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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

展開が早すぎる

作者: MMシュン

 最近考えるのはこの事ばかりだ。


今日の晩飯何作ろう……。


 世の中の大半の大人が持つ悩みを、この春から高2となった俺も、同じく持つことになった。

毎日じゃないだけましか。

俺が晩飯に悩むのは、金・土・日の、週末3日だけだ。

今日は金曜日、まず買い物をする。

特売を中心に材料を吟味し、3日分の献立を考え、余らせないようにつかいきる。



「若宮君、そんなに頑張らなくてもいいのよ。学生のうちは、ここにいる権利があるんだから……。」


心配顔で言う、年老いた顔が浮かぶ。

施設の先生はそう言ってくれるけど、実際入所者は定員を超える人数だ。

事故で入院してたぶん、学年は1年遅れてしまったが、年齢的にはこの夏の誕生日で18歳、

一人で生きていかねばならない年齢だ。


 幸い俺には親の生命保険があり、きちんと後見の弁護士が管理してくれている。

頼れる親戚がない為、施設入所となったが、

俺より助けが必要な子供は、五万といるだろう。

一つでも席を開けることは、実際必要だと思う。

中2から今まで3年間、十分世話になった。

今は一人暮らしに向けて、週末だけお試し中というわけだ。

平日は施設で暮らすため、家賃はもったいなく感じるが、数カ月の事だ。

しばし、週末だけの自由を楽しむのも悪くないだろう。


ピッピーー!!


 笛の音に、ハッと思考が戻される。


「ラストーー!」

記録員の檄が飛ぶ。


周りの部員がグイッとスピードを上げた。


ヤバい、タイムトライアル中だった!


 思考をシャットアウトして、肉体の動きに集中する。

すでに重くなった手足を、もう一度自分のフォームに戻そうともがく。

息が乱れる。

さっきの一呼吸で、ブレスとフォームがバラバラになったのを感じる。

くそっ!無理か!


結局ラス1で、俺は3人の部員の背中を新たに見ることになった。


 タイムトライアルに参加した部員はそれぞれ木陰に移り、

各々ストレッチと水分補給をする。

数人は、記録員やコーチと結果について話し合っている。

俺もストレッチをすべく、空いてる場所を見つけ、木にもたれる。


「っはぁ―…」

思わず深い溜息を吐き、ずるずると座り込んだ。


「何考えてた?」


目の前に、スポーツドリンクの入った水筒が差し出される。

受け取って仰ぎ見れば、無表情な小倉が仁王立ちだ。

目が座ってる。

いや、そんな怒んなくてもさぁ…。

ドリンクをゴクリと飲んで、

へらっと笑う。


「オグ~っ!助けて~!」


ガバリ、と腰に抱き着くと、ガシッと頭蓋を両手でつかまれ、

上を向かされる。


「ほー、タイムトライアル中に、考え事する余裕のある若宮クンに助けが必要とは思わなかったねぇ。」


いやいや、目が怖いから。

声も氷点下だから。


「3人も抜かれちゃった~。」

「当たり前だ。」

容赦ない言葉が返ってくる。


「そのうちの一人はオグだけどね!」

「当たり前だ。手抜きのワカに負けるほど俺は間抜けじゃない。」


酸素の送り先を脳に集中しながら5000メートルを走ってた俺は、大した間抜けだな。

ちょっとだけ反省。

ついでに質問。


「今日の晩御飯が思いつかんのですよ。」

「下らん。カレーにしろ。」

即答か!


「でもそうすると、俺、3日間カレー食べると思うんだよね~。」

もちろん既に、経験済みだ。


「ルーを入れる前に半分保存容器に移せ。片方はカレーにして、片方は肉じゃがにしろ。

ルーの代わりに、しょうゆと砂糖入れたら肉じゃがだ。」


えっ!!

肉じゃがってそんなんでしたか!?

スゲーな、じゃがパワー!!


