(63)
「では、改めて自己紹介で宜しいでしょうか?」
相変わらず同性から見ても惚れてしまいそうなほどの美貌と洗練された所作で、会話を続けるハライチ。
少しだけ悩む素振りを見せている女性の態度を気にせずに、自己紹介を始める。
「私、既にイーシャ様からお名前だけは紹介いただきましたが、ハライチと申します。ご存じの通り<淫魔族>であり、とある方の配下です。あっ、でも眷属ではありませんので、悪しからず」
召喚冒険者の女性はハライチの両手首をさりげなく確認するのだが、ハライチにはお見通しだったようで、自ら両手首を見せる様に前に出す。
手首に模様があれば、ダンジョンに無関係の<淫魔族>が奴隷契約をしている立場であり、人族以外で人の住む領域で他種族が奴隷でないと言う事はほぼ無い。
つまり、ダンジョンマスター関連の者であると判断できるのだ。
眷属と言う強固な立場かどうかはわかり様がないが、模様が無い以上、ダンジョンマスター関連の者である事は間違いない。
この召喚冒険者の姉はダンジョンマスターである為に、ここまでの知識は持っている。
「私はイーシャなの!ハライチさんと同じ立場なの!!」
「私はプリマなの。私も同じなの。とっても楽しいなの!」
どうすれば良いのか悩んでいるのがバカバカしくなるような、明るい声と笑顔で猫獣人の二人が自己紹介をしてくれる。
「でも、その模様……」
ダンジョン関連の者であれば奴隷契約ではない契約が可能であり、模様が出て来る事はない。
イーシャとプリマ二人の手首にあるのは、どのような命令でも逆らう事の出来ない奴隷契約の証なのだ。
「これは、お願いして付けて貰ったなの!」
「そうなの。これがあれば、他の人に襲われる心配は無いなの!」
ここもあっさりと明るく返されて内容も納得できるものなので、気持ちを切り替えて恩人に対しての恩を返す意味でも、ある程度は会話に応じる事にした。
「私は、もう明らかになっているみたいだけど、召喚冒険者の渡辺 朋美。姉も召喚者で、ダンジョンマスターをしているわ」
「ご丁寧にありがとうございます。では二つほど宜しいでしょうか?」
普通なら仰天するような内容であるはずが、あっさり流されて少し拍子抜けする朋美。
「一つ目ですが、今回の戦闘のお相手の情報、二つ目は、何故この場に来られたか……教えて頂けると助かります」
主の安全のために、お願いする体だが絶対に聞き出すと威圧しながら問いかけているハライチ。そして、その意図を酌んで同じく威圧しているチェー。
イーシャとプリマには威圧が向かないように調整している程の力量であり、嘘は付けないし隠す事も出来ない……もとよりあの質問であればする必要はないのだが、内容が内容だけに少しだけ逡巡しつつも事実を伝える朋美。
「襲ってきたのは、私と一緒に召喚された冒険者の三原 信子。なんで襲われたのかは……本当の所は分からないわ。でも、私が姉のダンジョンマスターと仲良くしているのが気に入らなかったんじゃない?で、二つ目……その、私もそろそろ素敵な出会いが…欲しくて、その……そう言う訳よ!!」
何故か最後は恥ずかしさから逆切れ気味になってしまう朋美は、出会いを求めて秘境である縁結びの聖地に単独で向かっていたのだ。
「そ、それは……なるほど。理解しました」
「……う…うわ~ん。そんな哀れみの目で見ないでよ!!良いわよね?貴方みたいに守ってあげたい雰囲気と美貌、そのプロポーションがあれば入れ食い、選びたい放題でしょうよ!!私の苦悩なんてわかるはずがないわ!!」
豹変した朋美に、どうしてよいか分からないイーシャとプリマ、そしてハライチ。
実はハライチ、以前仕えていた時代……シノイチと呼ばれている時代に、実際に三原が腕を切り落とされている所を見ており、まさかその女がこの周辺に出没していたとは思いもよらずに動揺していた事もある。
「と、朋美さん!大丈夫なの!絶対に育つなの!!」
何がとは言わないが、起伏の無い胸元を見て特大の爆弾を悪意無く投下してしまうイーシャ!
「うわーーーーん。イーシャちゃんまで!!もう育ちようがないのよ!うっく。うぇ~ん!」
流石のハライチもこの場を収める術はこれっぽっちも浮かんでくる訳もなく、只々イーシャとプリマ、更にはチェーと同じ様にオロオロする事数時間。
やはり高レベルの召喚冒険者だけあって駄々をこねる時間も相当だが、ようやく落ち着きを見せる朋美。
「……えっと、本当にごめんなさい」
すっかり疲れ切っている三人と何故か鎖までダランとしている姿を見て、いたたまれない気持ちになり、ショボンと小さくなって謝罪する朋美。
「……いいえ。誰しもが心に大小違いは在れども闇があるのです。その闇を開放・消失させる事で新たな芽吹きがあるのです。ですから……何もお気になさらずに」
げっそりとしているハライチも奇麗で羨ましいと思いつつも、何とか謝罪を受け入れて貰えた事に安堵する朋美は、恩を返すべくこう提案する。