(96)
部屋から出て来たジッタを待ち構えていたハリアムとポガル。
次は自分が呼ばれる番か?と二人共に思っていたのだが……
「直ぐにリエッタの所に戻るぞ!」
「え?どうしてだ?何か情報……」
「良いから!」
ハリアムが色々言い始めそうになったので、有無をも言わさずに半ば強引に建屋から出ると、宣言通りにそのままダンジョンからも出て商人から馬車を引き取る。
「お客さん……今入ったばかりなのに、どうしたんだ?最近は商売繁盛だから、これだけ短い時間ならサービスにしておくぜ?でも、こんな時間に戻るとは……冒険者達が急激に増えたから街道は安全だろうが、気をつけてな」
「助かる。また近いうちに来るので、その時には世話になる!」
既に日は落ちているので、こんな時間に移動する者は余程の事情がある者以外は存在しない。
そこを理解している商人は、敢えて止めずに注意喚起したのだ。
ジッタが御者、残りの二人が後ろの荷台に乗り込んで薄暗い街道を村方面に移動する。
道中では中途半端な時間に村を出た者達が野営をしており、結果的に想像以上に街道周辺の安全は確保されているようだ。
「親父!突然どうしたの?」
「そうですよ、父さん。せっかくリエッタを治せる可能性が高い薬草を手に入れられる場所にまで到着したのに、撤退するなんて!」
ジッタの勢いに呑まれて荷台に乗っているが、少々納得のいっていないハリアムとポガルに、前を見ながらも慎重に周囲を確認するジッタ。
明らかに周囲を警戒している素振りなので、反射的にハリアムとポガルも周囲を警戒する。
「親父!何もなさそうだよ。ポガルはどう?」
「こっちも問題なしさ。父さん、ハリアム」
「わかった。ちょっと耳を貸せ。警戒は怠るな」
異常なしと判断した上でこの緊張感。
そもそも愛娘の為に命すら捨てる覚悟で行動していたのに、その回復手段を得られる場所から突然撤退した事が有りえない為、ハリアムとポガルも言われたとおりに周囲を警戒しつつ、ジッタの傍に近寄る。
そして説明を受けたのが、ダンジョン関連の者である光族からの提案と回復薬の提供の話。
「それは……確かに誰にも言えないし、秘匿する必要があるね、親父」
「一刻も早く戻るこの行動も理解できたよ、父さん。良し!リエッタの為だ。もうひと踏ん張りだ!」
喜びながらも、何時も以上に気合を入れて周囲の警戒を行いつつ、娘・妹の待つ村に向かって進んでいるのだが、御者は交代できても馬は連続で進ませる事は出来ない。
はやる気持ちを抑えつつも時折休憩を挟んで進んでいる三人の話題は、やはり湯原と水野のダンジョン。
「実はな、今回リエッタとグリンもつれてあのダンジョンに戻って、一階層に永住しようと思っている。お前達は好きな選択をすると良い」
「ハハハ、実は俺もあの一階層に住んでみたいと思っていたんだよ。二階層で体力をつけて、三階層で癒せる。で、必要であれば四階層に向かって収入を得て……最高だと思う」
「確かに、ハリアムの言う通りかな。今の所は罠どころか俺達に配慮し過ぎだしね。ダンジョンマスターは余程のお人好しなのかな」
「実は、既に糧が必要ない程の力を持っている……なんてな?」
「ハハハ、親父、ないない!だって、出来て間もないって話だからね」
「ぷぷぷ、父さん。ハリアムの言う通り!もっと面白い事を言ってくれるのかと思っていたけど、期待外れだね。二点!」
「おいおい、何点満点だよ?」
娘の為に行動し続けてきたのだが、成果が間もなく得られるとの期待から軽口を叩ける余裕が出ている三人。
奇しくも正解に辿り着いてはいたのだが、やはり一般常識的には有りえない事なので一蹴されている。
そんな旅も8日。
「戻ったぞ!」
「あなた!どうでしたか?もう薬草を手に入れたのですか?何とかなりそうですか?費用はどのくらい必要ですか?」
「落ち着いてよ、お袋!」
「そうだよ、母さん。気持ちは分かるけどね。落ちついて父さんの話を聞いて。悪い話じゃないから。その間俺達はリエッタの所に行ってくるから」
こうしてジッタの妻であるグリンも、普通では考えられないダンジョンマスター側からの助力について聞かされた。
証拠として、見た事もないような回復薬を見せられては信じるほかなく、慌てて旅の支度をするのだった。