小倉はなおも続ける。


「肉をブタにしろ。材料に火が通った後、3つに分けて、一つ目は味噌とねぎ入れて豚汁だ。

二つ目は、砂糖と醤油で肉じゃが、汁は少なめで、味が足りなけりゃ出汁の素いれとけ。

三つ目はカレールーだ。冬なら、シチューでもいい。」


「はい!先生!」

俺は正座で挙手だ。完全聴講スタイルだ。


「なんだ、若宮。」

クイッと、メガネのフレームを持ち上げ、胸の前で腕を組む。

小倉も乗ってきた。


「今、ジャガイモが高いです!」

以前の2~3倍の値段だ。びっくりだ。


「ニンジンを多めにしろ。きのこ類も入れろ。値段が安定している。

ジャガイモにこだわらず、サトイモでも、長芋でもイケる。特にカレーは懐が深い。

レンコンやごぼうも使え。不溶性食物繊維も水溶性食物繊維も取れる。

大根が安けりゃそれもいい。カレーに入ってても大して気にせず普通にうまい。」


なんと!

カレーのポテンシャルスゲーな!!

そして、小倉の知識も半端ねーな!!


「固定観念を捨てろ。料理は実験と同じだ。発想こそが重要だ。」


「はい!先生!先生は料理が得意なのでありますか!?」


意外と趣味だったりするのか?料理男子か。

中学からの付き合いだが、聞いたことないぞ。


「授業以外で料理したことはない。今言った料理は全部思いつきだ。」


っっ!ぎゃーっ!

カレーなら イケるイケる詐欺か!


「でもなんか、いけそうな気がします!!」


「ああ。天国を見せてあげよう。」


眼鏡の中の瞳が仄甘くきらめく。


「キャー素敵!!」


ふざけて言って、

俺はもう一度ガバリと小倉の腰に飛びついた。


「おわっ!」

小さく叫んで、勢い小倉はばたりと後ろに倒れこむ。


「なっ、なんだ!?」

いつも無表情な顔が、驚きと戸惑いを見せる。


けど、俺も必至だ


「もう我慢できません!!」


「は??」


腰に縋り付きながら小倉を見上げる。

俺の顔はきっと、情けなく赤面してるに違いない。


限界だ。


「オグ!助けて!」

ちょっと涙目で見つめる。



「あし、つった!!」


「!!っっおっ前、早く言え!馬鹿かっ!」


ぎゃーっ!

やべー!いてー!



俺は天国を見る前に、地獄をみることになった。



「……っあっ…っく、いたっ、ん、はぁ、オグっも、ちょっと、やさしくしてっ……」


懇願する俺を、眉間にしわを寄せて、小倉が見遣る。

顔が赤いのは怒ってるからか。


「……黙れワカ。それ以上声出したら、絶叫施術にきりかえるぞ。」


ひえっ。

ご遠慮申し上げる!


俺はぐっと口をつぐんで横を向いた。

 

