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二人が持ち込んだ回復薬は、鑑定をした男によって水と判断された。
大人の汚れ切ったやり口でこう言っているのではなく、本当に水だと判断されたと思っているので、素直に渡す気になれなくなっているイーシャとプリマ。
実はそれぞれの鞄の中には全く薄めていない欠損すら治せる本来の回復薬が忍ばせてあり、これを見せれば嫌でも回復薬と認識させる事が出来ると思っているのだが、これは湯原と水野が二人の為に持たせた物であり、安易に外に出せない事は理解できている。
「あ?テメー、俺がこいつをもう少し調べてやるって言ってんだろ?」
50倍希釈の薄めた物であったとしても明らかに見た事もない程の回復薬であり、受け取って調べるふりをした後にただの水を入れて返そうと思っている男。
そんな事は全てお見通しの受付や周囲の冒険者。
イーシャとプリマだけがその真実に気が付かず、これ以上は話しても無駄と判断して回復薬を回収して次の町に向かおうとする。
……ガシッ……
二人が台の上に乗せた回復薬を回収しようとしたのだが、その手を男と受付が掴んで阻止する。
「だ・か・ら!言ってんだろうが!こいつはギルドの調査対象だ。テメーらが手を出して良いもんじゃねーんだよ!」
「そうですよ。貴方達では分からないのも仕方がありませんが、普通の冒険者や人であれば当然知っている……常識ですよ?」
受付も諭すような事を言っているのだが中身は適当であり、イーシャとプリマを完全に見下した盗人の言い分だ。
「……それでもなの。これは大切な物なの」
「返してもらうなの!」
幼い猫獣人二人の奴隷であり、どうせ主は愛玩として契約するような下種で大した力を持っていないだろうと人族の標準的な知識で判断して、強気に出る事にしたギルド職員の男と受付。
しかし彼らは見誤っている事がある。
彼女達猫獣人二人は、見かけ通りではなくレベル18の猛者であると言う事を。
一気に掴んでいた手を振りほどかれ、隠す間もなく四本の瓶はイーシャとプリマの手の中に納まっている。
「もうここには用は無いなの」
「本当にがっかりしたなの」
そのままスタスタと出口に向かうのだが、冒険者達が目の前に宝があるのに指を咥えて逃すわけがない。
「待ちな。あいつの言う通り、その水はこのギルドで調査する必要がある。そいつを出して出て行くんだな」
「素直に出せば怪我もしないから、お得だと思うけどな」
すっかり出口を塞がれているのだが、この場で湧いてしまった恐怖心はチェーによって廃棄されているので、躊躇わずに出口に向かおうとする二人なのだが……
二人共にチェーによって半ば強制的に動きを止められ、チェーが巻き付いている左手が入り口を指し示す様な位置に移動する。
その直後、二人の左手の袖口からチェーが冒険者達に襲い掛かり、一気に全員を締め付けると受付方面に放り投げた。
美しい放物線を描いて冒険者達が受付側にいる、訳の分からない因縁を付けてきた鑑定の力を持つ男と受付の女性に向かう。
……へぎゃ、ぐぇ、ゴフッ……
猫獣人の二人の奴隷がボコボコになるだろうと予想して楽しそうにその様子を見守っていた冒険者達も、まさかの出来事に目を見開いているだけ。
「チェーさんも、怒っているなの?」
この場ではイーシャとプリマにはチェーの意思を直接確認する術はないが、恐らく自分達と同じ様にビーの回復薬を馬鹿にされたような気になって怒っているに違いないと思い、再び左手の手首に巻き付いた状態になっているチェーを撫でながら、何もなかったかのようにギルドを後にする。
「……おいおい、なんだありゃ?」
「鎖みたいな物が見えたわね。何の魔法かしら?」
この騒動に巻き込まれなかった冒険者達はあり得ない回復薬を持ち込み、更には見た事もないような魔法を使って冒険者達を一蹴して見せた猫獣人二人に興味がわいており、更には縁結びのダンジョン跡地に向かえば、自分達の手で回復薬が手に入るかもしれないとも考えていた。
手段は少々異なってしまったが、冒険者達を湯原と水野のダンジョンに対して興味を抱かせる事には成功しているイーシャとプリマは、再び高速で移動して次なる町を目指していた。
流石に次の町にはその日に到着する事は出来ず野営を行うのだが、イーシャとプリマが見張りの時間を相談している時に、チェーの分裂体が重なってバツ印を作り、見張りは睡眠を必要としない自分達が行う意思表示をして見せ、その言葉に甘えて二人で仲良く眠る事にして横になる。
……カサ…ガサガサ…ザザザ…ドン……
徐々に大きく聞こえる、遠くで行われている戦闘の音によって眠る事が出来ない二人。
この時の行動が、湯原と水野のダンジョンの今後の方針を決定づける事になる。