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「じゃあ、いよいよ本格的な侵入者対策の階層を考え……」
「主様」
「主様」
「セーギ君」
湯原のコアルームで楽しくダンジョン階層について改善、新規作成を行っている最中のこの部屋に緊張が走り、今迄ダンジョン内部を巡回していた眷属達やイーシャとプリマも含めて、水野のコアルームの護衛をしているチェー以外が瞬時に現れる。
既にレベル99となっている湯原と水野のダンジョンは、内部の階層と同時に外界の情報収集も行う事にしており、既にレベル1の蚊の魔物スキートと、レベル1の蠅の魔物ベルゼを大量に放っている
これらは自然交配で勝手に増える魔物で、ダンジョンの外において自然交配で増殖した魔物についてはダンジョン管理下にはならずに単純に害獣として存在するだけになるが、レベル1の魔物であり、スキートは本当に微々たる吸血とかゆみを与えるだけ、ベルゼは殆ど意味の無い雑菌を接触箇所に付けるだけなので、軽く捻り潰されるような魔物のために、人族に大きな害はない。
この配下の魔物からの単純な感情を読み取れる湯原と水野、そしてその能力を眷属やイーシャとプリマ、ハライチとミズイチにも与えているので、異常な状態を発見した時の感情を全員が感じ取ったのだ。
既にラスリ王国内部の情報が集まっており、有名なダンジョン、召喚冒険者二名の吉川と笹岡が藤代、椎名と共に行動しておらず、国内にはいなさそうな事、ダンジョンマスターの四宮と辰巳のダンジョンは相当危険だと言う事と、同じ場所にある地下型ダンジョンである星出と岡島のダンジョンは枯れている事……つまりダンジョンマスターは死亡している事と言う情報は得ている。
「これは、どのあたりにいる?」
配下の魔物からの異常事態発見の所在地については、大まかな座標の様な物を感情に乗せて発信するように調教済みなのだが、それを解読できるのはブレーンであるハライチとミズイチだけだ。
「これは……主様達と同時期に召喚された…その、私達の以前の主であった者がいる場所付近です」
苦い思い出がぶり返してしまったのか言い辛そうな、そして苦しそうな表情のハライチにそっと近寄り、頭を撫でてやる湯原。
同時に水野もミズイチを抱きしめているし、他の眷属やイーシャとプリマも二人の周りでワチャワチャしている。
「フフフ、ありがとうございます。私には素晴らしいご主人様達、仲間達がいるのですから、あの程度の事を思い出しても、気にする必要はありませんでした!」
「本当ですね、ハライチ。皆さん、ご心配をおかけしました」
あの程度がどの程度なのかは知らないが想像は出来る湯原と水野は、何も言わずに二人を優しく見ている。
「で、これから如何致しましょうか?」
「……とりあえずは何の異常か分からないから、詳細を調べる必要があるだろうね」
「じゃあ、私が行きましょうかなの?」
「私も、立候補するなの!」
ダンジョンの<保有レベル>を使用してレベルを一気に40まで上げたイーシャとプリマが元気に立候補して、ピョンピョン跳ねている。
既にこの猫獣人の少女達は、湯原と水野だけではなく眷属の中でもマスコット的な立ち位置を確立しており、誰しもが少々過保護なので、先ずはブレーンのミズイチが口火を切る。
「で、ですがイーシャ様、プリマ様。以前の回復薬の宣伝の際には、村で少々トラブルに……今回の相手は召喚者。場合によっては相当レベルの高い者達を相手にする必要があるのかもしれません」
完全に否定してしまうのもかわいそうなので、水野が慌ててフォローする。
「私もそう思うので、できれば他にも誰かが一緒に行ってくれると安心ですよね」
ダンジョンの階層を検討する時よりも遥かに紛糾した今回の調査は、結局イーシャとプリマの熱意に押されて二人に任せるのだが、各種スクロールを持たせ、こっそりと二人の後ろを、自らを透明化して隠蔽できるスラエが追跡すると言う事で落ち着いた。
与えるスクロールは通常のダンジョンレベル上昇によって得られるスクロールの最大レベル50の物ではなく、コアルームに鎮座しているレベル99のイルーゾによって創らせた特注品、レベル90相当の各種魔法を兼ね備えた物であり、そのレベルを表す縁の色はレインの髪同様七色になっている。
第三者的に見ればどこまで過保護なのだと思わなくもないが、この場の誰しもが、これが標準だと思ってしまっているのだ。
「じゃあ、行ってくるなの!」
「頑張るなの!!」
こうして侵入者が活動していない真夜中ではあるが、元気に一階層から飛び出していく二人を心配そうに見守るダンジョン関係者をよそに、気合十分のレベル40の二人は飛び出して、あっという間に見えなくなる。
本当はもっとレベルを上げてやりたかったのだが、余りにも急激に上げ過ぎた場合には激しい苦痛が伴うと<淫魔族>の二人から教えてもらい、今は40のままで留めている。
自分達が一気にレベル99になったのはダンジョンのレベルが上昇するだけで、マスター本人はレベル1のままなので問題ないし、眷属は特殊なのでそちらも大丈夫と言う事らしい。
「頼んだよ!」
「お願いしますね、スラエちゃん!」
二人のマスターの声を聞き、猫獣人二人を追うように即座に見えなくなるスラエ。