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「……クッ……アアァァァ……フゥ、フゥ、今日はここまでにしておいてやる。俺が思うに、本当にふざけた腐れダンジョンマスターだが、お前の目論見は分かっているぞ。これだけ長時間侵入者を滞在させて、力を得る算段だろう?ククク、残念だったな。俺がいくら滞在しようが、ダンジョンの糧にはならない。ざまぁみろ!」
こうして初期の勢いはなくスゴスゴと上層階を目指して撤退している岩本を、何とも言えない表情で確認しているハライチとミズイチだ。
「あの侵入者、どこまで勘違いすれば済むのでしょうか?」
「まったく、主様達と同じ世界から来た者とは到底思えない程に低俗ですね」
形式上は六階層まで進んだ事になる岩本は、成果を証明するために帰りにいくつかの薬草をつまんで収納袋に放り込み、三階層で一旦休憩後に地上に出てくる。
幾ら休憩したと言ってもほぼ徹夜で活動し続けており、最後の力を振り絞って再び村に着くと、有無をも言わさずに昨晩泊った宿に乗り込んで休息を取り始めた。
翌日……予定ではマスターを配下に置いているのが、六階層入り口の転移魔法陣の罠で心が折れて戻ってきてしまった岩本の機嫌は非常に悪い。
朝食も摂らずに村のギルドに向かうと、強引に夜を共にした受付に向かってこう言い放つ。
「おい、あのふざけたダンジョン六階層にまで行って来たぞ。俺が思うに、あのダンジョンはクソだ。三階層までの意識でいると、怒りで狂い死にしそうだ。一応証拠の品は複数持ち帰っているから、勝手に鑑定して今日中に報酬を準備しておけ」
五階層に近い場所に生息していた薬草と貴重な魔法のスクロールを一つだけ出すと、ギルドを出て宿に戻り、再びふて寝する。
「こ、これは……おいおい、この薬草スゲーぞ。こいつは異常状態を緩和出来る回復薬の原料になる薬草だ」
「こっちは、レベル5の水のスクロール……きっと、四階層で薬草、五階層でスクロールなのだろうな」
周囲の冒険者と共に沸き立つギルドだが、受付の女性の表情だけは昨晩のダメージが抜けていないために浮かないままだ。
「異常状態緩和……娘の病も良くなるだろうか?」
「それが異常状態と認識されるか……恐らく、魔物に起因するものであるか、魔法、呪いの類でなければ厳しいかもしれないね」
「だけど、希望は持てるだろう?異常状態緩和の薬草すら、ここ何十年も発見されていないんだ。きっとあの子の病を治せる回復薬の原料も見つかるさ!」
薬草について話している冒険者の一団もいれば、
「おいおい、魔法のスクロール……噂ではダンジョンの入り口でレベル10のスクロールが一度だけ出たと聞いたけど、潜ればあるのかよ!夢があるダンジョンだぜ!」
「確かにそうだが、出てくるのは恐らく五階層だぞ?餌に飛びついて焦るなよ?慎重にしないと……死ぬぞ!」
スクロールに食いついている者もいる。
……キィ~……
あちらこちらで沸き立っているギルドに入って来る、少々童顔の男性。
頭には少しだけ光っている輪の様な物が見えるので、どう見ても人族ではない事は明らかだ。
「おいおい、兄ちゃん。お前、光族だな?」
途端にざわつくギルド。
全員がこの男性の手首に視線が行くのだが、男性は隠す素振りもなく奴隷の模様が無い事は誰の目から見ても明らかだ。
であれば、いくら田舎の村とは言え奴隷以外の他種族……ダンジョン関連の者である事は間違いないと判断される。
「光族と言えば、確か病を治せるはず!少しでも知識を入れられれば……あんた、話が……」
薬草の話をしていた一団の中から、少々くたびれた装備を纏った中年冒険者が光族の男に向かう。
「待ちな。こいつは俺が見つけたんだ。早速売り捌いて……」
……キィ~……
光族と明言した男が中年冒険者を制している最中に、再び扉が開かれる。
「ヒカリさん。勝手に行っちゃ困るなの」
「そうなの。いくら役に立ちたいからって、暴走したらダメなの」
「……ご、ごめんなさい。イーシャ様、プリマ様」
「ウフフフ、良いなの。ちょっと先走っちゃったけど、その気持ちは分かるなの」
「私もわかるなの。イーシャもそうだったしね?同じ主の為に頑張るなの!」
そこにいたのは、以前このギルドに回復薬を持ち込んだ猫獣人の二人。
未だに手首に奴隷である模様が見えるのだが、この会話から、明らかにダンジョン関連の者であると理解できている周囲の者達。
「な、何故?奴隷でダンジョン配下?」
困惑している者も少なくないが、あくまで彼らは今までの公表されている実績のみから得られている知識であり、例外も有りえるのだ。
そんな騒動、困惑をよそに、ヒカリ……以前は岡島の眷属であった光族のヒカリ、レベル17が受付にイーシャとプリマを伴って進む。