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「そうそうグリン。旅は旅だけど、もうここには戻るつもりはない。向こうの一階層、ここよりはるかに栄えている町になっているから、そこに移住する」
「え?あなた、大丈夫?ダンジョンの中に住む人……死にたがりの冒険者じゃないのですよ?わかっています?」
少々圧が強くなっているが、ここでも村に現れた光族の話をして半ば強制的に納得してもらう。
「だから、あのダンジョンマスターは何故か俺達に異常に好意的なんだ。有りえないと思うのは仕方がないが、俺は俺の直感を信じる。この回復薬も罠だったとしたら、どの道他の手立てはないから、一蓮托生だ」
「……わかりました。ハリアムとポガルも同じですか?」
「あぁ、共に移住すると決断している」
そこに、リエッタの様子を見に行っていたポガルが戻って来た。
「父さん、落ち着いたよ」
相当長期間家を空けていたので、残念ながらリエッタの病状は悪化していた。
そうなっているだろうと理解していた三人は、貴重な五本の内の一本を帰宅直度に飲ませる事を決めていた。
慌てて様子を見に行く母であるグリンは、苦しそうな表情をしなくなっているリエッタを見てジッタの提言を即座に受け入れる。
グズグズしてはリエッタの病状は悪化するばかりなので、気持ちを切り替えて即行動するグリン。
「一先ずは安心ですね。イーシャ様、プリマ様」
「ありがとうなの、ハライチさん、ミズイチさん、チェーさん」
「早くしっかり治って欲しいなの」
チェーの分裂体が彼らを陰ながら護衛しており、そこからチェー本体を通して情報を得ている。
ここまで手を貸して、仮にポーションが無くなったり奪われたり、効果が無い程悪化していたりした場合は目も当てられないので、チェーの分裂体の力で何とかしようと動いていた。
いくらある程度安全になっているとは言え、少々無理をして夜間の移動を行っていたのに一切魔物に襲われていなかったのは、分裂体のチェーによって始末されていたのが実態だ。
間接的に見聞きするのではなく、分裂体とは言え眷属のチェーが直接病状を判断したことで正確に50倍希釈の回復薬で何とかなる事が確認できたので、安心して彼らの到着を待つだけになっている。
こうして湯原と水野のダンジョン一階層の移住者が増えるのだが、中には邪の心を持っている者も少なくない。
「おいおい、予想以上だぜ!」
ダンジョンに入ってすぐのヒカリ達がいる建屋を完全に素通りして町に侵入して行く一行。
その気配を完全に察知できているが、特段禁止事項に抵触している訳ではないので今の所はダンジョン側が彼らに何かをする事は無い。
今後住民が外に出て帰還して来た際、全員が建屋で手続きをするようでは手が回らなくなる事を見越した処置だが、もちろん全てアイズによって鑑定され、召喚魔物の鎖族による追跡の対象になっている。
手始めに、近くの建屋にズカズカと侵入して中を確認している一行。
「こいつは良いや。おい、もう少し奥、あのデケー城の周りが栄えそうだ。その周囲を全部押さえろ!」
居住は無料と情報が出回っており、これ幸いと根無し草の素行の悪い冒険者一行は町の中でも人気になりそうな場所を手に入れようとする。
ある程度価値が上昇すれば、相当吹っかけて住居を明け渡してやっても良いかと考えており、一気に城周辺に向かって走り出す。
「ハハハハ、最高じゃねーかよ、このダンジョン」
走り始めた頃は良かったが、城周辺に到着する事には相当へばっていた。
「はぁ、はぁ、なんだよ、このデカさ!はぁ、まぁ良い。おい、周辺の建屋の目立つ所に荷物を置いておけ!」
まるで日本の場所取りの様相だが、こうして城周辺の一角を抑えた一行は次なる行動に出る。
「で、テメーらわかっているよな?普通の建屋でこれだけ過ごしやすいんだ。この城。もっと豪華で場合によっちゃお宝があるかもしれねーぞ?何と言ってもダンジョンだからな」
「で、でも。噂でも侵入厳禁とあるし……注意書きも……」
「はぁ?ビビってんじゃねーよ。お前周囲を見てみろ!どこに危険があるんだよ。出来立ての癖にこれだけのダンジョン。逆に言うと、貴重な宝を保管してはいるが、守るだけの力を蓄えてねーんだよ。これはある意味俺達が侵入できないようにする心理的な脅しだ!」
一般的に知られているダンジョンの常識からこの男の言葉に納得した一行は、高い壁や閉じられている門を登り始めるのだが……
「グァ…」「グヘ・・・」「ヘギャ…」
全員が鎖族によって捕縛ではなく叩き落とされて意識を失い、気が付けば荷物も纏めてダンジョンの外に放り投げられており、どこをどうしても二度と内部に侵入できなくなっていた。