 涙目で寝転んで、小倉に足を持ち上げられつつ、校舎の方へ眼をやると、

校庭へ降りる階段の上に、二人の生徒が見えた。

帰宅部なのか、制服姿でじゃれあっている。



 ふと思う。


帰宅部という選択肢は俺には無かった。


 事故で1年遅れたせいで、学年すら違ってしまった。

彼とかかわれるのは、唯一、部活の時くらいだ。



「同じ高校に来いよ。また一緒に走ろう。」


そういわれた時は、うれしかった。


不幸な事故なんてありがちな言葉で片づけられ、けれどお前はもう違うと距離を置かれる。

皆の思う普通から逸脱した俺と言う異物を、それでも普通に接してくれる。

小倉は唯一の存在だった。


ちょっと、泣いた。



理不尽に恨み、怒りをぶつけた時


不安で叫びだしたくなった時


さみしくて、呆然と立ち尽くす時


おれのまえにはいつも彼がいて、


受け止めて、受け止めて、受け止めて


離れなかった。



 小倉は来年、卒業する。

優秀だから、いい大学に行くだろう。

俺とはきっと、決定的に道が分かたれる。


もう一緒に走れるのもあと少しだ。


このまま、一緒に走り続けるには、

今一つ、コマを進めなければいけない。



「固定観念……」


ぼそりと俺はつぶやいていた。


「ん?何か言ったか?」


つった足をマッサージしつつ、小倉が訊き返す。


なんとなく顔を見れなくて、横を向いたままボソリとつぶやく。



「オグの実験的メニュー、今日、食べにくる?」


ちょっと声がかすれた気がする。

ずっと思ってた。でも、だから避けてきた。切り取られた空間に二人きりになることを。

その時、俺たちの関係が転がる先に何が待っているか怖くて。


 目線の先にはまだ、帰宅部の二人が見える。

4月の風がグラウンドの砂を舞い上げて、二人の姿を霞ませた。


寝ころんだ木陰の芝生が、チクチクと体を刺激する。


ふと、木漏れ日が遮られ、俺の上に濃い影が差した。



「一緒に天国をあじわう?」



降ってきた言葉と、覗き込む顔の近さに、一瞬息をのむ。


心臓が、ドクリと音をたてた。


思わずのけぞって下がりたくなるが、地面に寝転んで、それ以上下がれるわけがない。


小倉はその距離のまま、ふっと、口の端を持ち上げる。


からかうような瞳が、わずかに切なく眇められたように見えたのは、気のせいか。



「……地獄かもよ?」



小倉の瞳を見上げて答える。


いいのか?その道は、修羅の道かもしれないぞ。


踏み入れたことのないその道は、何の保証もない未来も見通せない

不安ばかりの霧に包まれた光の射さない暗闇だ。

ただ手を取る二人の熱だけが、先へ進む足を動かす唯一の頼みの綱。


今ならまだ、向けられた情も返す情もそれの名前を友情と言い続けられる。

真っ直ぐな瞳で問いかける。わかってる?

一度でも口にすれば、熱を感じれば、俺からはもう手を放してはやれないよ。



「もとより、望むところだ。」


ニヤリ、と笑うその顔は、なんとも満足そうだった。





――その後、俺の部屋に来た小倉は、おもむろにお泊りセットを取り出して、

部屋のあちこちにセットしだした。

泊まっていけと言った覚えはない。食事だけして帰る選択肢もあったはずだが、

当然のように歯ブラシや、着替え、メガネスタンドやスマホ充電セットまで当然のように設置された。


「……何でそんなん、持ってんだよ。」

胡乱に見つめる俺に向かって、小倉はいい笑顔で答えた。


「俺はいつでも準備万端なの。3年前からね。」


「何のー…」準備が万端なのか、

なぜか訊くのは得策でない気がして、そのまま沈黙する事にした。

嬉々として荷を解く小倉を横目に見ながら、ベランダのサッシを開ける。

アパートは築年数こそ経っていたが、きちんと管理されていてリフォームもされている。

一人暮らしにはもったいない2DKと言う広さな上、近隣の道が狭く駐車場が無いため、破格の家賃だった。紹介してもらった不動産屋に感謝だ。


何より気に入っているのは、細い道路を挟んだ向こうに小さな川が流れていて、川沿いに桜の木が植えられ、喧騒と離れたのんびりとした風情があるところだ。

2階のベランダから外を眺める。


 今年は桜が早かった。


川沿いに、葉桜となった木々が静かに佇む。


来年の桜は、ここから楽しめるかもしれない。

その想像の中の俺が、一人じゃなかったことに、ふと頬が緩む。


チラリと小倉を見やれば、ベットの下にそっと箱を置いていた。何の箱だろう?

やりきったとばかりに満足そうに一つ息を吐き、おれのほうを振り返った。

ともすれば冷たく見られがちな切れ長の目が、目じりを下げ眼鏡越しにじんわりと細められる。

いつも俺に向けられる優しい笑顔が、なんだかいつもより甘い感じがして

顔に熱が集まった。まるで心を見透かされたようでドギマギしてしまう。

ほら、だから二人きりは危険なんだって。




「買い物に行こう。」

小倉はすでに制服も着替え終えて、玄関へ向かう。

俺もすばやく着替え、それに倣う。

「エコバックは持った?」

「持った!2つ!」

エコバックは基本だからな!

得意げに答えた俺に、小倉は流れるように説明する。

それは、行きがけに各店の値段をチェックし、比較検討後、

最短で購入しつつ帰る、神業ルートだ。


天才か!


「肉は商店街の入り口の店が、質がいい。魚は日替わりで、2件目のスーパーか、夕方だと

商店街の端の店が叩き売る。野菜は奥の産直だな。県内産で、日持ちもする。」


だから、授業でしか料理をしない小倉が、なんで俺のアパートの周りの買い物事情に、

激詳しいのか!

それも聞かない方がいい案件か!?


