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混沌の時代のダンジョン、縁結びの聖地について聞いている湯原。
聞かれた受付は少し後ろにフードを被っている水野を視認しているので、恥ずかしそうにしている夫婦か恋人だと勘違いして、微笑みながら詳細を教えてくれた。
「はい。その二つのダンジョンは隣接して存在していた地下型のダンジョンで、当時相当強大な力が有ったと言われています。混沌の時代に順次攻略されたのですが、余りの大きさと力のせいか他のダンジョンとは異なって、完全に消え去ってはおりません。もちろん罠とか魔物が湧き出る事はありません。地下空間が完全に無くなっておらず、僅かに残っている状態です」
ここまでは、湯原と水野も既に情報として持っている。
「とは言っても枯れているダンジョンですから、いつどのような変化があるかはわかりませんし、お二人が想像している物よりも相当小さくて、貧相かもしれません。あっ、申し訳ありません。楽しみを潰すような事を言ってしまって」
「いえいえ、問題ありませんよ。一度見てみたいと思っていたので、実際に行きたい気持ちは変わりませんから」
「ありがとうございます。場所ですが、ここからですと最も近い村まで馬車で一週間と少し必要になります。そこまでは一応定期便が出ていますが……昼に出発便がありますね。これを逃すと、一月後です。途中に休憩の為に町にいくつか立ち寄る馬車ですので、何れかの町に滞在されても良いかもしれません。ですが、馬車は村までですので、そこからは徒歩になるか、各自で馬車を準備する必要があります」
情報を得るたびに、理想の場所である事が確定して行くので嬉しくなる湯原。
「徒歩ですと、人によりますが3~4日程度。馬車ですと、護衛も馬に乗っている場合は一日で到着します。ある意味秘境ですから、時間はかかりますね。ですが、秘境だけに素晴らしい景色が見られると思いますよ」
新婚旅行のアドバイスまでしてくれる受付にお礼を伝え、二人で急ぎ旅の準備をする。
「危なかった。今日を逃せば一月後……間に合わなかったな」
「本当ですよね。でも丁度良いじゃないですか。でも、村からの移動はどうしますか?」
「実際の所は行ってみなくては分からないけど、徒歩……になるだろうな。馬車を購入できれば馬車で良いけど、乗り合いだと帰らない時点で怪しまれる」
結局一月以上の食糧等が必要であると考えた二人は、日持ちがしてなるべく荷物にならない物を積極的に購入する。
これから向かう村でどの程度物資を入手できるか不明である上、村と言う規模の中で一月分もの食料を買いあされば怪しまれる可能性があるからだ。
受付から聞いている馬車の料金は、移動中の食事と宿泊込みで一人当たり白金貨二枚(20万円)と言う事で、村からの移動の選択肢を残しておくために白金貨一枚(10万円)だけを残して、全てを食料や水、簡易的なテント等、野宿に必要な物を購入する。
「うっ、思いのほか重いですね。セーギ君は……ごめんなさい。そんなに持たせてしまって」
ガタイが良く鍛えている湯原は水野の倍以上の荷物を背負っているのだが、湯原にとってみればそれほど辛い重さではない。
「いや、この程度問題ないぞ。むしろ、カーリの荷物をもう少し持っても良い位だ」
「フフ、ありがとうございます。でも、足手纏いになりたくないので、この位は任せて下さい!」
こうして昼過ぎには、乗り合いの馬車に乗って揺られている二人。
相当有名な場所であると思っていたので万が一にも同郷の者達がいると全ての計画が白紙になると覚悟はしていたが、幸運にも二人以外は誰も乗っておらず、一応護衛の冒険者に見える人物が馬に乗って馬車の前後についている。
「カーリ、向こうの移動、魔物が出る可能性がありそうだ。俺の空手で魔物を倒せるのであれば単独で向かうのがベストだが……」
今の所穏やかなまま街道を進んでいるが、王都に近いこの街道でも護衛がいると言う事から、恐らく秘境と呼ばれている場所は更に厳しい条件になるだろうと考えている湯原。
逆に言えば、糧となり得る魔物も存在している事になる。
「色々、難しいですね。秘密を守って頂ける方が護衛をして頂けると助かるのですが、そのような方に心当たりがある訳でもありませんので……」
こうして日が暮れる前に中継の町に到着し、宿に案内される二人。
料金は既に白金貨二枚(20万円)を先払いしているので食事を含めて新たな費用は発生しないのだが、当然のように部屋は一つになっていた。
ここでも煩悩を相手に戦闘を繰り広げる必要があるのかと思い、思わず天を仰ぐ湯原のその姿を見ないふりをして、夕食を食べに食堂に引っ張っていく水野だ。
流石に毎晩煩悩と戦闘して疲弊していたのか、環境が変わる中で水野を守るべく必死で情報を集めて周囲を警戒していたからか、湯原はこの日はあっという間に深い眠りについた。
その寝顔を、優しい微笑みを浮かべながら見つめて、そっと頭を撫でる水野。
「セーギ君。ありがとう。向こうにいた頃、私を助けてくれた事、きっと覚えていないですよね?その時から、ずっとず~っと、大好きですよ。周りが全員敵だとしても、私はセーギ君さえいてくれれば、それで満足です。私の愛しい人……」
頭を撫でる手を止め、そっと頬に手を添えると、優しく口づけする。
自分でした事だが、真っ赤になってワタワタしてしまう水野。
「ふ~、いけない。早く寝ないと、明日に響くとダメですよね」
自分に言い聞かせるように呟くと、再び優しく湯原の頬を撫でて布団に潜り込む。
結局その晩、いつもとは逆に水野が興奮して眠れぬ夜を過ごしていた。
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