるんですかね」
「それが……その孤児院、ギルド長の家なんですよ」
「え? 家? ギルド長って孤児院に住んでるんですか?」
「ええ。と言ってもだいたい遠征で家には居ないんですけどね。基本は奥さんが、子供達の面倒を見ているそうです」
「へぇー、そうだったのか」
そういうことか。
冒険者からしたら、ギルドってのは働き口との大事な仲介人。
そんなところの長の家なんて、誰も行きたがらないよな。
「そうなんですよ。尊敬しちゃいますよね。あ、そうそう。ここのギルド職員のリミナ先輩は、そこの孤児院出身なんですよ」
「あー。それは知ってます。結構、有名ですからね」
「あれ? ご存知でしたか」
リミナ先輩と言われた人は、先祖返りの為、エルフの容姿をしている。
だから、嫌でも色々な所で話に上がる。
みんな珍しい物が大好きだからな。
まぁ俺は珍しい物好きとは別で、調べていた事があったんだけど。
「おい、お前ら早く行くぞ!」
子供と言うワードを聞いて、テンションマックスのガランがもう既に、ギルドの扉の前にいた。
「はいはいっと。それじゃあ行きますか、ソリエさん」
「はい! ふふ……」
席を立ちながら、微笑むソリエさん。
「どうしたんですか?」
「いえ、今日はお2人一緒なので、楽しい1日になりそうだなって」
女神だ。
女神が御降臨なされた!
俺は、絶対にこの人を、姉にしてみせると、心に誓ったのであった。
ガランとの掛け合いは書いてて楽しいです。
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モチベが本当に変わります!