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湯原が“煩いので声を出せないように”と言う指示を出したその直後、二人の口は動いているのだが一切声が聞こえなくなった。
湯原の一声で、騒いでいた四宮と辰巳の声が一切聞こえなくなった。
当然残りのマスターである星出と岡島もその姿を見ており、既に自信を喪失している事も有って、その有りえない力に対して怯えている。
その怯えている姿を守るようにしているのは、星出の眷属である<蟻族>一体であり、残りの<光族><淫魔族>については一切動こうとしなかった。
同じ眷属として、自分達と対峙している湯原と水野の眷属は格が違うどころか、比較にすらならない事は理解しているのだが、それでも尚<蟻族>だけは主である星出を守ろうとしている。
その姿を見て、思わず泣きながら<蟻族>に抱き付いてしまう星出だが、他の眷属達は白けた表情でその姿を見ている。
「これは、人型の眷属の信頼は得られていない……まぁ想像通りと言えばそうだけど、そこの蟻さんだけは必死で星出を守っている訳か。可哀そうにな。デル、取り敢えず危害を加える気はないと伝えてくれる?」
「承知いたしました、我が主」
人族では理解できない意思伝達方法があるのだろう。
星出を守っていた<蟻族>はデルから湯原の意図を理解したので警戒態勢を解いてはいるが、星出の傍から離れるそぶりは見せなかった。
「あいつらは後にするとして、聞きたいのだけど、なんでダンジョンが枯れているように見せかけたのか教えてくれるかな?」
恐怖によって押しつぶされたのだろう……と、ある程度推測は出来てはいるが、本人達の口から確実な回答を得ようとした直後にチェーの分裂体が何やら落ち着きが無くなり、何かを伝えようとして来る。
「主様、あの者達はどうやら要らぬ契約を結んでいるようですね。このままでは、その契約によって死亡します。恐らくあの魔物達も借りものなのでしょう。その主の情報漏洩を防ぐ為に、恐らく他のダンジョンに強制的に侵入した場合には命が無くなる契約なのかと思います」
「セーギ様。ハライチの指摘の通りです。スラエ様からの情報によれば、あの二人のダンジョン最下層には、転移魔法陣Cがあるそうです。そこを辿れば黒幕が分かります。デル様かレイン様であれば難なく実行できるかと思います」
デルやレインもレベル99になっているので、契約の書き換えすらできる力を得ている。
「確かにハライチとミズイチの言う通り、いいえ、一部異なりますね。強制ではなくとも弦間のダンジョン以外に侵入した場合には、毒が体内を駆け巡るようになっております」
そのレインが、鑑定を使って全てを白日の下に曝け出した。
「わかった。一応、その契約を捕縛しておいてくれるかな?チェー。消滅はさせないで良いよ」
これは、暗に再度二人にその契約を戻す可能性があると言っている。
チェーもレベル上昇でこのような事が出来るのだが、捕縛した契約を保持したままであれば非常に効率が悪い。
同じ事が出来てその後の動きに支障をきたさないのはスラエとスラビなのだが、敢えてチェーにこの指示を出したと言う事は、その契約を戻す可能性が高い事を意味している。
この事を理解できているのは、湯原本人は当然として水野、そしてこの場にいる湯原と水野の仲間だけだ。
湯原の指示によってチェーの分裂体が契約を取り出して捕縛しているので、四宮と辰巳は尋常ではない汗を流してはいるが、苦しみからは解放されたようで、荒く呼吸をしている……様に見える。
「おっと、声は出せるようにして貰って良いよ。星出と岡島は後になるけど、良いよね?」
どう見てもこの場で一番の立場である湯原からの一声には、頷く他ない星出と岡島。
「はぁ、はぁ、おいテメー、何ふざけた事をしてくれてんだ?あぁ?今すぐこの拘束を解け!!」
「そうだぞ、はぁ、はぁ、湯原の癖に!突然苦しめやがって、卑怯だぞ!」
今の苦しみすら湯原のせいだと断じて、未だに一方的に詰って来る二人。
「セーギ君。これは……だめかもしれませんね。流石の私でも、そう思ってしまいます」
「確かにね。四宮と辰巳、まぁ、お前らは苦しんでいたからこっちの声は聞こえていなかったようだから一応伝えておくけど、その苦しみを与えていたのは俺達じゃなくて、お前らに魔物を貸した連中だよ。何か契約をしただろう?契約をした際に対応した魔物によって、気が付かれないように組み込まれていたんだよ。それを、今回は俺達の力で一時的に取り除いている」
「はぁ?ふざけんな!レベル30の魔物を簡単に貸してくれるような奴が、俺達みてーにたいして力がねーマスターにそんな事をするわけねーだろ?」
「四宮の言う通りだ。嘘をつくならもう少しましな嘘を付け!」
自分で情けない事を言っている二人は弱いマスターである事実だけはきちんと認識できているようだが、全体を見渡せる能力はなく、日本の頃の態度が改まる事はない。
「はぁ、やっぱりダメか。もう一つ、弦間のダンジョン。聞いた事はあるか?」
「ある訳ねーだろ、どうでも良いから、早く解け!」
「そうだ。早くしろ!って、おい、なんでお前らが生きている!」
ここでやっと死亡したと思っていた星出と岡島がいる事に気が付いた。
「テメーらグルかよ?ぶち殺してやる!」
こうなると二人は裏切られたと言う思いしかなくなり、状況を正確につかめないまま極めて態度が悪くなる。