先に靴を履き終え、ドアノブに右手をかけながら話す小倉に、


ふと、負けん気が首をもたげ、左手をつかんで引き留めた。


「合鍵、作りたいんだけど。鍵屋はある?」


瞬間、小倉の目が見開かれる。

俺の顔を見ながら戸惑い気味に言う。


「幹線道路沿い…に、1件ある……」


「一番にそこに行こう。帰りには受け取れるだろ?」


「ああ……」


傾きかけた日差しが部屋をオレンジに染める。

気の早い風鈴の音が、かすかにリーンと聞こえた気がした。


なんだかそうしたくなった。


俺は小倉にキスをした。


小倉はフリーズした。


俺は楽しくなって、

何度も角度を変えて唇を味わった。

両手で頭をガッツリホールドして、

ちょっと、貪ってしまったかも。


狭い玄関で、ドアと壁と俺に囲まれた小倉から、

聞こえるのは二人の唇が触れて、離れて、

また触れる音だけだった。


「っっ…わ…かっ…」


声が聞こえて、ハッと我に帰る。


ヤバい。完全にゾーンに入ってた。


「あっ、っじゃっ、行こっ、か。」


電波の悪い電話みたいになりながら、俺はあわてて靴をひっかけ、玄関を出て、

鍵を閉めた。


ふう、落ち着け。なに全力疾走してんだ。


瞬間

ドン!

ドアが叩かれる。


「おい!ワカ!なんで鍵締めてんだ!?馬鹿、あけろ!」


ハッと気づくと、俺は一人玄関の外、どうやら小倉を閉じ込めたらしい。


相当うろたえてるな、俺。自分でやっときながら。


けど、小倉も同じらしく、

開けろって、いや、中から鍵開けれるじゃん。


どうやら俺は天才を動揺させたらしい。


ドアを見つめて考える。

小倉が自分でカギを開けるころには二人とも落ち着くだろう。


そう思って、廊下の壁に背中を預けた。


このまま突っ走ったらきっと息切れする。

そんなんじゃダメだ。

俺は走り抜けた過去が欲しいんじゃない。


ゆっくり続いていく、未来が欲しいんだ。


この展開は、いささか早い。



壁の上に頭を乗せて、春霞の空を見上げていると、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。

はたして小倉はどんな顔で出てくるか、と期待したが

いつもの無表情がそこにあった。

冷静か。さすがだ。


「……鍵締めろ。早くいくぞ。」


どうせ泊りだろうに、何を急ぐのかと首を傾げる俺に、


「鍵屋が閉まってたら、俺は膝から崩れ落ちそうだ。」


そんなレアオグ、見てみたい。

とは思っても口には出さず、


「だな。いそごう!」ポン、と背中をたたいて、並んで歩く。


そうだ。ゆっくり行こう。何時もならんでいられるように。


「心配すんな。もうしないから。」

何とは言わず、俺は宣言した。



「………ひざを折って泣きそうだ。」


ポツリとつぶやいた小倉の声は俺には届かなかった。



 アパートのエントランスを出ると、ふと、顔を上げた小倉が言った


「川沿いを歩こう。桜並木があるんだ。今年はもう葉桜だけど……」



その言葉の続きが、聞かずとも分かった時、


同じ思いが、同じ言葉を紡ぐのだと分かった時、


押し寄せるような、どうしようもない幸福が俺を包んだ。



 ああ、記憶のどこかに在った言葉がふいによみがえる。

それはなんだったか、霞みがかった内から浮かび上がる言葉が。



 『だって、僕は今、幸せだから。』


 


 久しぶりに走るのをやめて、がむしゃらに手を振るのをやめて、

景色を見ながらゆっくり歩ける気がする。



 そうか、俺は今、幸せか。



 得たもので、失ったものの穴は埋められない。


けれど心の、奥底で、繋がるそれらは、同じ香りと温もりで、俺の心を包んでくれる。



 進む道は違っても、今ならまた言える。



 『だって、俺は今、幸せだから。』




 小倉と目が合う、いつもの眼だ。

気遣い、いたわり、包み込む。


愛しいと、何よりも語るやさしい眼差しだ。



 俺はぎこちなく笑みを浮かべる。




もはや宣言を守れる気がしなくなった。




















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