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三人が今このタイミングでこの場に来たのは、召喚冒険者の岩本が村の宿泊場で寝ている事を知っているからであり、余計な接触は避けるべく事前に情報収集の上で行動している。
既に五階層までは踏破された為に岩本から情報が出回るだろうと判断して、冒険者達が無謀な行動、暴走しないように先手を打ったのだ。
ヒカリを捕らえて売りさばこうとしていた男は、イーシャとプリマの姿を見て途端に大人しくなっている。
以前の不思議な術をその目で目撃しているので、絶対に係わらないようにしようとその巨体を小さくし、気配を必死で消していた。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「あ、はい」
奇しくも、岩本によって少々痛い目に遭った受付が声を掛けられる。
「既にダンジョンの情報はある程度出回っていると思いますが、少し事情を説明させて頂ければと思います。この情報は、これからダンジョンに向かう人全てに公開してください」
ダンジョン関係の者がダンジョンに関する情報を対極のギルドに公開するなど前代未聞であり、嘘や罠が隠れている可能性を排除しないままではあるが、話だけは聞く事にした受付。
もちろん非常に重大な事であり、受付の同僚がギルドマスターを慌てて呼びに行き、その様子を確認しているヒカリは全員が揃ったと判断した後に話しを再開する。
以前とは異なり尊敬できる新たな主である湯原と水野の為に、その意図を酌んで自分に指示を出したハライチとミズイチに教えられた通りに話し出す。
ヒカリとしても、今後冒険者達の対応を一階層の入り口の建屋で行う事になるので、顔を売っておく必要があるとは考えていたし、主の為に働ける事に喜びを感じていたのだ。
「では、始めます。ご存じの通り僕は光族。縁結びの聖地であるダンジョン跡地に新たに出来たダンジョンマスターの忠実な配下です。先に一言申し上げますが、我らのダンジョンは三階層までは皆さんに攻撃を仕掛ける魔物は一体もおりませんので、自発的な何かを起こさない限りは命の危険はありません」
「おぉ~、やっぱりか」
思わず唸っているギルドマスター。
今まで得られた情報から推測していた事を明確に肯定されて、思わず声が出てしまっていた。
「一階層は町になっており、我らが主の居城を除いて滞在は自由です。我が主の居城である一際大きな城に関しては完全に進入禁止となっておりますが、仮に侵入した場合は容赦のない迎撃を行いますので悪しからず。そこ以外は全て出入り自由ですので永住して頂いても結構ですが、長期不在が認められた場合には、その部屋、建屋は完全に空きとみなします」
「あの居城な。高い壁に囲われているから、普通じゃ入れないよな。他はタダで住めるのかよ?って、そうか。ダンジョンの糧になるんだもんな。WIN―WINって事か」
「その通りです。ですが、一階層……いいえ、三階層までは争いは厳禁、揉め事についてはある程度皆様で処理して頂き、僕達の許容範囲を超えたと判断された場合には、容赦なく立ち退きさせます。その後の再入場は禁止します」
今のところは人族に不利な点が見当たらないので、誰も余計に騒がない。
「二階層ですが、ここでは本格的にダンジョン攻略に足る力量があるかを確かめさせていただく階層になっております。魔物や罠による危険はありませんが、体力が必要な階層ですので、何も準備無しでは傾斜を転がって大怪我、場合によっては亡くなる事もあるかもしれません。その後の三階層は二階層の疲れを癒していただけますが、この階層の居住は認めておりません。最大でも二週間までで、下階層の本格的な侵入が認められなければ、強制退去となります」
「って事は、三階層で二階層の疲れを癒して先に進める。逆に言えば、下階層から戻ってきた際も、三階層で疲れを癒してから帰れると言う事か?」
「その通りです。それと、各階層はご存じの通りに広大です。一階層に用が無い方々は、一階層侵入直後にある建屋、私達が受付をしておりますが、そちらで二階層入り口に転送可能です。もちろん二階層の入り口から一階層入り口への逆送も有りますので、安心です」
「そこまでは分かった。で、何が言いたいんだ?」
好条件の羅列に、流石にギルドマスターが口を挟む。
「はい。僕のご主人様は、本格的に侵入する攻略者に対しては、階層を進むにつれてより強固に迎撃すると仰っています。つまり、その階層、その場所で少々危険と判断して撤退すれば、死ぬ事はないと言う事です。先程どなたかが仰っていた通り、WIN―WINの関係を築ければと思い僕が説明の為に派遣されたのです。将来的に可能であればギルド職員の方と共に、あの一階層の建屋で働ければ……と思っております。では、僕達はこれで失礼します」
「ま、待ってくれ!俺には病の娘がいて……絶対に治したいんだ。アンタの所で病を癒せる回復薬の原料を手に入れる事は出来るのか?」
冒険者とダンジョン側の人間である事は理解しているので、決して譲ってくれとは口にしないし、癒しの力を持っている光族のヒカリに対してもお願いはしない中年の冒険者。
そこに冒険者の矜持を見たイーシャとプリマは、その右手に巻き付いているチェーの分裂体にそっと問いかける。
「後で、この人に回復薬を上げても良いなの?」
帰ってきた回答は、チェーの分身体によれば△の形をしているので何か条件があるのだろうと思いながらも、ヒカリの言葉を聞いている。
「その病がどの程度かは存じ上げませんが、恐らくご期待に沿える報酬は出て来るでしょう。階層や方法等は一切申し上げられません」
そこまで詳しく教えられていないのだから言えるはずはないが、眷属達の力を知っているヒカリであれば、その程度の物は準備しているだろうと判断しており、それは正しい。
「あぁ、それだけで十分だ。ありがとう」
だが、この回答を聞いて冒険者は少しだけ安堵の表情を見せた。