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既に信子に対してあまり良い感情の無い四人。
そこに、正面から現れた<淫魔族>であるサキュバスがダンジョンマスターの眷属であると信子からきっぱりと明言され、あの空間での事を思い出し、どう見ても四宮達が近くにいるのだろうと判断する。
「自分……ここできっぱりと決別するべきだと考える」
「そうね。笹岡君の言う通りね」
「理沙も、ささっちに賛成かな。よっし~も同じでしょ?」
「当然だな」
既に吉川と笹岡はシノイチによって夢を見させられ、軽い暗示をかけられている。
元から持っていた感情を増幅させるだけだったので、想定以上に簡単に感情を制御する事に成功したシノイチは、タツイチの隣に現れる。
「やっぱり大当たりだ。フフフフ、楽しみだ。おい、アンタ達!卒業試験だぞ。この二体を倒したら約束のレベル30。その後は、もう帰って良いぞ。ダンジョンマスターの手掛かりは掴んだから、こっちの報酬も受け取った事になるから!」
早く片付けろと言わんばかりに、座ったままで四人に指示を出す信子。
当然この場の眷属二人ではレベル差、そして同性である事から信子を最も攻撃力の高い夢の世界に誘う事は出来ない。
その状態でこの場に平気で現れている事は若干不自然ではあるのだが、眷属故に主を守るべくその身を挺して活動していると判断している信子。
つまり、本命のダンジョンマスターが近くにいる事は間違いないだろうと浮足立つ。
街道付近にダンジョンを生成するわけではないので、この二体の<淫魔族>の背後の方向に目的の場所があるだろうと確信して、<淫魔族>と共にその背後を見つめる信子だが、その視界が突然ぼやける。
既に<淫魔族>は同性である事、自分のレベルが圧倒的に高い事から敵とは認識しておらず、その影響も受けないと確信しているのだが、何故か視界がぼやけるのだ。
同時に力が抜けて、座った姿勢から前のめりに倒れる彼女の耳に聞こえるのは、有りえない言葉だった。
「ははは、やってやったぜ!悪いな。いや、嘘だ。悪いとは思っていない」
「自分、レベルをここまで上げてくれた事だけは感謝しているが、やはり見下されるのは非常に不愉快だった」
「だよね~。でも、これでさようなら。私達これからは勝手にするから、あのゴミを始末したら、さっき言ってくれた通りに勝手に帰るね?」
「え?彩ぴょん!四宮達も始末するのでしょ?」
完全に油断していた信子の背後から、吉川達四人が襲い掛かったのだ。
「アンタ達……」
即座に状況を把握してふらつきながらも距離を取る信子だが、既に最も火力のある剣を握る右手は肘下から切り落とされている。
自分も吉川達を出し抜くつもりだったのだが、漸く目標のダンジョンを見つけられそうだと浮かれて致命的な油断をしてしまった。
「そう言えば、レベルの高い召喚者を倒せば、同じ立場でも俺達のレベルは上がるんだったよね?」
眼鏡を上げつつ、不気味な笑みを携えている吉川。
確実に餌として見られているこの状況に一気に背中に冷や汗をかき、何とか逃走する必要があると考える信子は、出血を止めるべく肘を焼くついでに炎魔法を周辺に全力で行使する。
今まで攻撃魔法を行使してこなかった信子に対して、圧倒的に経験不測の吉川達は油断して、大きな隙を見せる。
ここで逃してはダンジョンが無くなり自分も消える可能性が高いと踏んでいる<淫魔族>の二体は、制御下にある吉川と笹岡を信子に差し向ける。
突然高速で移動し始めた吉川と笹岡の行動について行けなかった素の藤代と椎名は取り残されるのだが、自分達は相当強くなっていると言う自信がある事から、目の前の<淫魔族>二体を始末しようと杖と腕輪に力を込める。
この場で攻撃が出来るのは炎と水魔法を行使できる藤代であり、椎名は癒しと防御を得意としている。
ついさっき信子が伝えて来た目の前の敵のレベルは19。
もう一体、後から来た者についての言及はなかったが、同じようなものだと勝手に判断する。
実際はシノイチのレベルは32であり、レベル28の二人ではいくら<淫魔族>とは言え火力の乏しい二人で勝利できる相手ではない。
シノイチの方も炎魔法はレベル5相当しか使えないのだが、レベル上昇に伴って体の動きは早くなっている。
つまり、物理的に攻撃する事は可能であり、レベル4の差があればダメージを与える事は可能なのだ。
こうして戦闘が開始されるのだが、信子の教えが良かったのか、練度が上がっている藤代と椎名に思いの他手こずってしまうシノイチとタツイチ。
そのせいで、操っていた吉川と笹岡に力を割く余裕がなくなり、既に逃走されてしまった信子を追わずに戻ってきてしまったのだ。
大きく距離を取り、再び吉川と笹岡を操って藤代と椎名を始末しようと作戦を変更する。