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意気揚々と進む岩本は、いくつかの町を通過して人が住める最も近い村に到着する。
当初はここも素通りしてダンジョンに潜る予定だったのだが、宰相から貰ったペンダントの魔道具によって自分自身は急ぐ必要が無くなったので心に余裕が出来、とは言っても、有象無象の冒険者の侵入によって敵の戦力は上昇するはずだが、召喚者ではないために微々たるものだと知っており、一泊する事にしていた。
四階層の入り口近辺でとてつもない報酬が出た事が知れ渡っており、寂れた村には溢れんばかりの冒険者がたむろしている。
中には家族や知り合いの病気や怪我を治したいと、必死の思いで来ている冒険者もいる。
「フン、雑魚が鬱陶しい」
そんな中を特段聞かれないようにする訳でもなく、一切気にせずに堂々と言い放ってギルドに入る岩本。
「聞いていると思うが、王命で例のダンジョンに侵入する事になった召喚冒険者の岩本だ。取り敢えず、どこか泊まれる所を手配してくれ」
列に並ぶでもなく、受付近くで敢えて少々大声で召喚冒険者と王命を強調する事により、有象無象からのそよ風程度の攻撃を受けなくて済むだろうと思っている岩本。
「これは岩本様。確かにお伺いしております。何れは王都から使者が来るとの事で、この村では最上級の宿を一室抑えております。ご案内いたしますので、お越しください」
金目金髪、そして岩本と言う不思議な名前、更には確かに王都からは召喚冒険者にダンジョン侵入を命じたと連絡が入っているので、受付は遜って岩本を村で最高級の宿に案内する事にした。
この受付はイーシャとプリマが回復薬を持ち込んだ際に、有りえない効能を持った回復薬だと判定したにも拘らず水と偽って奪おうとした鑑定持ちの職員を庇い、イーシャとプリマを見下すように表向きは諭して見せつつ、内心では回復薬を騙し取って得た利益を、鑑定を持つ職員と半分にして手に入れようと企んでいた下種な女だ。
事前に連絡はあったとは言え突然の来訪だったのだが、場合によっては、召喚冒険者を手玉に取って莫大な利益を手に入れられるかもしれないと内心心躍っており、目の前に並んでいた冒険者達を全て完全に無視して、岩本の前に出てきたのだ。
「おっ!?俺が思うに、田舎で閉じこもっているにはもったいない美人だな」
周囲の厳しい視線を一切気にせずに発した岩本の第一声がこうなので、これは更に可能性が高まったかと高揚する受付の女性。
「そ、そんな。ありがとうございます。では、参りましょう」
その様子を、受付の女性に気がある鑑定持ちの男は悔しそうに見送るしかなかった。
秘境と呼ばれる場所の近くであり小さな村なので、二人は宿に直ぐ到着する。
「村なので、このような宿しかないのがお恥ずかしいですが……冒険者の皆さんで賑わい始めているので、やがて立派な宿が建つと思います」
「俺が思うに、確かにボロいな。まさかこんな宿に王国お抱えの召喚冒険者を一人で押し込める事はないよな?」
「えっ?どう言った……」
受付の返事を待たずに、その手を強引に掴んで宿に入って行く岩本。
「店主、召喚冒険者の岩本だ。この宿で一番良い部屋、一部屋開いているだろう?王命によって俺が使う。鍵を寄越せ!」
隣にはギルドの受付がいる事、冒険者が金目金髪である事、一部屋空けているのはある程度地位のある者しか知らない事から、店主は素直に鍵を岩本に渡す。
「最上階、四階の奥の部屋になります」
「そうか。俺が思うに飯は全く期待できないだろうが、二時間後に食べに来るから準備しておけ」
失礼な事を平然と言ってのけ、相手の都合など一切聞かずにそれだけ言うと受付の女性を半ば引きずるようにして去って行く。
女性は恐怖で声が出せず、頭に浮かぶのは……走馬灯のように今迄若い冒険者の報酬をピンハネしたり、上手く騙して成果を奪ったりと言う悪事ばかり。
将来有望そうに見える冒険者がいれば、例え恋人がいようがその仲を切り裂き強引に割り込み、貢がせるだけ貢がせた後に捨て去ると言う事も平然と行っていた。
そんな過去の悪事を思い出しても状況は改善するわけもなく、一見外面の非常に良い受付嬢は岩本に強制的に部屋に閉じ込められ、二時間どころではなく更に多くの時間、全く想定していなかった事を強引にさせられていた。
「腹が減ったから飯に行ってくる。明日は早朝からダンジョンに向かう予定で早く寝るつもりだから、お前はもう帰って良いぞ。戻って来るまでに消えておけよ?鬱陶しいからな」
約束は二時間後と伝えたのだが大幅に超過し、その間受付の女性を弄んでいたのだが、もう用済みとばかりに言い放って部屋から出て行く岩本。
残されたのは、すすり泣いている一糸纏わぬ姿の受付の女性がいるだけ。
「おい主、飯はどうした?」
周囲にはこの宿に宿泊している他の冒険者や商人がいるのだが、誰も岩本に対して何かを言う事は出来ない。
金目金髪の召喚冒険者であれば最低でもレベル40と言う事は周知の事実であり、どうあっても勝てないばかりか、機嫌を損ねると自分が殺されかねないと理解している。
悪事ばかりの受付だがその本性はあまり知られていないので、岩本に食事の準備をしている店主が泣きながら乱れた状態の服を着て宿から出て行く受付を見て、悲しそうにしていた。
岩本の暴言を耳にしつつ……
「おい店主、早くしろ!」