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「すっごく広いですね。私達は転移が出来るから問題ないですが、普通なら……あり得ませんよね?」
「そうだよね。城の中の部屋から風呂に行くまでに、歩いたら30分必要って相当だよね。贅沢な悩みと言えばそうだけど……」
ダンジョンを作成する時に、上層階では自らの意見を積極的に取り入れていたのだが、下層階になると安全を考慮したハライチとミズイチを始めとする仲間によってかなり押し切られた湯原と水野。
その勢いのまま最下層である自分達の居住空間まで設定されており、いざ移動してみるとどう考えても無駄に広すぎる城、そして広大なダンジョンの階層が二つ結合されて更に広大になっている土地が丸々庭になっていると言う、有りえない状況に陥っていた。
ここを改装するには……既に44階層まで作成してしまっているので、相当な内包魔力を必要とするのであきらめているマスターの二人。
色々と見て回っている時に、余りの広さに出てきてしまったのが冒頭の言葉だ。
今この城の中にいるのは湯原と水野、ハライチとミズイチだけだ。
このダンジョンの主である二人の世話をするために、一つ上の階層には食料の作成階層兼イーシャとプリマ、そしてメイドでありブレーンでもあるハライチとミズイチの住居がある。
<淫魔族>のメイド二人は二人の世話をするために必ず毎日顔を出しているし、場合によっては宿泊する事もある。
普通に歩けば相当時間が必要だが、全員ダンジョン内部では転移が出来るので、これ程広大にしても全く問題なかったのだ。
「主様、カーリ様、四階層の攻略が始まって少し経ちますので、観察なさってはいかがでしょうか?」
常に情報を管理して、必要に応じて対処してくれているハライチとミズイチ。
もちろん村、町、更には王都からの冒険者が既に数多く侵入し、三階層まで到達して寛いでいる者がいる事も把握している。
四階層からは徐々にではあるが冒険者側もリスクを負う仕様になっているのだが、その階層に侵入し始めた冒険者がいる事から、共に観察しようと声をかけたのだ。
「そうだね。初めての侵入者だから、どんな動きをするのか見ておきたいね。カーリもそれで良い?」
「賛成です。行きましょう!」
全員が転移して、大きな会議室に到着する。
中央に円卓と立派な椅子が多数、そして少しずれた場所にはソファーまで準備されている。
そこから壁を見ると数多くの映像が投射されており、必要に応じて階層の情報を見る事が出来る。
これはダンジョンレベル70で手に入れた環境変化(極)によるもので、普通のダンジョンマスターは侵入者の存在やどの階層にいるか程度は分かるのだが、戦局自体は把握できず、配下の魔物が死亡した等で判断するしかない為、詳細な情報が知りたい場合には魔物を転移させて都度情報を手に入れるしかない。
「彼方が、現在最も進んでおります冒険者の一行です」
ハライチが指し示す映像の先には、四階層を慎重に進んでいる冒険者三人が見える。
「この階層って……レベル2のチュートしかいないんだよね?あの感じなら、大丈夫そうかな?」
もちろん、3階層までに配備されているアイズ(レベル99)によって全て鑑定されており、その情報はハライチとミズイチの頭にインプットされている。
湯原と水野が聞いても、今の三人だけであれば覚えられるが、これから増加する冒険者の情報を全て聞いても何も処理できないし覚える事も出来ないので、ブレーンである二人が代わりに全てを管理してくれている。
実はこれも<淫魔族>が自らの力を発揮できる領域であったりする。
「はい。あの三名は全員がレベル10を超えておりますので、全く問題ございません。恐らくですが、五階層までは突破できるのではないでしょうか」
「五階層って……」
「主様、入り口付近はレベル3、出口付近はレベル8で、スクロールを持っているスケルトンです……」
自分のダンジョンの事である為に要求すれば頭に必要な情報は浮かんでくるのだが、それよりも前に、水野に正解を伝えるミズイチだ。
「ですが、迷路形式の階層ですので一度でもスクロールを使われてしまうと、逃げ場がない場合には怪我は避けられないでしょう」
狭い直線経路上で魔法を行使されては避ける事は出来ないので、相殺できる何かを持ち得ていなければ直撃する事になる。
「でも、一応上限レベル5だよね?じゃあ、大丈夫かな?」
「ご指摘の通りです、主様」
会話が続く中でも、映像の中の三人は慎重に四階層を川沿いに進んでいる。
「水場を保持しながら移動するのは流石だね」
「でも、あの水場って、五階層の入り口とは、ある意味真逆の方に向かっていますよね?」
この配置にしたのは冒険者の行動を把握しているハライチとミズイチの進言によるのだが、全てを知っているダンジョン関係者ならではの会話を楽しみながら、冒険者の動きを勉強している湯原と水野だ。