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「本当にありがとう!絶対にダメだと思ったから……ありがとう……ありがとう……」
涙ながらにお礼を伝えて来る、どう見ても召喚冒険者の女性を前にしているイーシャとプリマ。
二人は無事助けられた事に安堵すると共に、これからどうするべきなのか分からず現実逃避をしており、ビー特製の回復薬でも燃えた服は復元できないのだな……とか、どうでも良い事を考えていた。
森の奥で、既に終わってはいるが激しい戦闘の音がしていたこの場所は危険だと判断し、何とか元の野営の場所に戻る。
もちろん召喚冒険者もついて来ている…‥‥
「あ、あの。もう回復されたでしょうから、お礼も受け取りましたなの」
「そ、そうなの。私達は大切な仕事があるなの」
何とかこの召喚冒険者と離れようと画策して一応服の代わりとなる大きな布を渡してみたのだが、纏いはするが一向に去ろうとしないのだ。
幼い二人にはこれ以上の知恵があるはずもなく、どうしようかとオロオロしている。
「そんなに警戒しないでほしいな。命の恩人に恩を返さずにいたら、お姉ちゃんに怒られちゃうじゃん?それにしても、凄い術を使えるんだね。私が言うのもなんだけど、あれほどの炎を消すなんて一体どうやって……って、ゴメンゴメン。詮索するわけじゃないけどさ、それに、恐らく私は本当に死ぬ寸前だったはず。それを治す回復薬……」
今は休息しているチェーが行った行為は認識していないようだが、どう見ても死亡確実の怪我を回復薬で治した事はバレている。
全回復した後に回復薬の瓶が継続して口元にあればそうなるだろう。
相当気になってはいるようだが、恩人に配慮したのかこれ以上聞いてくる事は無かったので安堵するイーシャとプリマ。
ここでようやく主以外の人族が普通に話しかけてくれている事に気が付いた二人。
命の恩人であると言う事があったとしても、右手首には奴隷の黒い模様がある上に猫獣人の少女なので、普通の人族であれば、その恩は無かった事にして最悪はこき使われる事さえあるのだ。
しかし、迂闊に何かを話してしまっては湯原と水野に危険が及ぶ可能性を排除できないので、何も話す事が出来ない。
そこに突然現れたのが、チェーの本体を右手に巻いているレベル43の<淫魔族>ハライチだ。
チェーの分裂体が力を使い切った事を察知した本体が事情を説明し、ブレーンの一人であるハライチを伴ってやってきたのだ。
今は夜。
<淫魔族>の力は衰える事はないが、同性を夢の世界に連れて行く事は出来ない代わりに、レベルに物を言わせた身体強化は使えるように必死で努力していたので、相当強くなっている。
その力を全力で行使して、即座にこの場に駆け付けたのだ。
その姿を見た召喚冒険者は、瞬時にイーシャとプリマを背後に隠す位置に移動して剣をハライチに向ける。
流石にレベル40を超えている猛者ではある。
事情を掴み切れていないハライチにとって重要なのは、明らかに敵対する位置にいる召喚冒険者がイーシャとプリマを庇ったこの行為。当然チェー本体によっていつの間にか剣は手元から奪われ、召喚冒険者自身も動けなくなっている。
「な、なぜ……<淫魔族>は同性には力を発揮できないはず!二人共、逃げて!!」
動けないのはハライチの術のせいだと思っている召喚冒険者は、振り向く事すらできないので大声で背後にいるイーシャとプリマに逃げるように指示を出す。
「フフフ、貴方は見所がありますね、召喚冒険者の……お名前を伺っても?」
「アンタに名乗る名前はない!早く逃げて!!」
事実が分かれば全く危険はないのだが、何も知らないこの女性にとってみれば危機的状況であり、その中でもイーシャとプリマを必死で逃がそうとしている姿勢を見てハライチは美しい所作で深く一礼する。
「え?」
全く予想すらしていない<淫魔族>の行動にこれ以外の言葉が出てこないのだが、構わずにハライチは話を続ける。
この時点でハライチは、この召喚冒険者の女性は湯原と水野のダンジョンに害をなす者ではないと判断したのだ。
「貴方を害するつもりはありません。それに、貴方が守ろうとして頂いているお二人は、私達の仲間です。暴れずに話を聞いて頂けるのであれば、解放いたしますが?」
「そうなの!ハライチさんは味方なの!!」
「とっても頼りになるの!!」
守ろうとしている対象の猫獣人も女性であり<淫魔族>の術にはかかっていないはずである事から、背後から聞こえるこの言葉は本物なのだろうと判断し、ハライチの問いに頷く……と、見えないように巻き付いていたチェーがハライチの右手に戻り、自由に動けるようになる。
「こちらもお返しいたしますね」
自由に動けるようになった自分に対して、自らの最大火力になり得る剣まで普通に返却してきたのだが、これは信頼されていると同時に、何かあっても容易に対処できる自信の表れでもあると判断し、迂闊な行動は取らないように慎重に行動する事を誓う召喚冒険者の女性だ。